第10話 ひんぬー教徒の悩み

「貧相貧相ってバカにすると……」


 わちきの名前は、ぱいたん。種族はコカトリス。武器は装備出来ないから、独学で編み出した下駄を使った戦闘方法で闘ってる。


 でも最近……いえ、だいぶ前から悩んでいる事があって……。ママには昔、「お前はハト胸だから仕方無い」って言われた事があって、「「はと」って何?」って思ったんだけど、「はと」について教えてはくれなかったんだ。

 だから姉さんや妹のわんたんが成長して行く内に、わちきは凄く悲しくなった。


 だけど、ママは「女の価値は胸の大きさで決まらねぇ」とも言ってくれたから、わちきは頑張ってこれたけど、ダンジョン巡りの旅に出てから、姉さんにばっかり視線が集まっているのを見ると、やっぱり悲しくなったよ。


 そう言えばママが昔、寝言で「ひんぬー教」がどうのこうのって言ってて、起きた時に聞いてみたら目が泳いでたんだけど、わちきには意味が分からなかったなぁ……。



-・-・-・-・-・-・-



「ねぇ、ぱいたん?」


「なぁに、姉さん?」


「次のダンジョンって、攻略された事が無いって言ってたけど、最高記録は何回か分かる?」


「えっと……」


「それは、わーが説明するね」


 豚骨トンコッツは戦闘には長けているが、意外と物覚えは悪い。それをフォローしているのが、同行している白湯パイタンだが、いくら白湯パイタンと言っても森羅万象全てを把握するには手に余る。拠って、そんな二人を陰ながら見守っているのが、蔓……にしか見えないマシマシマシマッシだったりする。


 無論の事だが蔓しかないが、蔓がマシマシマシマッシの本体と言う事ではないのは賢明な方なら、ご承知の通りだろう。

 要するにマシマシマシマッシ公爵プリンセス家で御庭番をしながら、姉二人のサポートをしつつ、ダンジョンセーフハウスにいるワンタンの支援も行っているのは言わずもがな……である。



「次のカドケの街のダンジョンの最高到達記録は47階とされているよ。でも、そのパーティーは48階到達時点で外部との連絡が途絶えているから、存命の可能性は限り無くゼロだと思う……」

「ただ、当時のパーティーの生き残りのポーター荷物運びが街に逃げ戻っているから、詳しい事情はそのポーター荷物運びを見付けられたら聞けるかもしれないよ」


「そうしたら、ダンジョン攻略は明日にして、今日はこの街に泊まろう!ね?ぱいたん、そうしよ?」


「えぇ、これからダンジョンに入っても日が暮れるでしょうから、そうしましょうか。それじゃあ、姉さんは今晩泊まれる宿を探しておいてもらえる?」


「うん、分かった。宿が見付かったら……ましまっしに頼んで、ぱいたんに知らせてもらうね。じゃあ、うちは先に行ってるねぇ」




「——ねぇ、ぱいたん姉さん?お金あるの?」


「うん、手持ちは無いわね……。ましまっし、アリスから預かってない?」


「アリスは最近、忙しいらしくて会えなくて……おっさんから少しくすね……貰って来ようか?」


「そうね、そうしてもらえると助かるわ」


 クレアリスアリスは今、皇太女として現女王の元で女王になるべくお勉強の真っ最中だ。クレアリスアリスが皇太女になるまでは一悶着どころか、十悶着くらいはあった。

 だがその中で、アリスの立太子を決定付けたのは、当時の王位継承権第一位だった、サラアリスが企てたクレアリスアリス暗殺計画だったとされる。

 サラアリスは第二位のシリアリスと第三位のスレアリスと共謀し、雇い入れた暗殺者アサシンを大量にクレアリスアリスに送り込んだ訳だが、そのことごとくが返り討ちに遭うという憂き目を見た。

 そこで、サラアリスはクレアリスアリスの寝室に忍び込み寝込みを襲う算段に出た訳だが、寝ていたクレアリスアリスに因って返り討ちに遭い、翌朝目覚めたクレアリスアリスがそれを発見、そのまま女王の元に通報しサラアリスは死亡故に廃嫡の流れに至ったのだ。


 当のクレアリスアリスは「何故殺したのか?」「どうやって殺したのか?」を聴取されたが、寝ていた為に全てが分からず有耶無耶になった。その後、報復に恐れを抱いたシリアリスとスレアリスが暗殺計画を暴露し、命乞いをした事から完全に計画が露見したのだった。



 クレアリスアリスは送り込まれた暗殺者アサシンみなごろしにしていた。その数、23人。

 当のクレアリスアリスはそんな計画を知らず、起きた時に部屋の中に暗殺者アサシンの亡骸が落ちていたのだから当初は酷く驚いていた。


 だが、亡骸の風体からそれが、自分に向けられて放たれた者だった事に気付いたのである。

 そして、暗殺者アサシンを放った者を炙り出す為に、その亡骸は人知れず処分する事にした。日に日に増えていく亡骸の処分に困り果てていた頃に、放った暗殺者アサシンからの連絡が全て一方的に途絶えた事で、業を煮やしたサラアリスを釣り上げる事に成功したのだった。


