11章
1
カーテン越しから「呉松さんいらっしゃいますか?」と男性の声が聞こえたので、良輔が「どうぞ」と入室を促した。
中に入ってきたのは、黒のスーツ姿で、長身ですらりとした少し赤みがかったパーマの男性。顔は西洋の人と間違えられそうな目鼻立ち。
手にはタブレットPCと呉松周子の名前が書かれたバインダーを抱えている。
「
良輔は立ち上がって結花に挨拶するように促す。
わー、俳優さんみたい! この人なに? 施設の偉い人? うーん、見た目は75点かな。
結婚指輪は……してなさそうね。
こんな顔のいい人、ワンチャン結婚できるかな?
「ね、大磐さんっていうの? 私、依田周子の娘の、依田結花です! ゆいちゃんって呼んでね! 年いくつ? 彼女いるの?」
「この子がうちの自慢の娘の結花よ。あら、お二人ならお似合いじゃない? たしか年は42だっけ、うちのゆいちゃん可愛いでしょー」
「お、お母さん、そっくりですね。周子さんも、若い頃可愛らしかったんでしょうね」
初対面でいきなりプライベートのことを聞かれたので、大磐は困惑した表情を見せる。
それが精一杯の返しだった。
「まぁ、お口がお上手ねぇ。今もよ。それより、うちのゆいちゃんどう? 今ねぇ、お相手がいないの。前の家族にいじめられちゃってね……ゆいちゃんは、とても優しくて、繊細な子なの。大磐さんならゆいちゃんにピッタリだと思うの」
手をポンと叩いてニコニコしながら、無邪気に語る周子。それに同調する結花。
母娘の妄想と言えばいいのか、傍で聞いている大磐はどうリアクションしたらいいかわからなかった。
なんなんだこの親子……娘2人いるとは聞いてたけど、末娘の話ならよく聞いている。
むしろ上の娘の方は全く話題に出ない。
息子から、上の娘に連絡するときは最期になってからにしてくれと釘をさされている。
普段の連絡はしないで欲しいということだ。
もっというと、上の娘の近況や連絡先も教えないでと。
何かしら昔、上の娘と母親で確執があったんだろうなと思っている。スタッフ達も深く突っ込まない。彼女から話題出さない。
ここの家族に限らず、施設に入ってから家族が面会に来ない所は少なくない。
身寄りのない人はともかく、家族いる人で、日用品購入や書類の手続きをお願いしても、施設で買ってくださいとか、そっちで適当にやって下さいとか、冷たく突き返されるのはまだいい方。
家族自体が金銭的にキツい所もある。
中には音信不通や着信拒否もある。酷い所は嘘の連絡先を教えて消息が途絶えたお家もあった。
よっぽど連絡したくなかったんだろうなと思いつつも、普段日用品購入しない家族に限って、あれこれ注文多かったり、家族と本人の癖の強い率高いはなんなんだろうか。
それに比べたら、呉松家は不定期だが、書類はきちんと出してくれるし、日用品も買い足してくれる。
ただ、積極的に行くんではなく、こっちが連絡してから来ることが多い。
面会の様子見てたら、いつも末娘の話しかしない。
確かに可愛いとはおもうが……。
「あの2人の話無視してください。絶対連絡先とか教えないで下さい」
見かねた良輔が大磐に耳打ちした。
連絡先ですかと首をかしげる。
「ええ。あと若い男性スタッフの方達も気をつけて下さい。うちの妹に目をつけられると後々面倒になりますので。スタッフの皆さんにも申し送りして欲しいぐらいです」
次々と出てくる注意事項に、大磐の顔が引きつる。
若い男性スタッフ? 面倒ごとになる?
利用者の家族の1人が要注意人物ってことか?
スタッフ達に申し送りして下さいと、直接お願いされるのはよっぽどなことだ。
確かに時々利用者の中には、入所時に異性又は同性にセクハラかますので、注意した方がいいと家族から申し出がある。
昔異性遊びでトラブル起こしたとか、家族にちょっかいかけたとか色々踏まえての発言である。
男性利用者だけの話だと思われがちだが、女性もちょいちょいいる。
しかし今の話だと、利用者だけでなくその娘も気をつけろという感じだ。
彼女も男性利用者にちょっかいかけてトラブルになってるってことは、その娘もそういう系で問題起こしてるか、過去にやっちゃったパターンか?
もし、うちの男性スタッフと変に親しくなって、揉めごとになるのは嫌だ。
うちの施設は、前々から知り合いならともかく、利用者個人またはその家族と個人的な連絡先を教えて、やりとりしないように決められている。
だから入所時も、極力スタッフ達の知り合いや身内とかち合わないように選定している。暗黙のルールとなっている
もしそうなったら、スタッフを他所の事業所やフロアに異動させる。
個人的な感情やお気持ちでケアに影響でるのを防止するためだ。
もし、うちのスタッフ達または自分が、彼女の娘と個人的な関係になって、依怙贔屓したり、陰で差別化したら……考えるだけで怖い。
彼女は暗に特別扱いを求めてるのか?
この息子が言いたいことは、なんとなく分かる気がする。
「分かりました。スタッフ達にそうお伝えしときます。それも兼ねてですね、今からご家族で面談したいのですが、お時間大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」
申し訳なさそうに頭を下げる良輔なんてお構いなしと言わんばかりに、結花と周子は大磐と結婚させたらどうかと話を勝手に進めようとしていた。
「ほら、結花。面談に付き合ってくれ」
「大磐ちゃんとお喋り出来るならいくー」
結花のどこまでも男性と話したがりな所に、良輔は手を額に当てて、大きなため息をついた。
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