ガイストの拳
「悪いな、ハイセ。年寄りの散歩に付き合わせて」
「いや……」
ある日。
ハイセはガイストに誘われ、王都郊外にある『南の森』に来ていた。
いつものようにギルドへ行くと、ガイストが「少し、付き合わんか?」というので一緒に散歩……だったのだが、なぜかフル装備で、危険度の高い魔獣が多く出る森に来たのだ。
「あの、ガイストさん。この森……初めて来るんですけど、確か危険地域じゃ」
「うむ。実はここで新しいダンジョンが発見されてな。若いチームに調査を任せてもいいと思ったのだが、最近運動不足だからな。ワシが受けたのだ」
「ワシが受けたのだ、って……ガイストさん、もう引退したんじゃ」
「一応な。だが、冒険者カードは返納しておらん。ギルドマスター用以外にも、ほれ」
ガイストは、S級冒険者カードを見せた。
ハイセは、ガイストのフル装備を久しぶりに見た。
「久しぶりに見ました。ガイストさんの装備」
「そうか? お、いたいた。おーい」
と……ガイストが声をかけた先にいたのは、なんとサーシャだった。
これにはハイセも、サーシャも驚いていた。
「ガイストさん、あの……どうしてハイセが? 依頼では、この森に現れたダンジョンの調査では」
「まぁそれもある。が……久しぶりに、弟子の成長を見たくてな」
「「…………」」
ハイセとサーシャは顔を見合わせる。
この二人は、ガイスト最後の弟子であった。
ハイセは聞く。
「……一人、なのか?」
「ああ。ガイストさんの指名依頼でな……私一人、という条件だった。大事な話でもあるのかと思い、疑いもせず受けたが……」
「はっはっは。さて、行こうか」
ハイセとサーシャの間を通り、ガイストは歩きだした。
◇◇◇◇◇
ガイスト。
年齢五十九歳。武器は拳で、『ファイティングマスター』の能力を持つ徒手格闘技最強と呼ばれた冒険者だ。二つ名は『
ガイストを先頭に、ハイセとサーシャは並んで歩く。
「懐かしいな」
「「え?」」
「お前たちを連れ、危険区域をよく歩いたものだ」
「……あの時は滅茶苦茶怖かったっすよ」
「同感だ」
ガイストは「ははは」と笑う。
そして、到着した。
森の中にある、遺跡風のダンジョンだ。どこかの民族が作った祭壇のような場所で、地下へ続く階段がある。
「さて、ハイセにサーシャ。久しぶりに、実戦形式の修業といくか」
「「はい!!」」
と、ガイストに言われ思わず返事をしてしまう二人。
ついつい、弟子だった頃を思い出してしまい、互いに顔を見合わせる。すると、サーシャが笑った。
「っぷ……ふふ、まだ弟子の気分が抜けてないな」
「……先に行くぞ」
「あ、待て!!」
先に入ったハイセ、その後を追うサーシャ。
ガイストは、懐かしさに微笑み、今度は最後尾を歩く。
階段を下りると───ただの広い空間だった。
半円形のドームで、部屋の中央には巨大な牛のバケモノがいる。
「ふむ。ミノケンタウロスか……討伐レートはB、どうやらここは『階層討伐系』のようだ」
階層討伐系とは。
階層が迷路のようになっているダンジョンではなく、一階層ごとにダンジョンボスが存在し、討伐することで次の階層へ進めるダンジョンだ。
この形式のダンジョンは総じて、最下層まで近い。
現在、階層討伐系ダンジョンの最大階層は、二十階層だ。
「さて、ハイセにサーシャ。どちらが行く?」
「「じゃあ……」」
同時に声を出す二人。そして、互いに顔を見合わせる。
それを見て、ガイストは笑った。
「では、ワシが行こう」
「「えっ」」
ガイストは、スタスタとミノケンタウロスに近づく。
すると、ミノケンタウロスは立ち上がり、雄叫びを上げる。
『ブモォォォォォォォォォ!!』
両手に斧を持ち、上半身は牛、下半身は馬の魔獣だ。
馬の機敏さ、牛の力強さを持つ強敵だ。
ハイセはデザートイーグルを、サーシャは剣を抜く。が……ガイストは手で制する。
「手出し無用。さて、久しぶりに運動するか。」
