メモリー・オブ・ピアソラ

「よし……」


 禁忌六迷宮、踏破記念パーティーから十日ほど経過。

 ハイセは一人。ハイベルク王国から半日ほど歩いた平原に一人でいた。

 ハイセの周囲には、岩を削って作った特製の的がある。


「ふぅ……───ッッシ!!」


 ハイセはデザートイーグルを両手に持ち、高速で連射。二十メートルほど離れた的の中心に弾丸がヒット。

 デザートイーグルを投げ捨て、近くの的にショットガンを連射する。

 弾を打ち尽くすと投げ捨て、M4ライフルを連射。

 三十メートルほど離れた的に向かい、RPG-7をぶっ放す。

 大爆発が起き、ハイセはアンチマテリアルライフルを構え、千メートルほど離れた岩の上に置いたリンゴをスコープで確認。引金を引く。

 リンゴが粉々に砕け散り、ハイセはようやく息を吐いた。


「……うーん、鈍ってるなあ」


 ハイセは今日、依頼を受けずに一人で射撃訓練をしに来た。

 周りに人がいないことは確認済みだ。誤射でもして人に当たったら、さすがにまずい。

 ハイセは銃を全て消し、アイテムボックスに入れてある椅子やテーブルを出し、座る。

 水を飲みながら、デザートイーグルを一丁出してテーブルに置いた。


「能力、『武器ウェポンマスター』……」


 能力。

 ハイセの能力は『武器マスター』で、イセカイの武器を使用することができる。

 テーブルに置いた古文書をペラペラめくると、著者のイセカイ人であるノブナガの記述があった。


『能力は進化する。使えば使うほどなのか、きっかけがあり進化するのかはわからない。でも……オレは、心の在り方に能力が反応し、進化すると考えている。たぶん、能力を進化させることができる能力者は、ほとんどいない。オレが知る限り、アイビス、バルガン、メリーアベル、クロスファルドの四人だけ。オレは能力が進化することを『覚醒』と名付けた。くくく、カッコいいね』


 ハイセは、確信した。

 

「サーシャもたぶん、『覚醒』しているな……以前は銀色の闘気だったのに、金色になってた。そして……俺も」


 デルマドロームの大迷宮で使った、武器を超えた『兵器』だ。

 バンカーバスター。

 あれがきっかけなのか、ハイセは使える『兵器』が増えていた。

 当然、おいそれとは使えないが。


「でも……ありがたい。残る禁忌六迷宮は四つ。力はまだまだ必要だ」


 魔族の男は、六迷宮は元々七つあり、魔族の住む魔界に二つ、人間界に五つあると言った。

 魔界にある二つのうち一つは踏破され、残り一つは厳重に管理されている。

 そして、五つのうち二つは、ハイセとサーシャが踏破した。


「『狂乱磁空大森林』と、『ドレナ・ド・スタールの空中城』と、『神の箱庭』か……ったく、名前だけで何の情報もない。少しずつ情報を集めて、探しださないとな」


 サーシャに、負けないためにも。

 そう言いかけ、ハイセは口に出さず水を一気飲みした。


 ◇◇◇◇◇◇


 サーシャは、王都郊外にある広大な土地に、タイクーンとピアソラの三人でいた。


「ここが、クランの新しい本拠地になるのか……!!」

「ふふ……サーシャと私の、新しい家……!!」


 何もないまっさらな土地だ。

 だが、王都から資材運搬の馬車が何台も行き来し、職人たちが木材や石の加工を始めている。すでに商人たちが何名か下見に来て「ここに店を出す許可を」とサーシャの元へ来た。 

 

「気が早いにもほどがありますわね。まだ何もできていないのに」

「だが……最初に接触してきた商人は全てチェックしておくべきだ。クラン『セイクリッド』が新しい拠点をここにすることは、発表してまだ数日だ。短期間で、ここが発展するであろうと見越した接触……一流の商人は時間を無駄にしない。ここが『売れる』と判断しての行動、相当なやり手だろう」


