裏ありイケメン侯爵様と私(曰く付き伯爵令嬢)がお飾り結婚しました!

麻竹

第1話

今回は何秒持つだろう……。


私は静かに座りその時を待った。


顔が映るほど磨かれた床。

今日のためにと新しく代えられた絨毯。

年代ものの猫足のテーブルには、今朝摘んできたばかりの庭園の薔薇が花瓶に添えられている。


テーブルと対になるソファに腰掛け、目の前の相手を見遣る。

すると相手は私と目が合うと、にこりと秀麗な顔を綻ばせてきた。

目の前の男性は、にこにこと始終笑顔を向けながら、ようやっと口を開いた。

私は次に起こるであろう惨事に身構える。

そして――




「単刀直入に言います、私のお飾りの妻になって頂けないでしょうか?」




「……へ?」




予想していなかった男の言葉に、私は不覚にも間抜けな声をあげるのだった。









その知らせは唐突にやって来た。


うららかな春の日差しが差し込む我が家の庭園で、ティータイムをとっていたときだ。


「カレンよ、お前に縁談の話が来ているのだが……。」


渋面を張り付かせながら声をかけてきたのは、自分の父親であった。

父は何かを警戒するように娘へと手紙を渡す。

手紙を渡された娘は、小さく溜息を吐くと気の乗らない様子で中身に目を通した。


「侯爵様からですわね。」


「ああ、今回は断れそうに無くてね……すまない。」


「いいえ、相手は侯爵様ですから無碍にはできませんわ、でも……。」


「ああ、今回も破談になるだろうねぇ。」


そう言って娘の父であるオーディンス伯爵は、困ったように眉根を下げながら遠くを見つめた。

まるで、破談になるのが当たり前のような口振りだ。

しかしカレンと呼ばれた娘は、そんな父の言葉に悲しむどころか額に手を当て盛大な溜息を吐いてきた。


「ええ、今回は何秒持つでしょうね。」


ほんとにまったく、と面倒そうに言う。

ひとしきり溜息を零した娘は、父の顔を見上げた。


「それで、ご訪問はいつになるんですの?」


「一週間後だ、早い方がいいだろう。」


カレンの質問に父オーディンス伯爵こと、ルドルフ・オーディンスは苦笑しながら答えた。


「そうですわね。」


父の言葉にカレンは無表情で頷く。

今回は思った以上に早くケリがつけられそうだ。

貴族の訪問には時間を有する。

今まであった縁談では、会うまでに早くて一ヶ月はかかっていたのだが、今回の相手はさすがというか何というか……。

多忙を極める侯爵家が、よくこんな短期間で時間を作れたなと感心した。


「それで当日の事なんだが……。」


父は何かを警戒するように辺りを見回しながらカレンに言ってきた。


「ええ、いつものようにしておきますわ。」


「う、うむ、頼んだぞ。」


オーディンス伯爵は、娘の言葉に少しだけほっとしたような顔をしたが、すぐに眉間に皺を作ると顔を俯かせてしまった。


「いつもすまないな、あれが無ければ今頃お前は……。」


オーディンス伯爵は悲しそうな顔をしながらカレンに言う。


「いいえお父様、お父様が気に病むことはありませんわ。」


「しかし!!」


オーディンス伯爵は弾ける様に顔を上げると、堪えきれないといった表情で、愛しい娘の手を取ってきた。


「ありがとうございます、お父様。私はお父様に、こんなに愛されて幸せ者です。全ては、ええ、全ては、このオーディンス家の宿命なのですから。」


どうか気に病まないでくださいませ、と微笑みながら父を見上げる娘に、オーディンス伯爵は「いつもお前の幸せだけを願っているんだよ。」と、祈るような気持ちで呟いた。


そして当日、カレンはまるで戦火の中へ身を投じるような気持ちで、侯爵の到着を待つのであった。

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