首をコキコキ鳴らし、ガイストは右手をゆらりと前に出す。
ハイセとサーシャは、ゾワリと震える。
「っすげぇ……」
「ああ。まるで隙がない構えだ……」
『ブモォォォォォォォォォ!!』
ミノケンタウロスは前脚を上げて威嚇し、ガイストに突っ込む。
ガイストの右手がゆらゆら揺れ、ほんの少し身をかがめ、左手を胸の位置へ。
力強さも、派手さもない。
その気になれば……『腕力』でブチのめすこともできるだろう。
だが、ガイストはそうしない。
突っ込んでくるミノケンタウロス。
ガイストは軽く跳躍すると───ミノケンタウロスの懐に入り、右手を胸に添えていた。
「『
右手が胸を軽く押す。
すると、力が波紋となりミノケンタウロスの全身に広がり、背中が膨張した。
「『木端微塵』」
そして───ボン!! と、背中が爆ぜ内臓が後方に吹き飛んだ。
ガイストは音もなく着地。ミノケンタウロスは即死だった。
「ふむ……やはり、鈍っているな」
「「……ど、どこが?」」
右手を開き、閉じを繰り返し、やや不満そうにするガイスト。
そんなガイストに、ハイセとサーシャは戦慄するのだった。
◇◇◇◇◇
十階層まで進み、ガイストは「うむ」と頷いた。
「ここまでだな。今日は帰ろうか」
「え? まだ十階層ですが……」
「いいんだよ。あまり調査しすぎても面白くないからな」
「そういうものか?」
「ああ。そういやお前、討伐系ばかりで調査依頼ほとんど受けなかったよな」
「む……」
サーシャは、少しムッとする。だがハイセは無視。
ガイストは拳をハンカチでぬぐう。結局、ここまで全ての魔獣を、ガイストが一人で倒した。
サーシャは言う。
「ガイストさん。本当にお強いですね……驚きました」
「ははは。最近、デスク仕事ばかりで鈍っているがな。少しは調子を取り戻せた」
「……あの、私とハイセを同行っさせたのは、なぜですか? ハイセはともかく……私には、ギルドマスターの権限まで使って」
サーシャはクランマスターだが、冒険者であることに変わりはない。
クランマスターといえど、ギルドマスターの直接命令を受ければ、よっぽどのことがない限りは受けなければならないのだ。
すると、ガイストは言う。
「別に、大した理由じゃない。久しぶりに、お前とハイセが並んで歩く姿を見たかっただけだ」
「……え」
「昔のように……というのは、もう無理だろうな。だが……ワシには見える。お前とハイセが並んで歩き、武器を持ち、ゴブリン相手に戦う光景が、昨日のことのようにな……」
「ガイストさん……」
「ふふ……まぁ、年寄りの戯言だ。さぁ、帰ろうか」
「「…………」」
ガイストは歩きだす。
ダンジョンを出て、ハイセはサーシャに言う。
「な、覚えてるか? いつも、外で訓練した後のこと」
「……ああ、覚えている。ガイストさんが、飯屋に連れてってくれたことだろう?」
「ああ。なぁ、せっかくだし、久しぶりに行かないか?」
「……いいのか?」
「ま、たまにはな。ガイストさんじゃないけど……やっぱり、懐かしいし」
「……ふ」
サーシャは微笑み、ガイストの腕を取る。
「む?」
「ガイストさん、お腹が空きました。ハイセが奢るそうなので、久しぶりに『あそこ』で食事しませんか?」
「は!? おい、俺の奢りって」
「お前が言い出したことだろう? ふふん、男なら言葉に責任を持て」
「グッ……サーシャ、お前性格悪くなりすぎだろ」
「ふふ、それは光栄」
「……ふふっ」
ハイセはガイストの隣に並び、サーシャを睨んで抗議する。
だがサーシャは、ガイストの腕を盾にしてクスクス笑っていた。
昔も、こんなことがよくあった。
進む道は違えても、行きつく先は同じ者同士。
ハイセとサーシャ。ガイスト最後の弟子二人は、今だけ子供のようなやり取りで、ガイストを笑わせてくれた。
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