ハーブって山菜のことであって……

 早いもので住み込み始めてから三年が経ちました。

 やってる練習は走り込みと筋トレ、瞑想に、そのばの状況に応じた足さばきくらい。


「ししょー、しんぽをかんじませーん」


 カイズカ師匠は私の抗議なぞ気にもせずに尻尾をピンと立て、


「無限流は全てが奥義! 全ての行為に隅々まで神経を張り詰めるのじゃ!」


 などと妄言をたれており。


「そいじゃーゴブリンの処分しにいってきますので、師匠はハーブの採取をしていてくださいね。いってきまぁす」

「慎重にな。さーてわしは寝っ転――」

「ししょう????」

「うそじゃうそ」


 無限流の庭には貴重なハーブが栽培、というか自生していて、これが貴重な強力魔力回復ポーションの材料になるのだ。おんぼろ道場だけど潰れなかったのはこれを売っていたから。

 このじーさんじゃ管理できていなかったので、私が整理して株を増やしたんだけどね! おかげで金銭に困ることはあまりなくなった。


 あまりなくなったというのがミソで、毎月末若干お金に困る。なので街のちょっとした困りごとなんかを解決するお仕事も行っている。俗に言う冒険者ギルドってやつぅ? それにしてはメンバー私一人だけど。絶対にギルドとか言えねぇけど。冒険者ですらねぇけど。

 御用聞き? ああそれかもしれない。


 さて今日は森に生息しているゴブリンの討伐だ。本当にゴブリンっていう名前なのかはわからないけどそうやって聞こえるからゴブリンで間違いあるまい。

 やつは身長六〇センチメートルくらい、小デブな緑色の化け物で、うーん、カッパっぽいような格好をしている。

 ものすごく臭いのが特徴で、それで敵対者を混乱させて集団で噛みついて倒す、という戦術をとってくる。

 巣は煮詰めきった加齢臭のような香りで、周辺の草木が腐敗するほど。腐敗したそこに赤子を産み付けて繁殖する。繁殖スピードはかなり速い。

 ゴブリンに価値はマジで全然全く完全にないので全部処分して巣を消毒する。これが今回のお仕事。


 森の中で戦闘をするので短剣と盾を背負って出発。匂いを感じなくするポーションも忘れずに。

 森に入ってすぐ発見。場所はわかっているからね。成長した個体は5匹ほど。ポーションを一息にあおってさあ突撃だ!


「風よ!」


 会戦一番、周囲の風を”色に宿して剣を横薙ぎ。薙いだ勢いで”突風を吹かせる。

 師匠のところで修行してわかったのだが、私の白色は何でも属性を引き出せるけど、周囲に属性の元がないとその属性になれないし、属性の元を保ち続けないと色が上書きされてしまうみたいなのだ。

 だからゴブリンの色〈臭〉を宿す前に風で臭みをゴブリンに吹きかける。

 ゴブリンはものすごく臭いけど、ゴブリン自体に外へ外へと風を発生させる効果があるらしく、自分の臭さを通常では感じていない。だから今のように突風で自分の方に風が来ると……。


「グギャアアアア!!」


 そう、自分の臭さに悶絶する。そして。


「ぐ、ッギャア」


 死ぬ。


 何匹いようが風をまとえればこっちのもんである。5匹とも即死したようだね。

 普通ゴブリン退治は風魔法が使える人が行うんだけど、これくらい小規模だとウチに依頼が来るって分けよ。


 この後は団扇で扇いで〈風〉を作りながら巣のお掃除。〈臭〉が私に移るのは嫌だからね。

 巣は石けん水を振りかければ清められて浄化され、安全になる。石けん水で浄化されるとか、異世界って本当に不思議な世界である。清めるの概念もあるしな。


 これで今月も美味しいご飯が食べられる、かな。もうちょっと稼げると良いんだけど。じじ……師匠はーぶ採取頑張ったかなあ。頑張ってないよなあ。今月末も米もどきの塩お握りが食卓に並びそうだよ。



「ただいまかえりましたー。ししょー、ごぶりんやっつけてきましたよー。ごはんごはんー」


 と、なまぬるいこえをしながら道場へ帰る。


 すると


 道場で


 見たものは


 たった今


 胸を刃物で突かれて崩れ落ちた師匠と


 その刃物を持った


 黒い服装をした人間だった。


「し、しよ」


 師匠という言葉すら出ない。

 目の前の光景を信じることができない。

 黒い服装をした男がこちらを向く

 まがまがしい黒い仮面がこちらを捉える


「オマエカ」


 そう、そう男がつぶやいてこちらにやってこようとする。そのとき師匠が男の足を掴む。


「させんぞ……〈無限闘気〉! さあ逃げろモナカ! わしが! 命尽き果てる! その前に!」


 師匠から莫大な力を感じる。私の色が〈金色こんじき〉で染まる。

 師匠は既に男と戦闘に入っている。

 凄い組み手で腕裁き足裁きが見えない。

 ここは、逃げねば。

 今の私じゃ何にもできない。

 師匠の捨て身の行為を無駄にしてはいけない。

 こわばる足を〈金色〉の色で無理矢理動かして道場から逃げ出す。

 この街の宿屋に着くころに、道場の方で大爆発する音がした。師匠……。

 そして〈金色〉の色は消え、白に戻った。あぁぁぁ、ししょぉぉ……。


 一晩宿屋で休み、道場の方へ舞い戻ってみる。あの爆発だ、道場には何も残ってはいなかった。いや、師匠の骨だけはあった。師匠ごと爆発したのだろう、爆心地にバラバラになって。

 骨を拾い集め、かたちなりの葬儀をしてもらう。

 ま、集めた骨を焼き直して、灰を入れ物に入れて墓地に埋めるというだけであったけど。遺体は焼いて灰を収めるという風習は異世界でも変わらないようだ。感染症対策でもあるからかな。


 遺品は、ほぼない。

 あるのは、師匠が使っていた棒の持ち手だけ。ここだけはなぜか残っていたようだ。

 持ち手を掴むと、ビュンッと白いエネルギー体が棒のように伸びた。なんぞ!?


「これは珍しい、魔術の杖だね。持ち手の精神を格子状にして、内部に魔力を溜めるんだ。持ち手の強さによって威力が変わる魔導具みたいなものだよ。厳密には魔導具ではないんだけど。それならかなり頑丈だから大爆発に飲まれても残るかもしれないね」


 そう葬儀屋さんが言う。葬儀屋は遺物をたくさん見るからレアアイテムに詳しくなるという。ならそうなんだろう。今の私では細くて短い白い棒をにょきっと生やすことしかできない。

 強くなって自在に操れるようになり、


 あの禍々しい男に復讐しないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る