第25話 過去はさえずる

「おや、みんな揃ってどこへ行く気だい?」


 いつもは村長宅の道具屋にいるマーサさんが、旅商人のマークさんに駆け寄ってくる。周囲を見ると、セリナさんとゼペック、それにゲイルまでも一緒だ。みんな手に手にバスケットやカバンを持ってきている事から、宿に泊まるマークさんと取引しに来たのだと分かる。

 旅商人はこの村に不足する物を売り、村で作った作物や酒を買い取って商売をしているからだ。


「これから村の門で、召喚者さんと私の用心棒が試合をするんですよ。皆さんとの取引はその後という事でお願いします」


 軽く頭を下げるマークさんの前で マーサさんは頬に手を当てて彼の用心棒を見回す。

 恐らくは20代後半、筋肉質で体格が良く、短髪の戦士風の男ガフト。そしてその横に、同じく20代後半で戦士風のスラッとした体形のやや長髪の男。後ろに控えている魔術師風の30代前半と見られる男。

 彼等の姿を一通り見渡したマーサさんは、マークさんの方へと視線を戻す。


「やめといた方がいいと思うけどね。この人達、本当に強いんだから。

 こないだもゴブリン達の巣を一日もかからずに……」


 マーサさんの話をマークさんが手をかざして遮る。


「ええ、そのお話は既に旦那さんから伺っています。

 しかし、べべ王さんの提案通り彼等を街までの道中で雇うとなると、その実力をこの目で確かめておかねばなりません。

 幸いにも、このガフトが彼等との試合を申し出てくれましたので、その結果を見て彼等を雇うかどうかを決めようと思います」


「まぁ、そういう事なら仕方ないかね」


 マーサさんも無理に止める気はないらしく、あっさりと引き下がる。気の毒なのは、言い出しっぺでありながら、すでに怯え初めているガフトだろう。


「そういう事なら、私達も見に行くとしようか」


 バンカーさんまでララさんとメルルちゃんを連れて、宿の方から歩いて来た。話し合いの途中で突然俺達が宿から出ていったので、きっと驚いて様子を見に来たのだろう。

 こうして俺達は、村のみんなを引き連れ、ぞろぞろと門へと向かう行軍を開始した。



         *      *      *



「おい! なんで皆でここに来てんだよ!?

