第20話 ふたりきりの舞踏会
頭巾から顔を出したのはノアだった。
「先生」
「ははは。たまにはこういう抜き打ちテストも面白いだろう」
ノアが馬から降りる。エイベルがひずめで、彼の長いスネを軽く蹴った。
「痛いじゃないか」
「脅かすなバカ騎士」
「そうよそうよ。冗談にしても心臓に悪いわ」
ノアは肩をすくめる。多勢に無勢だと言わんばかりに。
「悪かったよ。せっかくだから続きをしよう」
「いいわ。脅かされたぶん、きっちりお返ししてあげますからね」
エヴァもエイベルから降り、ロングソードを構えた。
(やり返してやるんだから)
ノアはポトリと、剣を地面に捨てた。
「そうじゃない」
「?」
彼は片ひざをつき、エヴァを見上げた。あっけにとられていると、手を取られ、甲にキスされた。
「ぼくと踊ってくれませんか? 姫騎士」
グリーンの目に見つめられ、胸が高鳴った。
月がのぼりはじめる。
馬番姿のエヴァの背に、黒マントのノアは腕を回した。手を握り、ふたりきりの乗馬場でステップを踏む。
「夢にまで見たよ。こうするのを」
「そんなにわたしとダンスしたかった?」
「ああ。この前は殿下に横取りされたからな。勇敢なデイムと踊りたかった」
「ふふ。わたしも。勇敢な騎士さまと踊りたかった」
見つめ合った。体も心も、夢のようにふわふわ浮きたつようだ。
ふたりをながめるエイベルは、退屈でしかたなかった。首をさげ、半目で草をはむはむ貪る。
(馬目も気にせずイチャつきおって)
ノアは、見つめてくるエヴァの瞳に吸いこまれそうだった。ふたりで過ごせるのがうれしい。
「体は大丈夫か?」
「ええ」
「そのペンダントは結局なんなんだい?」
エヴァは首を振った。
「わからなかった。母さまにもらったものなんだけど。でもまあ、キュアライダーの変身ベルトみたいなものね」
(『きゅあらいだあ』……?)
「ところで先生」
「ん?」
「舞踏会のときわたしをほめてくれた人たち、先生の息がかかっていたんでしょう」
「……知っていたのか?」
「わかるわよそんなの」
エヴァはみるみる目に涙をためた。今にも雫がこぼれそうだ。
「おいおい。どうしてそれで泣く?」
「わからずや」
手や腕がほどかれる。彼女はぱっと離れた。
ノアは尻込みした。
「ゼロから大勢の人から認められるのって、すっごく大変なことなのよ。ううん。わたしの場合ゼロ以下かしら」
「それは……」
「世の中にはね、転生したらチート能力であっさり人から認められる人もいるわ。そういう人は大体モテモテ。ハーレムもとっても簡単に作れちゃう」
「……?」
「でもわたしは違うみたい。転生してもしなくても同じ。なにをしたってみんなからさげずまれて、あざ笑われて、のけ者にされるみたい」
「そんなことは……」
「でも、それでもわたしは今世では人から認められてみたい。自分自身の力で。その栄光の未来がつかめるなら、いくらでも体を張るわ。命だってかけていい」
燃えるような眼差しを向けられた。
「どうしてそこまで」
「せっかく転生できたから。前世から変われるチャンスを、神様がくれたから。だから誓うわ。ここで見た夢を、ここで必ず叶える」
『転生』だの『前世』だの、ノアにはよくわからない。
けれど熱意は伝わった。
「だからこの世界では絶対にあきらめない。死んでも諦めない。そのくらいに思ってる。なのに……」
「だから認めているじゃないか。ぼくも彼らも」
「……先生も、結局わたしのことを見下してるのね」
顔を背けられた。エヴァは目を伏せ、消沈している。
どうしていいかわからない。
(喜ぶと思ったのに。婦人の気持ちはさっぱりわからん。……とにかく、落ち着かせよう)
「彼らがきみをほめたのは、別にぼくに言われたからだけではないよ。理由はふたつある」
「?」
「第一に、もともと傍若無人なロン殿下に不満を持っていた」
「それならわかるけど」
「第二に、きみの戦場での功績を単純にすばらしいと思った」
「そんなはず……」
「見下してなんかいない。むしろその逆さ」
「……」
「きみを見こんでいるからこそ、頼みたいこともある。国の大事に関わる任務だ」
「任務?」
「陛下にも話を通してある。ぼくを利用して功績を作ってくれ。もっと大勢の人間から認められるために」
エヴァはじんわり胸が熱くなり、首の紺青のペンダントを握った。
(先生と今世で会えてよかった)
円盤をパカっと開けて、透明なチップを取り出す。
あるものを思いうかべながら、下腹でペンダントとチップを重ねた。
「変身!」
「?」
透明なチップから、白い蜘蛛の糸の塊のようなものが出た。塊はむくむくと膨張し、エヴァの頭部や足先までもを包む。
糸の塊は
ノアは繭に向かって手を振る。
「おーい。エヴァ?」
いつもの『変身』と違って、いやに大がかりだ。
繭の中からずぼっと細い手が飛び出た。エヴァが中から糸をはらう。
ピカピカの大きな髪飾り。ヒラヒラしたピンクのドレス。
ノアには見覚えのない衣装だ。
「全然さまにならないわね。キュアライダーみたいにすぐ変身したいのに」
「???」
「要はね、やらせていただきますってこと。どうせなら正義のヒーローになって」
エヴァの晴れやかな笑顔に、目を細めた。
よくわからない衣装だが、うるわしい。
『きゅあらいだあ』は意味不明だが、輝かしい。
「その姿もすてきです。姫騎士、よければこれをどうぞ」
ノアはエヴァの右手中指に真紅の指輪をはめた。小粒の花の意匠があしらわれている。
「この赤い飾り、コキノ・ダイヤ?」
パーティのとき、ハンナが髪飾りとしてつけていた。
「この色はきみに似合うと思ったんだ。ぼくからのプレゼント。
「へえ。給料3ヶ月分?……って、このネタわかんないか」
「?」
「ありがとう。うれしい。とっても」
意味不明でもとりあえず、ノアはエヴァの右手を握った。
「踊りましょう」
月明かりの下で、ふたりは一緒に延々と踊った。おしゃべりをし、笑いあい、ときどき歌を口ずさむ。
半目のエイベルは足を折り曲げ、ふわぁっとあくびをした。
(勝手にイチャつけ。わしゃもう知らん)
ごろんと地面に横たわり、足を伸ばしてグーグー眠る。
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