禁忌六迷宮/ハイセの場合④

 ハイセがデルマドロームの大迷宮に潜り、七十日が経過した。


「…………チッ」


 弾切れのアサルトライフルを投げ捨てると、粒子となって消える。

 グレネードランチャーをすぐに構えるが、穴だらけになったSSレート級の魔獣『イアイア・ハスター』という巨大クラゲのような魔獣が地面に落ちた。

 血ではなく、体液がドロドロ穴から流れ、ハイセはグレネードランチャーを一発撃ちこんだ。

 爆発が起き、イアイア・ハスターは消滅した。


「いてて……」


 ハイセは眼をこする。

 クラゲにやられたのではない。伸びた前髪が目にかかり、チクチクするのだ。

 ハイセの髪も、髭もかなり伸びた。

 ドラゴンの素材で作った漆黒のコートも、損傷はないが薄汚れている。

 かれこれ七十日。ひたすら進んだ。それこそ、一日も休まずに。

 ハイセはショットガンを二丁作り、一丁を肩に、もう一丁を右手に持ち、歩きだす。


「今日で七十日か」


 ハイセは、ポケットに入れた木札を見る。

 一日一本、線を掘る。『正』が十四個あり、七十日経過した。

 デルマドロームの大迷宮も、底が見えない。

 街中を歩いているような感じだったが、今は天井が高く横幅が広い一本道をただ進んでいる。

 五百以上の階層を下り、いくつかわかったことがある。


「今は、五百二十……そろそろかな」


 五階層、進むごとに『休憩小屋』のようなモノがある。

 四角い、窓が一つにドアが一つだけの頑丈な小屋だ。ハイセの銃でも破壊できない頑丈さで、イセカイ文字で『コンテナ』と書かれていた。

 中は、何もない。

 だが、魔獣が現れても何もせず素通りしていく。中で焚火などができないのが欠点だが、野営装備が充実しているハイセには問題ない。

 そして、次の階層に進み、見えた。


「あった」


 レンガ色の、四角いコンテナだ。

 中に入り、ハイセは大きく伸びをする。

 テント、椅子、テーブル、ランプを出す。そして、念のため持ってきた鏡を、ダンジョンに入って七十日目で初めて出した。


「うわ、伸びたなぁ~……」


 髪、髭がすごく伸びていた。

 ハイセは苦笑し、ナイフで髭を剃る。

 そして、前髪を適当に切り、後頭部は見えないので紐で縛る。切れなくはないが、ナイフで後頭部を傷つけて失血する可能性も少なくない。

 そして、しばし考える。


「……よし!!」


 ハイセは決めた。

 まず、七十日ぶんの下着、服を全て出す。

 樽を一本使い、洗濯を開始した。


「今日は休憩!! まだ先は長いし、いろいろ整理する!!」


 下着が七十枚、シャツが七十枚、靴下が七十足……とんでもない数だ。

 洗濯用の竿を外に出し、紐を通し、シャツや下着などを全て干す。これだけで半日経過してしまう。

 樽の水が余ったので、お湯を大量に沸かして樽に戻し、風呂も作った。

 裸になり、樽の中に飛び込む。


「っぷはぁぁ!! 気持ちいい……」


 コンテナの外で、魔獣の危険もある。

 だが、その危険を承知しても得られる爽快感があった。

 七十日もダンジョンにいるのだ。さすがのハイセでもストレス解消は必要だ。

 身体を拭くだけでは得られない気持ちよさだ。

 

「…………」


 気が緩んだのか、少し思い出す。

 