 せっかくマークさんが来たのに、何も買わずにお帰りかよ? 買いだめしておかなくて大丈夫なのか!?」


 俺達が到着すると、クリスと一緒に門番をしていたダニーが驚きの声を上げた。


「イザネとマークさんの用心棒が、試合をする事になったんだよダニー」


 俺はそう返事をしながらも、ダニー達の姿に違和感を覚える。

 二人の姿をよく見てみると、ダニーとクリスが腰から下げている剣が見慣れた無骨な物からスマートな新しい物へと変わっていた。


「その剣は新しく作って貰ったやつかい?」


「ええそうよ。ジョーダンさんありがとう」


 村人達の中から段を見つけてクリスが、軽く頭を下げる。


「俺様よりゼベックに礼を言いなよ。

 俺様がゴブリンの洞窟に通っている最中も、ずっと一人でがんばって剣を打っていたんだからよ」


「いいのよ父さんは。

 お礼なんて言っても聞いてないし、お酒さえ多めに出せば大喜びなんだから」


 段の言葉に、クリスは少しむくれて返す。


「ガッハッハッハッハ! 言われてるぜゼベック」


「うっせぇな!」


 ゼベックが段の脇腹を肘で突く。


「おお、痛てえ!」


 大袈裟に痛がってみせる段の脇から、マークさんが足早にクリスの前へ歩み寄った。


「すまないが、ちょっとその剣を見せてもらえないかクリス」


「あ、はい。いいですよマークさん。」


 クリスから剣を受け取ったマークさんは、鞘から抜いて刃をまじまじと見つめた。


「随分と腕を上げたじゃないか、ゼベック。少し軽すぎるのが気になるが、この剣なら高値で買い取れるよ」


 剣を一通り眺めたマークさんは興奮を収めるように一息ついてから、そう感想を述べた。


「そいつはジョーダンに教えて貰った、ルルタニアとかいう所の技術を取り入れて作った代物だ。

 軽いのはクリスが扱いやすいようにするためだし、剣に重さがなくても十分な威力を発揮できるように工夫も加えてある」


「なるほど、彼等を雇う理由が一つ増えたよ」


 ゼペックの言葉に耳を傾けていたマークさんは、段の方を一瞬見てからクリスに剣を返した。


「本当にお前が相手でいいのか? 俺はあの大男の相手をさせられるものとばかり……」


 いつも稽古に使っている空き地の方を見ると、既にイザネとガフトが木剣を握って向かい合っていた。ガフトの身長は185くらいだろうか、小柄なイザネと並ぶと30cm以上の身長差があり、大人と子供の試合であるかのようにすら錯覚させる。


「最初から俺が相手をするって言ってなかったっけ? だいたい東風に試合をさせるにも、あいつのサイズに合った木剣なんて用意してないぞ」


「そ、そうか、助か……いや、残念だが仕方がないな。

 さあ、どっからでもかかってこいっ!」


 動揺し過ぎていたせいか、ガフトが台詞を噛んだのを聞いて俺は思わず吹き出しそうになる。


「がんばれイザ姐ー!!」


 ダニーが声を張り上げると、村のみんなもそれに続く。


「がんばってねイザネちゃーん!」


「かんばってー!」


「やれー! ぶっ殺せー!」


 あの物騒な声の主は恐らくゼベックだ。


「じゃ、はじめよっか」


 なにげなくそう言うと、イザネは不用心にガフトに向かって歩を進める。


カンッ


(あ、終わったな。)


 ガフトの振り下ろした木剣をイザネが木剣で止めた瞬間に、俺はそう確信した。

 イザネはガフトの木剣を絡めるように、くるりと自分の木剣の先を回す。力を逸らされたガフトの木剣は大きく右方向に傾き、それを支えるガフトの両手首も捻じれる。同時にイザネの左手はガフトの手首を押さえ、身体ごと回転しながらガフトの両腕を左わきに挟むようにしながら力を加える。


「うぉ?」


 ガフトの身体は斜めに傾き、その勢いで両足が宙を舞い、背中かから地面に落ちる。後はイザネが掴んだ手首を捻じってガフトをうつ伏せに抑え込んで勝負ありだ。


「痛ててててっ! 腕が! 腕が折れる!」


「大袈裟だなぁ、変に力を入れるから余計に痛みが増すんだぜ」


 ガフトの仲間が慌てて駆け寄る前に、イザネはガフトから手を離していた。村人達からの歓声に出迎えられながらイザネはこちらへと引き上げて来る。


「おい、大丈夫かガーフ?」


 怪我の具合を確認しようと、腕を押さえたガフトのもとに仲間の剣士が駆け寄る。だが、当のガフトはすぐに起き上がると、キツネにつままれたような顔をして肩をくるくると回していた。


「まだ少し痛みはあるが、大丈夫みたいだ。とんだ赤っ恥をかいちまったぜ、すまねぇ」


 イザネの事だから、腕を痛めるような真似もしていないだろう。

 試合の内容に驚いた様子で暫く顎に手を当てたまま固まっていたマークさんが、べべ王に歩み寄る。


「いや、見事な腕前ですな。

 これならば、私が雇った用心棒の倍の賃金であなた方を雇う事といたしましょう」


 だが、べべ王がマークさんの提案に頷き、返事をしようと口を開こうとしたその時、空き地の中央から大声が響いてきた。


「僕の名はキース!

