蓮っ葉なクラスメイト
今日も一日が始まった。
住宅街を縫うように伸びるいつもの登下校の道。
灰色だった空はすでに微かに雲だけが残った晴天に成り代わっていた。
けれどもアスファルトの小さな亀裂に溜まった雨水が、今日が昨日の続きであることを裏付けている。
もしも昨日に告白を実行して莉乃さんにフラれていたら、空が晴れていることを恨めしく思ったかもしれない。
一瞬、奥の曲がり角に莉乃さんの姿が見えた。
莉乃さんであるか確かめようと目を凝らす間もなく、莉乃さんが僕に気が付き背中で黒髪を揺らしながら近づいてくる。
「おはよう。新田くん」
「お、おはよう」
昨日の今日で気恥ずかしさがある。
けれども莉乃さんは見る限りいつも通りという漢字だ。
どちらから言い出すともなく並んで歩き出す。
「新田くん。今日は元気ないねー」
「え?」
自分では普段と同じように装っているつもりだが、昨日呼び出された側の莉乃さんは僕の落胆を察しているのだろうか。
莉乃さんはじっと僕の顔を見つめる。
「やっぱり。元気ないように見えるねー」
「そう、ですか?」
「朝だから?」
口にしてから、どうだいと尋ねるように首を傾げる。
察してなどいなかった。
告白できなかった事に悩んでる、とは本人の前で言えるわけもないし、話を合わせておくことにしよう。
「うん。朝だから」
「そっかー。あたしもたまに朝辛い時あるからわかるよ」
労わるような眼差しで言う。
真面目に共感された。
差し障りないから誤解されたままにしておこう。
「あっ。由奈!」
莉乃さんが弾んだ声を出し、笑顔で前方を歩く女子生徒に手を振っていた。
女子生徒が莉乃さんの声を聞いてかこちらを振り返る。
莉乃さんの顔を見るなり破顔して駆け寄ってきた。
「おっはよう。莉乃」
莉乃さんに挨拶すると僕にも気が付いて嬉しそうに手を振った。
「おっはよう。誠也くん」
「おはよう。相澤さん」
彼女ほどのハイテンションではないが挨拶を返す。
彼女の名前は相澤由奈。ショートボブの髪が似合う溌溂とした女子生徒で僕のクラスメイトだ。莉乃さんとはクラスが違うのに何故か仲が良い。
「誠也君。元気?」
僕の顔色を見ながら相澤さんが伺う。
そんなに元気ないように見えるのだろうか?
「ぼちぼちかな」
「ぼちぼちかぁ。朝は辛いからね、わかるよ」
共感を示し、こくこくと頷く。
莉乃さんと同じ反応をされた。
朝の辛さが流行っているのだろうか?
「あっ、そうそう。誠也くん」
心の中で流行を疑っていると、相澤さんが思い出したように話を振ってくる。
「誠也君。体育、どっちにしたの?」
体育?
あー、そういえば今日から種目が変わるんだった。
僕は確か……
「バレーボールだったかな」
「へえ、バレーか。ちなみにわたしはソフトボール」
自身の顔を指さして相澤さんは笑う。
バレーボールなんだぁ、と莉乃さんが興味ありげな反応をした。
「一緒だね。あたしもバレーボール」
「莉乃さんもバレーボールなんだ。相澤さんと同じじゃないんだね」
仲が良いから選択種目を被らせたものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「なんでバレーボールにしたの?」
「だってバレーボールの方が当たった時に痛くないから」
「なるほど。確かにソフトボールと比べれば痛くはないだろうね」
当たることが前提で種目を選ぶのはどうかと思うけど。
莉乃さんが選択理由を話すと、相澤さんが唇を尖らせて不満を表わした。
「ボールが当たることが前提なのはおかしいよ、莉乃」
僕と同じこと考えてた。
尖らせた唇を引っ込めて楽しそうな笑顔になる。
「自分が楽しいと思う方を選ぼうよ。わたしは打って走って守る方が楽しいから、ソフトボールにしたんだ」
打って走って守るのはバレーボールでも同じじゃないかな。
そんなこんな話しているうちに校門まで来ていた。
「ああ、ミチ!」
相澤さんが他のクラスメイトを見つけると、嬉々として駆け寄っていった。
元気な人だな。
「由奈って活発だよねー」
莉乃さんも似たようなことを思っていたようだ。
「なんか誰とでも仲良くなれる感じ?」
「もしかすると友達百人を地で行くタイプかな?」
「由奈ならあり得るね」
相澤さんの事を話しながら昇降口に差し掛かる。
昇降口に入った時、二年生のシューズロッカ―の前に吾妻さんの姿が見えた。
吾妻さんは僕に目を向けることもなく階段のある方向へ歩いていった。
「さっきの吾妻冴佳さんだね」
莉乃さんも吾妻さんに気が付いたらしい。
莉乃さんの目がイヤな物を見たかのように細められる。
「なんなんだろうね。あの人」
いつになく莉乃さんの声が冷たい。
僕からの話を邪魔した昨日の事があるからか、吾妻さんに良い印象は持っていないみたいだ。
しかし莉乃さんが不機嫌を見せたのは一瞬だけで、すぐにいつもの表情に戻って僕と並んで二年の教室が連なる廊下まで歩き着く。
「じゃあね。新田くん。体育でまた会おうね」
「それじゃ」
手を挙げて教室に入っていく莉乃さんと別れ、僕は自分のクラスに向かった。
廊下を進み自分の所属する教室が見えてきた時、後ろから何者かの気配が急接近するのを感じた。
首だけで振り返ると、相澤さんが二歩ほどの距離まで迫ってきている。
「誠也っくん!」
「いたっ」
相澤さんが駆け寄ってくる勢いのまま僕の背中を叩いた。
制服越しでもジンジンと背中が痛む。
「相澤さん。痛いんだけど」
「そりゃ、痛いぐらいに叩いてるからね」
しれっとした顔で答えた。
わざとかよ、タチ悪いな。
「他の人にもこんなことしてるの?」
友好的な暴力であることは分かっているが、嫌がらせだと受け取る人がいてもおかしくないと思って尋ねた。
友好的な暴力ってなんだよ。
「仲の良い男子だけだよ」
「女子にはやらないんだね」
男子なら無許可で叩いてもいい、というルールはない。
僕の言葉を聞いた相澤さんは何故か叱るように目つきを鋭くする。
「女の子をいたぶるのは良くないよ、誠也くん」
「僕が普段からいたぶってるみたいに言わないでよ」
話が聞こえていたらしい通りすがりの女子生徒が、関り合いなりたくないような目で僕を見ていった。
女の敵みたいな認識が広まっちゃうよ。
「心配ないよ。誠也くんが女の子をいたぶらないのは知ってるから」
「いたぶらないのが普通だから。冗談でも悪評を被るような話はやめようね」
「大丈夫。聞かれたのはさっきの女子一人ぐらいだろうから」
「一人でも嫌だよ」
噂話は感染症のように最初は一人からでも爆発的に広まっていく。
あはは、と相澤さんは頭の後ろに手をやって苦笑いする。
「誠也くんのツッコミが面白いからつい、ね。反応せざるを得ない冗談を言ってしまうんだよ」
「ツッコんでるつもりはないけどね」
おかしいと思ったことを指摘しているだけだ。
くだらない会話をしていると教室まで辿り着いていた。
相澤さんは教室に入るなり、仲の良い女子の方へ笑顔で歩み寄っていった。
いつもと変わらないメンバーが教室へ先に来ている。
今日もきっと平和な一日になることだろう。
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