 ちなみに就寝中にも拘わらずクレアリスアリス暗殺者アサシンに襲われても返り討ちに出来た理由は、自動戦闘オートバトルの魔術を自身に掛けていたからなのは、賢明な方なら気付いていると思う。



 この暗殺計画の一連の流れによって、クレアリスアリスの立太子は決定的になり、晴れて皇太女になったと言う訳だが、クレアリスアリスにとって良くない事が一つだけあった。

 女王は、先代の女王から二つ名を賜るのが慣例となっているこの国で、今代の女王である「食理」のアレアリスからクレアリスアリスは「狂刃」の二つ名を賜ったのである。

 その事が非常に不服だったと言う事が、クレアリスアリスにとっての「良くない事」なのだが……まぁそれは余談にしておこう。



「じゃあ姉さん……おっさんから路銀を貰ったら後で送るから、無駄遣いを、とんこっつ姉さんにさせないようにね」


「えぇ、財布は姉さんに渡さないから安心して……」




「お、お金なんて、ありませんッ」


「なぁに言ってやがる!溜め込んでんのは分かってんだ!ほら、早く出しやがれッ!出さねぇと、ひん剥いてダンジョンに放り込むぞ?そうなりゃ貧相なお前でも、モンスター達にモテモテで孕まされて一躍子沢山なのは間違い無しだな」


「「「ひゃーっはっはっはッ!流石アニキ!」」」


「くっ……」


「分かったら、早く金を出しやがれ!それとも本当にひん剥いて欲しいのか?まぁ、貧相なカラダでもスキモノはいるからな、可愛がってくれるかもしんねぇぞ?どっかのめかけになれれば、金には困らなくなるかもな?」


「くっ……そ」


「へぇ?貧相、貧相うるさいハエがいると思ったら、男がよってたかって貧相苛め?それは、わちきにも喧嘩を売っていると思っていいのよね?」


「な、なんだ、てめぇッ!おっ?なんだ、エラい綺麗な顔をしてるじゃねぇか!まぁ、確かにオメェも胸は貧相だが、顔は……」


どげしッ


「ふべしッ」

ずぼッ


「「「アニキッ!!」」」


「わちきに喧嘩を売ってるなら、ちゃんと利子を付けて払ってもらうけど、高いわよ?トイチ10秒で1割でいいわッ」


「なんで買う方が利子取るんだ……よ。がくッ……」


 チンピラアニキは白湯パイタンの目にも止まらないハイキックからのなぎ倒しで、地面に頭を埋めてピクピクしていた。

 二人のチンピラコブンはその光景を呆気にとられながら見ている事しか出来なかったが、白湯パイタンの尻尾の蛇に睨まれ、文字通り「蛇に睨まれた蛙」に成り下がっていたのだった。



ギロッ

「貧相貧相ってバカにすると、次は無いわよ?利子だけじゃなくてタマも取るわッ」


「「「ひえぇぇぇ!お助けえぇぇぇぇッ!」」」


「大丈夫?」


「えっ?あっ、はい。その……ありがとうございました」


「いいわよ、気にしないで。わちきもちょっと熱くなっただけだから」


「あ、あのッ!お姉さんは冒険者の方ですか?」


「ええそうよ。この街の東北東にあるダンジョンに明日から入ろうと思ってるの」


「そ……それなら、やめた方がいいと思います」


 白湯パイタンの強さを垣間見た少女だったが、ダンジョンに行くと言った白湯パイタンを止めに入っていた。当の白湯パイタンは止められても行く事に変わりはないのだが、多少気になったので、目の前の少女を見据えると理由を聞く事にしたのだった。



「理由を聞いてもいいかしら?」


ぼこっ

「ねぇ、姉さん。とんこっつ姉さんが、宿が見付からないって嘆いているわ」


「えっ?何……今の?」


「あぁ、ごめんなさいね。今の蔓は、わちきの妹が連絡用に使ってる蔓だから、気にしないで」


「ところで宿が見付からないんですか?」


「えぇ、そのようね。この街に宿屋ってあるわよね?」


「はい。ですが、この街の宿は一軒しかないので、そこの部屋がいっぱいなら、宿は取れないかと……」


「そうなのね……じゃあ、今日は野宿になるわね。ましまっし、姉さんに……」


「あ、あのっ!もし良ければ、ウチに来ませんか?助けて頂いた恩もありますから、泊まっていって下さい!」


 こうして見ず知らずの娘の家に二人は泊まる事にした訳で、その娘の家に豚骨トンコッツが向かう途中で迷子になり、豚骨トンコッツ豚骨トンコッツで違う目的のチンピラに絡まれたりとか、色々とあった訳だが無事に娘の家に合流した二人は、そこでこの街のダンジョンの詳細を聞く事になる。



「えっ?セレネちゃんが、48階に到達したパーティーの荷物運びポーターやってたの?凄い偶然だね、ぱいたん!」


 白湯パイタンが助けた少女は、名をセレネと名乗った。そして、その家にはセレネとセレネの母親が住んでいた。家と言ってもボロ屋であり、雨風が凌げる程度だったが、宿が取れなかった二人にとっては野宿するよりはマシ程度とはいえ、大助かりだった。