「……あいつ、怒ってるかな」


 最初に思い出したのは、プレセア。

 ハイセから見たプレセアは、「よくわからないエルフ」だ。なぜ付きまとうのか、自分の何が気に入ったのか、ハイセにはよくわからない。

 だが……正直、一緒に食事をするのは、悪い気分ではない。

 そして、サーシャ。


「……ディロロマンズ大塩湖だったか。もう入ってるよな。どこまで進んだ? あっちはレイノルドたちもいるし、無事だと思うけど……」


 もしかしたら、自分より先に進んでいるかもしれない。

 ハイセは首をブンブン振り、お湯を掬って顔を洗う。

 髪もゴシゴシ洗うと、お湯が真っ黒になった。

 湯船から出て、コンテナで身体を拭き、新しい下着に着替えてテントに寝転がると、物凄い眠気が襲ってきた。


「…………まぁ、とにかくいまは攻略だ」


 ハイセは眼を閉じ、そのまま十時間ほどぐっすり眠った。


 ◇◇◇◇◇


 目が覚めると、身体がかなり軽くなっていた。

 目覚めもスッキリ。コンテナの外に出て洗濯物を全て回収。きちんと畳んでアイテムボックスへ。

 朝食の野菜サンドを食べ、軽くストレッチ。


「よし!! 気分爽快、このまま行くぞ!!」


 コンテナから出て、先の階層へ。

 相変わらず同じような道だが、ハイセは止まらない。

 アサルトライフルを持ち、下へ下へと進む。

 ハイセは気付いていない。デルマドロームの大迷宮、第五百五十階層まで到着した冒険者は、ハイセが初めてだということに。

 そして、十日ほど進み、ついに六百階層まで到着……景色がガラリと変わった。


「え……」


 休憩階層から、六百一階層に出て、驚いた。

 そこにあったのは……『住宅街』だった。

 ハイセの知らない建築法で建設された家だ。なんとなくこれが『イセカイ』の人間たちが住む家だとわかった。

 簡素な二階建て住宅。平屋。ジドウシャの車庫がある家。犬小屋のある家。整備された道路。デンチュウ。バイク……ハイセは古文書を出し、ページをめくる。


「……これだ」


 そこには、ノブナガが描いた絵があった。

 そして、文章も。


『オレの故郷。こんな感じだったかな。道路に家、ガレージがある家、電柱が並んで、ファミリー向けの車が止まっていたり、バイクがあったり……ありふれた日本の住宅街。マンションとかアパートメントなんかもある。もう、あまり思い出せないけど、帰りたい……』


 ハイセは、確信した。

 デルマドロームの大迷宮、ここは。


「ここ……もしかして、『イセカイ』なのか?」


 ノブナガは、『イセカイ』から来た人間。

 もしかしたら……この地が丸ごと、イセカイから来たのかもしれない。

 そう考え、ハイセは首を振る。


「馬鹿な。意味わからん……ここは、デルマドロームの大迷宮。禁忌六迷宮の一つだぞ」

 

 ハイセは、比較的に新しいジドウシャに近づき、中を覗く。


「うっ……」


 そこには、白骨があった。

 運転席に座る白骨は、胸ポケットのあるシャツを着ている。

 ふと、胸ポケットに何かが入っているのに気づき、半分窓が開いていたので手を伸ばす。

 それは、革製のケースだった。

 そこに、カードが入っている。


「ジドウシャ、ウンテン、メンキョ、ショウ……? この絵、この白骨か?」


 若い男の『精巧な絵』が描かれたカードだ。

 なんとか読める。古文書を読んでいるおかげなのか、イセカイ文字をかなり理解できるようになったハイセ。


「ワダ、ユウジ……こいつの名前か。死因は……シャツに穴が空いてる。正面の窓にも穴が空いてるってことは、正面から飛んできた何かに、胸を刺されて死んだのか」


 後部座席を見ると、細長い金属の棒が落ちていた。

 そして……ハイセの眼が、スッと細くなる。


「なるほどな」


 アサルトライフルを構え、ハイセは前を向いた。

 住宅の屋根に、大勢の何かがいた。

 それは、人間に近い『ゴブリン』……ゴブリン系魔獣の最上級種族、カオスゴブリンだ。


『ククク、久しぶりの獲もっッブェ』


 ドバン!! と、カオスゴブリンの頭が吹き飛んだ。

 ギョッとするカオスゴブリンたち。ハイセはすでにアサルトライフルを乱射し、大勢のカオスゴブリンを次々と射殺した。

 魔獣が話す? なぜこんなところに? この白骨と何か関係が?

 ハイセは興味がない。

 ハイセの目的はダンジョンの踏破。それ以外はどうでもいいことだった。

 二分後、カオスゴブリンは全滅……では、なかった。

 右腕だけを撃ちぬかれたカオスゴブリンが、ハイセから逃げるように後ずさる。

 ハイセは、デザートイーグルを突きつける。


『ま、待て!! 貴様、我の話を聞け!! 冒険者なのだろう!?』

「俺、ここの攻略以外興味ないから」

『だったら、情報がある!! 話を聞け!!』

「…………」


 ハイセは拳銃を下ろし、カオスゴブリンを見た。

 カオスゴブリンは、ブルリと震えた。

 まさか、自分たちの狩場にこんな『人間』が現れるなんて、と。

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