 このイラリアスで冒険者をしている剣士だ! イザネさん、僕とも立ち会ってはくれまいか?!」


 声をした方を見ると、先ほどガフトに駆け寄った剣士が木剣を握って立っていた。彼の切れ長の目は一直線にイザネへと向けられている。


「その必要はないよキース。

 彼等の腕はガフトとの試合でもうわかった。これ以上は……」


 マークさんはキースを止めようとするが、キースはそれに耳を傾ける様子はない。


「いえ、そうではないのですマークさん。信じられない事に彼女の腕前は、あの若さにして既に達人の域なんです!

 ですから剣士として僕も彼女の腕を確かめてみたいのです!」


 キースの真剣な眼差しはイザネを捕らえたまま逃さないが、一方イザネは彼にまるで興味がない様子で腕を組んだまま何か考えているそぶりだ。


「なぁ、俺の弟子のカイルが相手でもいいか?」


(はぁ?)


 俺は驚いてイザネに食ってかかる。


「なんで俺なんだよ! 挑戦されてんのはお前だろ!?」


「だってよー、どうせ対戦するなら同じ程度の強さの奴が相手の方がいいだろ。さっきやってみた感じだと、あいつ等の強さってお前と同じくらいだぞ。

 カイルにとっても他流試合のいい機会じゃねーか」


 イザネの言葉を聞いたキースの鋭い眼差しは、既に俺へと向けられている。


「君はカイル君だったか、ファイターには見えないが?」


「俺はマジックアーチャーですよ。イザネに武術を習ってはいますけど」


「わかった、彼と勝負しよう。

 でも、もし僕が勝つことができたのなら、改めてアナタとの試合をお願いしたいのだが」


 俺の言葉にキースは少し視線を外して迷うそぶりをみせたが、すぐにイザネにそう問い返した。


「ああ、構わないぜ」


 イザネとキースの間で話はついた。俺はまだ同意していない筈だが、それを彼等が気にしている様子もない。


(ま、いっか)


 先日のレッドキャップとの戦いで、俺はそれなりの手ごたえを感じていた。それをあのファイタークラスの冒険者で確かめてみるのも悪くない。


「うわっ!」


 突然、後ろからイザネに肩をギュッと掴まれて、俺は思わず悲鳴を上げていた。


「なにしてんだよ?」


「固くなってないか確認したんだよ」


「え?」


 イザネが何を言っているのか、俺にはサッパリ分からない。


「自覚してなかったのか? おまえ、試合の前になるといっつも体が固くなってたんだよ。だから、念のため確認してみたのさ」


「じゃあ、もしかして俺が最近調子よかったのって?」


「そうさ、その悪い癖が徐々に抜けて来て、本来の力を出せるようになったからだよ」


(俺が強くなれたのは、単に槍術の腕が上がっただけじゃなかったのか……)


「ほら、とっとと行って来いよ」


 そのままイザネに肩を押された俺はつんのめるように空き地に向かい、いつも稽古に使っている丸い棒を拾い上げた。イザネはこれを”棍(こん)”と呼んでいる。


「俺の武器は両刃の短槍なんで、これ使いますよ」


 両刃の短槍と表現したのは、両端に刃の付いた魔導弓の事なのだが、わざわざ細かい説明をする必要もないだろう。


「へえ、そんな得物を使う相手と戦うのは初めてだ。君の戦い方に興味が出てきたよ」


 キースは静かに木剣を構える。イザネは同じくらいの強さだと言っていたが、正直なところ俺にはキースの方が数段格上に見えた。

 俺は弱気に揺れる心を悟られないよう、呼吸を落ち着かせながら棍を構える。


「誰か! 開始の合図を頼む!!」


 キースが叫ぶとザワつく村人達の中からブライ村長が前に進み出て、片手を高く晴れた空へ向かって伸ばした。


「二人とも準備はいいか?」


 俺とキースが、村長に黙って頷いた。


「はじめぇっ!」


 村長が腕を降ろすと共に村のみんなから歓声が上がる。


「やれぇ!」


「カイルがんばれー!」


「俺様達に恥かかせんなよカイル!」


 特に段の応援が俺の背中をしきりに押したが、俺は”待ち”の構えをとったままそれを崩さない。

 俺のクラスはマジックアーチャー、本来近接戦をするクラスではない。よってイザネが俺に教えたのは、自分から攻める技術ではなく己を守り通す技術。わざわざこちらから攻めて不利な勝負を挑む必要はないし、こちらから攻めずとも開始の合図と共に既にキースが懐に飛び込んできている。


ブンッ!