 すでにタイクーンは、商人たちとの交渉を始めている。

 脳内では、クランの本拠地の図面や、周辺に建設予定のチームたちの宿舎の位置なども入っている。商店、宿などの建設位置も、タイクーンが中心となり進めていた。

 すると、サーシャは言う。


「ところでピアソラ。お前はなぜついてきたのだ? ここは私とタイクーンだけで下見するはずだが」

「……お願いの内容を、話そうと思いまして」

「ああ、そのことか」

「……さて、ボクは建築家やデザイナーたちに挨拶してくるか」


 タイクーンが席を外す。

 ちなみに、タイクーンはもう王城にある図書館に出入り自由となっている。サーシャが『お願い』して、出入りを許可してくれたのだ。

 ピアソラは、真っすぐサーシャを見て言う。


「サーシャ、私は……あなたを愛しています」

「…………ああ」

「でも、私もあなたも女性……この恋が実ることも、私の愛が届かないことも、よくわかっていますわ。でも……諦めきれませんの」

「…………」

「『お願い』です、サーシャ……一度だけでいい。一晩だけでもいい……私のことを、生涯共にする伴侶のように、愛してくださいな」


 女性同士の婚姻は、人間同士では殆どない。

 だが、一部の地域に住まうエルフには、女性同士が結婚する地域もあるそうだ。

 どこまでも、真っすぐな思いだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ピアソラの生まれは不明。

 物心ついた時には孤児で、王都にある小さな孤児院で過ごしていた。

 頭がよく、容姿に優れたピアソラ。『能力』があるとわかり、孤児院ではなく修道院に行くことが決まり、何の迷いもなくピアソラは修道院へ。

 だが……その修道院が、最悪だった。


「おお、かわいい。かわいいねぇ」


 ピアソラの教育担当の司祭は───……まるで、二足歩行のブタ。

 この時、ピアソラは『男』が苦手になった。

 この司祭は、最悪だった。

 身体に触れる、顔を近づけ臭い息を吐きかける。共に食事を強要し自分の世話をさせたがる……と、十歳のピアソラにとって、毎日が拷問だった。

 そんなある日のことだった。


「このクソブタが!! くっせぇ息吐きかけんじゃねぇよ!!」

「な、な、なんだとぉ!? おまえ、何なんだ!!」

「はっ……アタシを知らねぇのか? この『聖女』様をよ!!」


 『聖女』の能力を持つ、教会の聖女が現れた。

 ピアソラは───……初めて、恋をした。

 すぐにピアソラはその聖女の元に異動となった。


「いいか、男はクセェ生物だ。ナメられんじゃねぇぞ、ピアソラ」

「は、はい」

「ははっ、いい子───……げほっ、ゲホゲホ!!」

「せ、聖女さま!!」


 聖女は……余命いくばくもなかった。

 聖女は、ピアソラにいろいろなことを教えた。

 強くあれ。男に負けるな。女だって強い。女は女に恋してもいい、と。


「女は、女に恋をして……いい?」

「ああ……いいか、男がイヤなら無理するな。女が女を好きになってもいいんだ。アタシは……」

「……聖女様?」

「はっ……アタシは聖女なんてモン、似合わねぇよ」


 聖女と出会い一年……聖女は、この世を去った。

 そして、新しい『聖女』に、同じ能力を持つことがわかったピアソラが任命された。

 ピアソラは、聖女の教えを胸に、教会で仕事を続けた。

 人々を癒し、励まし、巡礼をし───……十四歳のある日、ついに出会った。


「すまない、聖女殿……私の幼馴染が怪我をした。治療を頼む」


 美しい銀髪の少女だった。

 なびく銀髪に、ピアソラは心奪われた。

 サーシャと出会い、ピアソラは教会を辞め、冒険者となった。

 周囲の大反対を、ピアソラはこう切り抜けたという。


「うるっせぇ!! 見つけたんだ、私の……運命の相手をよ!!」


 その言い方は、先代の聖女そっくりだったという。

 教会はピアソラを諦め、次なる『聖女』を探し出したそうだ。


 ◇◇◇◇◇◇

 

「……お前は、それで気が済むのか?」

「え?」

「私は女だ。お前と結ばれることはない。お前のことは、大事な仲間だと思っている……ひと時の『愛』で、お前は満足できるのか?」

「…………」


 ピアソラは、無言だった。

 でも……我慢できないのだ。

 ピアソラは、男よりも女を愛する女なのだ。

 たとえサーシャでも、この想いは断ち切れない。


「こほん。ええと、その……私が言いたいのは、その、なんでもお願いを聞くと言ったが、その……あ、愛するというのは、違うような」

「……くすっ」

「ぴ、ピアソラ?」

「ごめんなさい。困惑させましたわね……じゃあ、こうします!! 今日は一緒にお風呂、一緒にマッサージ、一緒に寝る!! これが、私の『お願い』です!!」

「そ、そうか。その……それくらいなら、まあ」

「もちろん、洗うのもマッサージも私が。私の身体を洗ってマッサージするのはサーシャですわ」

「…………う、うぅむ」


 とりあえず───……今は、これでいい。

 ピアソラの想いが届くかどうかは、わからない。

 でも……届かせる努力なら、これからもできる。

 ピアソラは、サーシャの腕に抱きつき、目いっぱいの甘えを見せた。

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