「それで、セレネ。なんで、ダンジョンに行くのはやめた方がいいの?」


「えっ?そうなの?うち達、ダンジョン行けないと困るんだよぉ」


「あの……お二人は二人組のパーティーなんですか?」


「そうだよ。うちと、ぱいたんの二人なんだ」


「そうですか……。あのダンジョンに出没するモンスターは、「ゴブリンモドキ」という名前で、女性を見ると拐って種付けをします。種付けをされてしまうと必ず女性はゴブリンモドキの子を身籠りますが、出産と同時に女性は死にます」


「なにそれ……?まさか、48階に到達したパーティーの中にも女性が?」


「はい。あのパーティーは四人編成で、前衛後衛に分かれて闘う標準的なパーティーでした。そして、その中のヒーラーが女性でパーティーの戦略を担っていました。あのダンジョンは45階までのゴブリンモドキはそこまで強くありませんが、そこを越えると何故か時おり非常に強力な個体が出没する事があります」


「なるほど、それでそのヒーラーは拐われてしまったのね?」


「はい。パーティーの皆さんはヒーラーを追い掛けて行ったのですが、わたしはハグレてしまって……」


「セレネちゃんって女の子だよね?セレネちゃんはゴブリンモドキに拐われなかったの?」


「わたしは、特殊な専用装備のおかげで、ゴブリンモドキから女性と見られていないので、生命を狙われる事はあっても、種付けされる対象としては見られないんです」


 特殊な専用装備……その発言は二人にとって心当たりが無いとは言えない。何故なら、二人も各地のダンジョンを攻略して廻っている為、同様の特殊な専用装備を持っているからだ。

 ただ、性別を偽る専用装備と言うのは知らなかった為、「色々な専用装備があるんだな」と興味が湧いた様子だった。

 ちなみに、ゴブリンモドキから女性として見られていないと言ったセレネの表情が、何やら複雑な表情をしていたのは余談である。



「明日、どうしてもダンジョンに向かわれるんですか?」


「えぇ。わちき達はどうしても叶えたい事があって、各地のダンジョンを攻略して廻っているの」


「各地のダンジョンを?それにどんな意味が……。いえ、そうじゃなくて……それなら、わたしを雇ってくれませんか?わたしは冒険者をやっていた事もありますから、ある程度は闘えますし、お二人の荷物運びポーターも出来ます」


「ぱいたん、どうする?」


「どうするも何も、わちき達は荷物なんて持ち運ばないでしょ?パーティーメンバーを増やすにしたって、足手まといになる可能性の方が高いし……」


「この家には病気の母がいるんです。わたしがお金を貯めているのも薬を買う為で……最近、この街を訪れる冒険者の方が減ってしまって荷物運びポーターの仕事もほとんどなくて……」


「ましまっし、セレネの母親の病気って治せる?」


「さっき診たけど、植物の力で治せる病気じゃないかも……」


「ねぇ、ぱいたん!雇ってあげよう?それに、ここの宿代もちゃんと払って、早く薬が買えるようにしてあげようよ」


 母親が病気と言う事実は豚骨トンコッツハートに火を付けていた。まぁ、当の白湯パイタンも雇う事がイヤと言う訳ではないが、ダンジョンに入ると言う事は危険がある事に変わりはない。

 もしもセレネがダンジョンで怪我をしたり、生命を落とす事になった時、残された母親がどう思うのかと考えると、賛成し辛かったのだった。



「そう言えば、お二人って荷物も武器も持ってないんですか?」


「うち達はそれぞれ、荷物も武器も特殊な専用装備で手元になくても持ち運びが出来るんだよ。だから、ラクちんなんだ」


「あっ……それじゃ、荷物運びポーターは要りませんよね……」


「分かったわ、セレネ。わちき達は荷物運びポーターも仲間も要らないけど、道案内は欲しいと思ってたの。だから、明日、道案内をお願い出来る?ちゃんと賃金は払うから、それでいい?」


 結局の所、白湯パイタンは折れた。「荷物運びポーターは要りませんよね」と言った時に、セレネの瞳に光るモノが見えたからだった。

 危険だからと跳ね除けるのでは無く、母親を思うセレネの気持ちを汲もうと考えた故の決断だったとも言える。


 こうして、二人はセレネからダンジョンの詳細を聞く事が出来た。持って行った方がいいアイテムやら、モンスターゴブリンモドキの特徴や攻撃パターンなど、セレネが知っている全ての情報を二人に伝えたからだった。



 ちなみに、マシマシマシマッシが、おっさんから路銀を調達して来たので、それを元手にアイテムやら夕食の買い出しやらに出掛けた二人だったが、美人な二人は周囲の男共の好奇と淫欲に塗れた視線で釘付けにされ、絡んで来る者達が跡を絶たなかった。

 それらの者達を薙ぎ払って払い除け、二人がセレネの家に着いた時には、もう夜の帳が降りていたと言うのは余談である。

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