 勢いよくキースの木剣が袈裟懸けに振り下ろされる。訓練された無駄のない動き、けれど今の俺に捉えられないほど鋭い剣筋ではない。


(これなら、レッドキャップを相手にした時と同じ要領でいける!)


カンッ


 円を描くように棍を回して、木剣をその回転に巻き込んで弾き、態勢を崩したキースにカウンターの突きをを放つ。


ブンッ


 が、俺の棍は空を切った。


(くそっ! かわされるとこまでレッドキャップの時と同じかよ!)


 既に俺の全神経はキースにのみに集中し、いつの間にか村のみんなの声すら耳に届かなくなっていた。


(大丈夫、焦らなければチャンスはまだある)


 俺は仕切り直すため剣の間合いから槍の間合いに逃れようとしたが、その動きに合わせるようにキースの上半身がフッと沈み込む。


(っ!! 仕掛けが早い!)


 俺はキースの攻撃に備えてとっさに身構えるが……、来ない。


(フェイント……)


 踏み込むと見せかけたキースの上半身の動き……、それに戸惑った一瞬の隙を縫って木剣が俺に迫っていた。


「うぉっ!」


 木剣が俺の耳元でブンッと空を切る。が、すんでのところで身を躱せた幸運に安堵する暇など俺にはない。


カッ……


 続けて横に払われたキースの木剣をかろうじて棍ではじき、ようやく俺は槍の間合いへと逃れられた。


(フェイントだ!)


 休む間もなく再びキースの上半身が揺れる。俺はそれがフェイントである事を半ば勘付きつつも、そのまやかしの動きに合わせるように無意識に動いていた。結果、俺はまたもタイミングを外されてしまう。


カンッ! カンッ! カカッ! カンッ!


(フェイント・本物・本物・フェイント……)


 気付くと俺は、フェイントかどうかを頭では完全に見抜く事ができるようになっていた。しかし、頭とは裏腹に俺の体はその動きを無視できず、咄嗟に反応してしまう。しかも、本物の攻撃だと見抜けた時まで陽動の可能性を捨てきれず、思い切って的を絞った動きができないのだ。


(どうして……)


 気付くと俺は、キースの攻撃に怯え委縮をしていた。フェイントにも本筋の攻撃にも手が出ず、縮こまりひたすら身を守る。

 だがなぜだろう、俺はこれと同じ事をかつて経験した事がある。そして俺は何を恐れて、こんなに縮こまっているのだろう。ゴブリンに毒の刃で傷つけられて死を覚悟した時だって、縮こまらずに前に出る事だけはできた筈なのに。


(なのに、なぜ動けない?!)


 こんな勝負に負けても命を失う訳ではない。ただの試合だ。元々ファイタークラスでない俺が負けたところで、プライドすら傷つかない。その程度の試合で俺は何を恐れて縮こまっているのだろう?!


「ぐああああぁぁっ!」


 俺はキースを振り払うように、棍で足元を横に薙ぐ。

 こんな大雑把な動きはイザネに習ってはいない。我ながら不用意な攻撃だったが、その隙をキースは攻めてこなかった。恐らく突然攻勢に転じた俺に驚いたのだろう。

 そして俺は全てを思い出した、なぜ俺がキースの攻撃をここまで恐れているのか、その原因を。


(まるであの時と同じ感覚だ……。

 あの時の事が、俺の中でいつの間にか蘇って、俺を委縮させているのかっ!?)



