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「とっとと顔洗って仕事戻ってくんない? その姿見苦しいから。いい年してそんなんでよく生きてこれたね。身内や友達でいてほしくない人ぶっちぎり1位だ」


 女性社員が煽ると「マジそれな」とほかのスタッフ達も同調する。


「ひどいよー。ゆいちゃんは世界一可愛いもん! なんでみんな冷たいの?」 

「てか、なんで優しくしないといけないの? 逆に聞きたいんだけど。仕事真面目に覚えないわ、結果ろくに出してないわ、注意されたら被害者ムーブの人間に、無条件で優しくされると思ってるのって、烏滸がましい。みんなの足引っ張るだけの役立たずの存在。少年漫画に出てくる足でまといヒロインみたい。ネットで叩かれるタイプの。あ、現に叩かれてたんだっけ?」


「お、服部節がでたぞ」と男性社員達が煽る。

 30代半ばだろうか、長い髪でぐらいの一つくくりにした、細身で背の高い女性社員――服部はっとりつかさは、チャレンジ枠のリーダー格で結花の指導の担当の1人だ。結花に対して一番辛く当たる。


 ――他人を不愉快にさせる天才。


 服部は日頃から結花に対して目の敵にしている。そもそも彼女のようなタイプが嫌いだから、余計だった。

 服部にとって結花は、仕事は真面目にやんないわ、自分の立場を全く分かってない、目障りな存在だった。


 彼女のことは入社時から悪い意味で社内で有名だった。

 ビジネスマナーがなってなかったり、仕事に関係ないサイトを開いて遊んでいたり、注意したら泣き出す、男性社員やインターンにきた男子学生に過度なスキンシップするなど、勤務態度改善が見られないからと、度々人事部長がうちに相談に来ていた。

 丸山はこの調子だとうちにきてもおかしくないと言っていた。

 彼女の話は話半分で聞いていたが、いざうちにやってきたら、思った以上に面倒くさいやつだった。


 人事の人達の話は本当だった。


「ねぇ、そんなしゃべり方で無条件で優しくしてもらったり、ちやほやされると思ってる? もうそんな年じゃないでしょ? どーみてもまともじゃないわ。頭とか精神の病気じゃない? 犯罪者だし、いじめや炎上の前科あるんだし。不幸を願ってる人いっぱいいるんじゃない? 私もそうだけど」


 丸岡が「言い過ぎだからやめてください。ここにはそういう人もいて頑張ってるんですから。あなたが異動したのはそういうとこでしょ」と強い口調で窘める。


 服部は、浅沼工場に入社したときから優秀で、30代前半で企画部の主任に抜擢された。

 しかし同僚だろうが先輩だろうが、誰に対しても辛辣過ぎて、鬱や退職に何人も追い込んだ。

 2年前のゴールデンウィークに、1つ下の後輩が精神を病み自殺してしまった。

 後輩が生前残していた日記に、服部の指導で、ミスをすれば無視されたり、業務や会社の手続きで必要なことが連絡されなかったため、書類が出せなかったことが何回も続いたこと、休みを取りたくても取らせてくれなかったこと、帰宅しても服部の怒鳴り声が頭から離れなくって、不眠がずっと続いていたこと、医者に言ったら鬱になっていたことで診断書と一緒に残していた。


 自殺の1ヶ月前に企画部の部長が異動し、代わりにきた人が服部の評判を聞いた上で内々で調査していた矢先だった。

 生前の日記や同僚、後輩、かつて服部の下で働いていた人達からヒアリングしたのを元に、彼女は両親から訴えられた。

 服部は終始「出来ない癖に権利だけ一人前」「役に立たないのは事実だから言われても仕方ない」と一貫して、自殺に追い込んだことを認めなかった。

 結局服部と会社側は後輩の家族へ200万、それぞれ100万ずつ支払いを命じられた。

 服部は懲戒処分、退職させない代わりに、チャレンジ枠への異動になった。

 余談だが、服部の夫も同じ浅沼貿易の関係者で、チャレンジ枠の異動になった。

 彼女が異動したり懲戒にならなかったのが、夫が企画部の部長で、妻のパワハラをもみ消したり、黙認していたから。

 妻と一緒に結花がなにかすると煽ったり、からかったりしている。

 夫妻の間には2人の小学生の子供がいるが、夫の実家に引き取られて、月1回会いに行っている。


「丸岡さん黙ってくれる? こんな犯罪者の分際で、ここで、更生させようなんて図々しくないですか? 優しくしてもらおうとか思ってるのって、思い上がりにもほどがある。まぁ、仕事が出来ようが出来なかろうが、真面目にやろうがやんなくっても、この人に優しくする義理なんてないし。こんな女、されたらいいのに。こんな無能なんて生きてる価値ある? ないと思うよ? されたらいいんじゃない?」


 世の中には生きてはいけない人間がいる。この目の前にいるような女のように。

 周りの足引っ張るだけで、何も取り柄のない女。まして前科持ち。

 こんな人間を採用させた人事の目は節穴か?

 

「ねぇ、ここまで言われてどんな気持ち? あんたが今まで言ってきたことだよね? 悲劇のヒロインになろうなんておかしいよね? 因果応報だよ?」


 スキンヘッドの長身の眼鏡をかけた男性――服部の夫である久夫ひさおが結花をさらに追い詰める。

 

 結花は下にうつむいて唇を震わせる。

 なんでここまでいわれないといけないの?

 私があんたになにやったというの?

 因果応報という言葉が強く突き刺さる。

 

「あんたみたいな人、目障りだから死ねばいいのに。そしたら喜ぶ人沢山いるんじゃない? 少なくとも私は嬉しい。不慮の事故で。娘さんもこんな恥の塊みたいな親が居なくなったら、肩の荷がおりるでしょ? 人事部も大変だったよねー。こんな訳あり人間が来たんだから。ま、人事も節穴だからお似合いかな? てかこのまま向こうで自滅すりゃよかったのに。こんな奴押しつけやがって」

 服部の人事に対する不満に、まじそれなと他の同僚も同調しだす。結花を嘲笑しながら。


 人事部で甘やかしていた、オッチャンオバチャン達も、よそよそしくなった。

 最低限の挨拶はしてくれるが、結花と深く関わるとろくなことがないと言わんばかりに、そそくさと逃げる。

 休憩時間ですら、ここの人達は結花が話しかけても『あっそ』『だから何?』と冷たい返答か、無視してきる。まるで結花の話に聞く価値無しとすぐに話を切り揚げる。

 それが結花に対する因果応報をして。

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