ただ月の光が見下ろしていた

 人の話を真面目に聞く気はあるのかと、ついに彼が私のイヤホンをそれでも気を遣ったのか片方だけ引き抜いて言った。私は片方だけになったイヤホンから壊れたように繰り返される「I only want to be with you」を聴きながら彼の怒った顔を見上げていた。まるで嘘のように禍々しいストロベリー・ムーンの光がレースのカーテンの隙間から差して薄暗い室内を照らした。


 しかしながら、お互いの顔を確認するには充分な光だったのだろう、何を笑っている、と彼が私に尋ねるではなく淡々と言った。私の気持ちは誰にも自分にも分からないし、分かって貰おうとも思わない、親切の押し売りはやめてほしい、あなたがそのスタンスを変えない限り私はあなたを好きにはならない。そういったことをまた私も淡々と彼に言うと彼は此れ見よがしなのか片手で自らの顔を覆った。


 私は芝居掛かった彼の様子が可笑しくて、はは、と笑った。それこそ私は当て付けだったのかもしれない。すると、だから何が可笑しいんだよ! と彼はいよいよ激昂し、私の片耳に残っていたイヤホンも引き抜き音楽プレイヤーをも私の手から弾き飛ばした。乾いた音がした。


 途端に遠ざかる、女性ボーカルの「I only want to be with you」。音楽をなくした私は何処か迷子のような気持ちになった。その時に悟った。私は私の為を思って涙を流す目の前の男性よりも、自分が自分を保つ為の生き方の方が大切なのだと。


 私は窓辺に立ち、ピンク色の月を眺めた。背後で男性が座り込む気配がした。そこに何の感情も湧かない――厳密には憐憫の気持ちはあったが――私は心冷たい機械人形なのかと、あるかも分からない心の中で冷静に首を傾げる。私に、「I only want to be with you」の歌詞を理解する頭が、感情があったなら何か違った結果になったかもしれないのに。私は頭の片隅に過った考えに内心で自嘲を覚えた。

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