         *      *      *



 冒険者ギルドの訓練所時代、俺は孤独だった。

 俺はそれまで喧嘩をした事すらなく、そこで木剣を握ったのすら初めてだったのに対し、俺と同期で剣を習っていた連中は、喧嘩にあけくれていた腕っぷしに自信のある者ばかりだったのだ。そしてそんな環境で俺が浮いてしまうのは必然の事だった。

 俺は周囲の者に追い付こうと必死に剣を習ったが、その努力を嘲笑うかのように彼等が俺を木剣で叩きのめしてナジるのは日常だったし、それをいつまで経っても辞めようとはしなかった。

 悔しい……だがどうにもならなかった。俺は常に感情を殺してその苦悩を和らげるようとしたが、塞ぎ込めば塞ぎ込んだだけ奴等が増長するだけだった。

 いつの頃からか、俺は訓練場で試合が始まる前から、ただ”試合”と聞いただけで奴等に委縮していた。実際に試合をしても縮こまるばかりで、身を守るのがやっとだった。


 今でも覚えている……


「おまえなんかと一緒にするんじゃねーよ!」


 次は俺の番なのに木剣を奪い取り、試合に出させようとしなかった一人の訓練生の言葉だ。


 なぜ俺はあの時あいつに殴りかからなかったのだろう。

 なぜ俺は黙ってあの時引き下がってしまったのだろう。

 なぜ周囲を気にして俺は、俺自身を押し殺してしまったのだろう。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16818023213941886224


 今でも後悔している。

 あの時、俺は奴に殴りかかるべきだったのだ! 例え負けたとしても、周囲全てを敵に回したとしても、失う物はそちらの方が圧倒的に少なかったに違いないのだから。


 俺が自身の剣の才能に見切りをつけて、ギルドの剣術訓練所を後にしたのは、それから間もなくの事だった。魔法の才能がなかったのなら、俺は冒険者になる道すらあのまま失っていただろう。



         *      *      *



 俺は怒りを込めて、目の前のキースを睨み付ける。


(あの時のように縮こまってたまるか!

 あの時のように引き下がってたまるか!

 今度は引かない! 今度こそ、ぶちのめす!)


 その時の俺は、怒りで恐怖を押さえつけようとしていた。記憶の中をまさぐり、屈辱を、悔しさを、憎しみを掘り起こし、それに身をゆだねる事で力を得ようと……そうするしか力を得る方法はないのだと思い込んでいた。


「……んばれー! カイルーー!」


(クリスの声?)


 その時だった、俺の耳にさっきまで聞こえていなかった村のみんなの声が届き始めたのは。


「相手はびびってんぞ! 行け! 逆転だカイル!」


「カイルー! あんたならやれるよー!」


「冷静になれよ! カイルーー!」


 そうだ、気付くと俺は皆の声に囲まれていた。


(あの時とは違う……)


 大勢の観戦者に囲まれて試合をして、そして追い詰められている……その状況はあの時と変わらない。だから俺は過去の記憶を呼び起こし、この場にそれを投影する事であの時の恐怖を思い出し、ひたすらに委縮していたのだ。今思い出す必要のないトラウマの記憶と俺は無自覚に繋がってしまい、自滅しようとしていたに過ぎなかった。

 けれど、似てはいても、今の状況はあの時とはまるで違う。あの時と違い、周囲に俺の敵もいなければ、俺を否定する者もいない。それどころか逆に俺の背を押してくれる人ばかりなのだ。

 よく見れば、キースの方こそアウェイ状態でやりにくそうにしているじゃないか! しかも、先ほどまでの猛攻を全て防がれた事で、息まであがって肩が激しく上下いるのも分かる。


ふーーっ


 俺は息を吐きながら背を正し、棍を構えなおす。

 恐怖の正体が分かってしまうと、それは俺の中から自然と消えていった。俺はゆっくりとキースとの間合いを詰める。


フッ


 キースが息を吐くと共に、その上半身が揺らぐ。


(フェイントだな)


 キースの疲れが出たせいか、それとも俺がその動きに慣れたせいなのか、先ほどに比べてそれは恐ろしく雑なものに見えた。俺はその動きを観察し、キースの本命の一撃へと狙いを定める。


カーンッ


 俺の棍にキースの木剣が弾かれて、再びキースがバランスを崩す。俺はその隙を逃さず突きを放つか、これもまたキースに紙一重でかわされていた。


(さっきと同じかよっ!)


