第2話


 うん……? あれ、なんか。

 おかしいな……。

 

 オー令嬢、迷惑そうな表情をしていらっしゃる? そしてなんだか嫌そうな目を王子たちに向けている。

 アホな王子は気付いていないようだけれど。


 王子がさりげなくオー令嬢の腰に手を回したけれど、オー令嬢はその手をパシッと払い除けた。

 うわ、けっこう力入れてた……。

 しかもため息をついている。


 王子は微妙に気まずそうな表情をしながら、払い除けられて行き場のなくなった手を自然な感じで後ろへ隠した。

 あれ絶対赤くなってるよ。痛いんだろうなぁ。


 それにしても……。あらら?

 ゲームでのヒロインのイメージとはだいぶ違うね!?


 あれ、でもちょっと待って。

 これってどのルートだ?

 ゲームをプレイする上で、女の子3人の中からヒロインを選択することができた。

 ちなみに私はオー令嬢を選択した。だって黒くて長い髪が綺麗だったから。

 他の仮ヒロインたちはここにいるのだろうか?

 まぁ、どうでもいいけど。


「さぁ、みんなの前で話してもらえるかい?」


 王子が甘い猫なで声を出した。 

 くぅ、声だけは本当にいいんだから!


 けれど、オー令嬢はさらに嫌そうな表情になった。まさにゴミを見る目。


 お~、先ほど弟くんが私に向けていた目と同じだわ!


「殿下、何度も申し上げておりますが私はラテ様に意地悪など……」


「あああぁ! かわいそうにぃぃ!」


「ひぃっ」


 やだ、変な声出ちゃった。恥ずかしい。

 だって王子がいきなり膝をガクッと折って、床に向かって「かわいそうにぃぃ!」って言うんだもの! びっくりもするじゃない。


 おい王子、人の話最後まで聞きな? どうして愛しのオー令嬢の話を遮るかな。

 オー令嬢キレそうですよ?


 このやりとりって最後まで見なきゃダメ?

 よし、やろう。 今すぐやろう。


 私は一歩を踏み出した。

 王子の目の前に立つ。


「な、なんだ!?」


 王子は、突然目の前に立った私にビクッとする。

 私は右手に思いっきり力を込めて王子の頬をスパーン! と叩いた。私の手も若干痛い。

 いい角度ではいったようで、叩いたときの音がとても大きく会場内に響いた。


 なぜ王子を叩いたか? だって浮気したのは王子なんだもの。 無実の罪を着せられそうになり、婚約破棄までされたんだからこれくらい許されるはず。ラテが可哀想だからね。


 王子は叩かれた勢いで床へと倒れ込んだ。

 え、ちょっと大袈裟な……。女の子の力なんだからそこまで強くないでしょ!

 突然の私の行動に周りの理解が追いつかないのか、会場内はシーンとした。


 ハッと気付いた王子の側近が急いで駆け寄る。

 ダメね、この護衛。


 王子の頬は真っ赤になっていた。

 おぉ、けっこう痛そう。 


「き、貴様! オー令嬢だけではなく殿下にまで手を上げるとは!」


 いや、オー令嬢に手なんて上げてないってば!

 側近は剣を抜いた。


 え、ちょ、わっ。


 いくら夢でも剣で切られたくない。そんなの嫌に決まってる。

 さて、どうしようか。


「待て」


 側近を止めたのは王子だった。


「しかし殿下! これはあきらかな王室侮辱、王族暴行、反逆にあたります!」


「待てと言っているだろう」


 王子の声が、話し方が先ほどまでとはまるで違った。

 そして王子が立ち上がる。

 その顔はなぜか晴々としていて憑物が落ちたかのようにも見えた。


 え? なぜか男爵令嬢も目を輝かせているではないか。


「ラテ嬢」


 王子が私を真っ直ぐに見る。

 先ほどまでとは違い、きらきらとしたその笑顔はさすが人気一位のものだ。 

 あまりにもイケメンで、あとちょっとなんか怖くて後ずさる。


「え、はい、なんでしょう……」


「もう一度……」


「もう一度……?」


「私を殴ってはくれないだろうか」


 はぁ!?

 え、何、王子ってもしかしてそういうご趣味の方でしたか!?


 えー! 驚き!

 ゲームではそんなシーンなかったんだけどなぁ!?


「いや、待ってくれ! 勘違いをさせてすまない。けれどどうかお願いできないだろうか。これはとても重要なことだ」


 なぜか王子の表情は真面目だ。


「ラテ様! どうかお願いします! 本当にお願いします! 殿下をぶん殴ってください!」


 そしてオー令嬢は必死だ。

 かなり必死なご様子ではないか。

 王子を殴れとはすごいことを言いよる。


 そうね、ここまで頼まれたのなら仕方がないわね。いいわよ、どうせ夢だから。

 イケメン王子を殴れる機会とかもうなさそうだし。

 頼まれたから仕方なくだからね? 決してイケメンの顔を触りたいとかじゃないからね?


「では殿下。もう一発、綺麗にキメさせていただきます!」


 そうして私はもう一度思いっきり叩いた。

 スパーン! と大きな音がまた会場内に響いた。


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