第7話 王子の気持ち
「本当に王子様だ……」
絵美子はやってきた隣国の王子、アルフレッドをまじまじと見つめ、ため息を吐いた。
色白の肌にバラ色の頬、整った甘いマスク。
「青い瞳に、金髪ってか……あぁ……映画でも見てる気分だよ」
「エミリー殿、先程からなにを呟かれているのですか? でも安心しました。倒れられたと聞いた時は目の前が真っ暗になりましたよ」
アルフレッドは紳士的な笑みを満面に浮かべる。
同席している王も后も、その様を満足げに見つめていた。
「私、毒を飲んだんです。あなたと結婚するのが嫌で」
絵美子はにこりと笑って言ってみた。
さあ、どう出る?
「これはこれは、面白いご冗談を……」
しかし、アルフレッドの態度は余裕たっぷりだ。
ちっ。
「残念ながら、私は本気です。私は性格の悪い方は大嫌いなので、あなたとは結婚できません」
絵美子は絵美子で、引き下がらない選択をする。
が。
「私はあなたが大好きなので、なんの問題もありません。私は、必ずあなたを幸せにします」
アルフレッドは、まったく変わらない笑顔で言った。
ぐぬぬ……このぉ、よくも抜け抜けと……
「私の幸せは私が決めることです。あなたと一緒になることは、私の不幸の始まりなのです。あなたが私を幸せにするとおっしゃるなら、私のために婚約を破棄してください」
絵美子は笑顔を貼りつけたまま、淡々と言った。
二人のやり取りに顔色を失っているのは王と后だ。
「エミリー殿、あなたが抱く慣れない国に嫁入りするという不安は、私にもとてもよくわかります。しかし、そこで暮らしていればいずれ慣れるものですよ。それに、私もあなたの傍にいますから、どうぞ安心してください」
にっこりと、花ほころぶような笑みを浮かべるアルフレッド。
絵美子の神経がぷちりと小さく音をたてた。
「王子様、先程私はあなたが嫌いだと言いました。嫌いな人に傍にいられたら、あなたはイラッとしませんか? 私はしますけど?」
「エ、エミリー! いい加減にせんか!」
苛立ちをあらわにした王は叫び、一歩足を踏み出した。
ビシビシッ!
「ひぃっ、また!」
その瞬間亀裂が入る足元の床に、王は怯えたように足を引っ込めた。
絵美子は王を一瞥すると、すぐにアルフレッドに視線を戻す。
「あなた、さっき私のことが好きだと言いましたわね……では聞きますけど、いったい私のどこがお好きなのですか?」
絵美子からの問に、アルフレッドは少し真面目な
「それは……美しくて、才があって、おしとやかで……」
「あなたは昔、私へのプレゼントに虫を入れたり、わざとドレス破いたりしたのを覚えてますか?」
まあ、これは私が体験したわけじゃないけど……
「それは……その、かわいい人に少しいじわるしたくなる、幼児特有の行動です」
「あのね、それ私はものすごく嫌だったんですよ。許せないくらい嫌で、嫌でしかたなかったから、毒薬を飲んだんです。でなければ、喜んであなたのところに嫁入りしたでしょう」
アルフレッドは真顔になったかと思うと、頭を下げた。
「あなたに不快な思いをさせてしまったことはお詫びします。ですから、どうぞお許しください!」
おや? これは少し困った展開になったぞ。
「では……どうしても、私と結婚したいと?」
「はい、どうしてもです……お願いです」
「あっ、そう……じゃあさ、悪いけど一週間後にもう一度私に謝ってくれる? ちょっと今は判断できないから、ひとまず婚約は破棄しといて」
顔を上げた王子はキョトンとした
「私達の結婚の約束は、私の父とあなたのお父上であるこの国の国王陛下の間で交わされたもの。それを破る権限は私にはありません」
「はあ? なにそれ、あなたそんなんでいいわけ⁉」
思わず、絵美子は叫んでしまう。
「親の敷いたレールの上を、素直にホイホイ歩いてさ!」
「私は次期国王となる身です。現国王の意志には逆らえませんし、そうしたいとも思いません」
「なるほどね……うん、わかった。やっぱり一週間後だわ。姫さん自身が、どうしたいか……最悪、国外脱出だな」
絵美子は呟き、目を伏せた。
入れ違いに、本来の絵美子の生活を送っているだろうエミリー。
今頃どうしているだろうか。
掃除洗濯ご飯の支度に、パートの仕事。
よく考えてみると、絵美子が日常でやっていたことはたくさんあった。
「まあ、さすがにパートには行ってないと思うけど……子どもらとうまくやってるかな」
絵美子は、次元を超えた世界にいるエミリーに思いを馳せたのだった。
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