禁忌六迷宮/サーシャの場合②

 サーシャ一行が到着したのは、極寒の国フリズドの国境地点にある中規模の町。

 ここで馬車を乗り換える。

 用意されていたのは、ソリと車輪の換装が可能な荷車と、ソリを引く専用の生物だ。

 事前に、A級チームを先行させていろいろ準備をさせていたのだが、ソリを引く生物を見て、ロビンが眼をキラキラ輝かせていた。


「かっわぃぃぃ~!!」


 用意されたのは、一言で表現するなら『巨大な毛むくじゃらの犬』だった。

 モコモコした毛、つぶらな瞳、強靭で太い脚。

 サーシャが軽く撫でると『オフ、オフ』と独特な声で鳴く。

 A級チーム『アイスクリーム』のリーダー、ビヨンドが言う。


「こいつは『スノウドッグ』だ。雪国で荷物を引くのに欠かせない生物で、人懐っこいし、けっこう強い。見ての通り寒さに強く、強靭な足で雪でも快適に進むぞ」

「初めて見たぜ……」

「大型犬と魔獣の間に生まれた犬らしい。生まれた時は子犬くらいだが、成長するとここまでデカくなるんだとさ」


 ビヨンドがアイスドッグの頭をポンポン撫でると、嬉しそうに顔を擦りつけて来た。


「一通りの装備もそろえてある。足りない物、必要な物があれば言ってくれ」

「すまないな」


 サーシャが礼を言うと、ビヨンドは笑った。


「ははは。ディロロマンズ大塩湖に挑戦するんだ。いくらでも手伝うぜ。さ、まずは宿に荷物を置いてくれ。食事も用意してある」


 ビヨンドに案内され、サーシャたちは宿へ向かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 町一番の宿屋には、シャワーだけでなく浴槽もあった。

 魔獣の油を使い、骨を燃やして火を起こしているとビヨンドが言う。

 なぜ骨が燃えるのか? とタイクーンが興味津々だったが、サーシャはどうでもいい。

 風呂に入れるだけで、ありがたい。


「…………はぁ」


 湯船に浸かり、腕や首筋に湯を掛ける。

 そして、自分の胸を見た。


「……また大きくなったかな」


 先日、十七歳になったサーシャ。

 女に磨きが掛かり、S級冒険者という肩書だけではなく、『美少女冒険者』とも言われるようになった。

 A級チームのリーダーや、別のクランを運営するS級冒険者からの求婚も何度かあった。当然、すべて断っているが。

 自分の胸を少しだけ触り、苦笑する。


「邪魔だな……男に生まれてくれば、よかったのに」


 女は、サーシャにとって『ハンデ』だった。

 邪魔な胸、月一にある痛み、男よりも筋力がないし、体力だって負ける。

 器用さ、速度を徹底的に鍛え、『闘気』の補助で並みの男以上の腕力は手に入れたが、やはりハンデはハンデ。サーシャにとって、苦痛だった。

 

「…………」


 でも、よかったと思うことも、あった。

 自分の唇に触れ、想う。


「…………っ」


 ハイセにした、頬への口づけ。

 勢いでしたことだが、今でも忘れられない。

 サーシャは、自覚していた。


「私は……ハイセに、恋をしていたのだな」


 今は、わからない。

 もし、ハイセが『セイクリッド』にいたまま、能力に覚醒していたら。

 『セイクリッド』は、ハイセとサーシャの二枚看板になっていただろう。

 そのまま、最強の冒険者チームとしてS級冒険者になり、禁忌六迷宮をクリアし……数年後に引退して、その後は───……。


「───ッッ!! ば、馬鹿か私は!!」


 ザブッ!! と、湯船に顔を埋め、馬鹿な考えを消す。

 子供を抱いた自分なんて、考えられない。

 

「ハイセは幼馴染。行く道は違えたが、冒険者の高みで再会できる。うん、それでいい」


 ウンウン頷き、湯を掬って顔を洗う。

 すると、脱衣所へ続くドアが開いた。


「サーシャぁぁぁ~!! お風呂に入りましょうねぇ~!!」

「ぴ、ピアソラ!? ふ、風呂なら自分の部屋にあるだろう!?」

「サーシャと一緒がいいの!! えいっ!!」


 と、ピアソラが狭い浴槽に飛び込んで来た。

 そのまま、サーシャにぴったりとくっつき、今にもキスをしようと顔を寄せる。サーシャはピアソラの顔を押さえた。


「や、やめないか。そういうのは、好きな男に!!」

「私はサーシャが好きなの!!」

「お、女同士では無理だ!!」

「できる!! サーシャに不可能はないわ!! ん?───……くんくん……サーシャ、あなた、ハイセのこと考えてた?」

「に、匂いでなぜわかる!?」

「やっぱりぃぃぃぃ!! チクショウ、ハイセの野郎ォォォォォォォ!!」

「お、落ち着け、暴れるな!!」


 ピアソラが暴れたおかげで、ある意味頭が冷えたサーシャだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 二日後。

 準備を終え、町を出発した。

 サーシャたちは全員、防寒着の上に装備を付けている。


「少し動きにくいが、寒いよりましだな」


 タイクーンが言う。

 厚手の手袋をはめ、耳当てをして帽子をかぶり手綱を握っていた。

 モコモコした上着を着ているので、ちょっとふっくらして見える。


「タイクーン、あったかそうだねぇ」

「ああ。だが、これから向かう極寒の国フリズドでは、この状態でも寒いだろう……考えただけで、ぞわぞわする」

「あたし、寒いのは無理。暑いのは耐えられるけどねー……ハイセ、砂漠の国ディザーラだっけ。暑いのかなぁ」

「さぁな」


 タイクーンは適当に答えた。

 ハイセ。

 今頃、デルマドロームの大迷宮内で迷子になっているだろうか。

 ソロで禁忌六迷宮に挑むのは馬鹿だ。少なくともタイクーンは、ソロで挑むなんて考えない。


「ね、タイクーン」

「ん」

「タイクーンは、まだハイセのこと、嫌い?」

「その質問に意味はないな」

「そうかなー……サーシャはさ、もうハイセと仲良しだよ? ハイセが王国を出る前、サーシャに指名依頼出してるくらいだし」

「和解はしていないだろうな。サーシャの謝罪をハイセは受け入れていない。二人にしかわからない『何か』はあったと思うが」

「その『何か』って?」

「知らん。だが、サーシャはハイセと話して変わった」

「恋、かなあ?」

「こい?」

「うん。以前のサーシャはハイセに当たり強かったじゃん? あれ、頑張るハイセの結果が出ないことに対するイライラを、ハイセにぶつけちゃってたんだよね。『どうしてハイセはこんなに頑張っているのに能力に覚醒しない!! 結果が出ない!!』って。タイクーンは知らないと思うけど、サーシャはハイセに八つ当たりしたあと、いっつも後悔して部屋で泣いてたし。でも翌日もおんなじことして、また後悔する……サーシャ、すっごく不器用なの。ハイセのこと、大好きなのにね」

「…………よく見ているな」

「女の子だもん」

「意味が解らん」


 タイクーンには理解できない。

 だが、不思議と的を得ている気がした。

 ディロロマンズ大塩湖まで、もう少し。

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