第14話 浦島のトラウマ
「王城に、人型の海異が、出たって聞いたが、本当なのか……?」
午後五時にアーシムと巡回任務を交代した後はずっと地下水道を捜索していたロンボ。当然情報が届くはずもなく、地上に戻ってきたところで騒ぎを知ったらしい。
頷いて答える。
「うん、本当だよ」
「怪我人は? いや、まさか死者も出たのか?」
深刻な面持ちで憂慮する彼に、今度は首を横に振る。
「大丈夫、人的被害は無かったよ。その代わり、広間は悲惨なことになってるけどね」
それを聞いたロンボはほっと胸を撫で下ろす。
「そうか、なら良かった……。不幸中の幸いって奴だな。それで、人型の海異は?」
「もういないよ」
「逃げられたのか?」
「う〜ん。逃げたっていうより、立ち去ったって表現の方が正しいかな」
どういう意味だとロンボが首を傾ける。
確かにこれだけでは理解不能だろう。だが、この短時間で起きた怒涛の展開はそう簡単に説明できるものではない。
「話すと長くなりそうだから、この件については隊舎に戻ってからにしようか」
とりあえず海異の襲撃の話は一旦保留にして、隊舎までの移動中はロンボから地下水道の捜索結果について聞いていた。
彼曰く部下と手分けをして主要な水道はある程度確かめたそうだが、海異の潜伏先と思しき不審な箇所や怪しい物は見つからなかったとのこと。
となると相当分かりづらい場所にあるのか、あるいは僕の予想そのものが外れていてそもそも地下水道ではないのか。
いくら脅威が減ったとはいえ、人型の海異の拠点を放置する訳にはいかない。これからしばらくは騎士軍総動員で地下水道を調べるとしよう。
明日以降の巡回任務の方向性が決まったところで、ちょうど隊舎に辿り着いた。
アーシムはロンボを自室に招き入れると、自分はベッドに腰掛け、ロンボを椅子に座らせた。
「なあアーシム。俺は別に構わないけど、話をするだけなら食堂とかでも良かったんじゃないのか?」
「まあそうなんだけど、一応念のためね」
女王と海異との間で交わされた契約についてはまだ騎士軍全体には共有されていないので、誰かの耳に入って情報が一人歩きしてしまうと混乱を起こす可能性がある。だから人の出入りがある場所は避けるべきだと判断し、ここで話すことにした。
「それで、一部始終なんだけど……」
僕は海異が現れた時のことから時系列順に説明していこうとして、ふと口を閉じた。
あれ、おかしいな?
それほど時間も経っていないのに、なぜか記憶が曖昧で。正確な状況が脳裏に描けない。
どうして覚えていないんだろう。きっと何か理由があるはずだけど……。
顎に右手を当て、しばし考える。
「あ…………」
そこで、思い出した。思い出してしまった。
そうだ。僕はあの時、ナギサを守ってあげられなくて。また同じ過ちを繰り返しそうになって。
「あ、あっ、あああぁぁ〜っ!」
「おい、どうした? 大丈夫か?」
辛い苦しい記憶が蘇り、目を見開き、両手で頭を抱え、悲鳴を上げるアーシム。
すぐさまロンボが駆け寄り、アーシムの身体を優しく抱き寄せる。
「僕は、僕はまた……!」
「大丈夫、大丈夫だ。今回は誰も失ってない。そうだろ?」
「違う、違うんだ……」
「違うって?」
「僕は、ナギサを」
その名前を聞いて、何があったのか察したのだろう。それ以上言わなくていいと、ロンボはより強くアーシムを抱きしめる。
「ちゃんとお前は強くなってる。もう過去のお前とは違う。だからその人は助かったんじゃないのか?」
「僕の力じゃない」
「だとしても、お前がいなかったら助かってなかったかもしれない」
「…………」
そんなことはない。僕はただ、少し異を唱えただけで武器を手に取りはしなかった。彼女が助けを求めている時に、戦おうとすらしなかった。
きっと僕がいなくても、あの場にはオト女王がいて。フロリダだって近くに潜んでいて。だから二人が何とかしてくれただろう。
僕は結局、あの日から。強くなんか、なってないんだ。
ロンボが慰めてくれているのは分かる。けれど今のアーシムにとって彼の言葉は逆効果で、心に響くことは無かった。
アーシムが落ち着くまで、ロンボはずっと隣に寄り添ってくれた。何を言うでもなく、ただ静かに横にいるだけ。
だけど触れ合う肩から彼の体温が伝わってきて、それで少し心を落ち着けることができた。
「そろそろ大丈夫そうだな。で、まだ肝心の人型の海異の話を聞いてないんだけど?」
「ごめん、そうだったね」
それから僕は、中断したままになっていた海異フロリダの話を記憶にあるところから再び始めた。オトがフロリダと一対一で戦い勝利したこと、その後行われた交渉の様子とその内容。
ロンボは女王の無謀な行動や海異の意外な寛容さに、驚きを通り越して最早呆れているようだった。
「とりあえず、そんな感じで話がまとまって。フロリダは普通に帰っていったけど、王都内の住み処に戻ったのか外海に出たのかは分からない」
一通りの説明を終えると、唖然としていたロンボは腕を組んで唸った。難しい顔をして、ぶつぶつと独りごちる。
「うーん、なるほどなぁ。となると、人型の海異については放置ってことになるのか? どう部下を納得させるかな……。しかもこれ、国民に知れたら大騒ぎになるだろうし情報統制もしないとだよな? こりゃ大変そうだ……」
王都警衛隊大佐として、色々なことに頭を悩ませるロンボ。
「ねっ、部屋で話して正解だったでしょ?」
食堂ではなく、わざわざ自室で話すことにした理由。
アーシムの問いに、彼は深く頷いた。
「ああ。これは対応を一歩間違えると王政が崩壊するぞ……」
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