 けれど、同じ展開だからこそ俺はそれを予測して追撃の態勢に入っていたし、突きを躱したキースはまだ姿勢を崩したままだった。


「ゼァッ!」


 俺は二発目の突きをキースの上半身に向けて放つ。


(今度こそ、当たる!)


 が、キースの身体は俺の予測に反して下に沈んでいた。


ドウッ


 見れば、俺の棍を避けて後ろに退がろうとしたキースが、地面の凹みに足をとられて転んでいた。


(……)


 俺は棍を下ろして後ろに退がり、キースが起き上がるのを待つ。


ヒュー


「いいぞー!カイルー!」


「男らしい真似するじゃねぇか」


 誰かが口笛を鳴らし、俺の行動を称賛する声も上がる。しかし、これは俺自身のためにやった事だった。


(もう沢山だ……)


 装備のおかげで勝ったとか、ラッキーで勝ったとか、そんな勝利はうんざりだった。

 俺が欲していたのは、冒険者としての自分を誇れる勝利、冒険者としての俺を肯定できる勝利だった。


『おまえなんかと一緒にするんじゃねーよ!』


 未だに思い出すたび、怒りに身震いするギルド訓練生時代のあの言葉。


『まともに喧嘩すらした事のない奴が、ちょっとばかり魔法の才能があったからといって冒険者になれるとでも思っているのか?!

 だいたいおまえにどんな冒険ができるというのだ?! なにかあればすぐに楽な道に逃れようとするお前が、これまでどんな挑戦をしてきた?!』


 未だに許す事のできない親父の言葉。


 五分の条件で戦えるこの試合に勝って、忌まわしい過去の記憶を吹き飛ばしたい。俺はそんな衝動に駆られていた。


「いいのかい、折角のチャンスだったのに?」


 ゆっくりと起き上がりながら、キースが俺に問いかけてきた。


「実戦だったら逃しませんけど、試合ですから」


「守ってばっかでセコイ奴だと思っていたが、意外といい根性してるじゃねーか!

 見直したぜ!」


 ガフトがキースの後ろから大声を上げている。


(セコくて悪かったな!)


 俺は心の中でガフトに毒づきながら棍を構えなおし、キースも木剣を正面に構える。


「さ、ラウンド2だ」


 俺がそのキースの声に頷くのと、キースが前に飛び出すのは、ほぼ同時の事だった。


(フェイントじゃない! 力で押し込みに来た!)


 が、易々と力でこじ開けられる程、俺がイザネから学んだ技術は甘くない。


カンッ


 木剣の突きを俺は棍で横に払い、下からすくい上げるような軌道でキースを狙う。これはまだキースに試していない動きだ。


カッ


 力負けしてしまったのか、それとも技が半端だったのか、俺はキースの一撃を逸らす事には成功していたもののキースの姿勢を崩す事には失敗していた。そしてそれが、下から振り上げた棍に対応する時間をキースに与える結果へと繋がってしまう。

 俺の棍は、その上昇途中で木剣によって行く手を阻まれていた。


(まずい! 防がれた!)


 下からすくい上げるような棍の軌道は最短の距離を描く動きではなく、死角を狙ったものだ。故に、もし事前に見切られていたのなら、こちらが不利を背負ってしまう。

 案の定、棍を木剣で上から押さえつけられた俺は、身動きが取れなくなっていた。初撃でキースの体幹を崩せなかった時点で、この技は既に死んでいたのだ。


(!!)


 不意に棍を伝わって来る木剣の重さが消え、俺は前につんのめる。


(しまった! 体(たい)を崩され……)


 気付いた時には遅かった。キースの木剣は優しく俺の肩に押し付けられていた。

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