第20話 狼

※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330666877504622



「はぁっ!」


 村の門の傍らで、クリスの木剣が勢いよく棒に藁を巻いて作った的を突く。


カカンッ!


 クリスは長い髪をたなびかせながら続けて二段目の突きを放ち、木剣を突き立てられた木の的が勢いよくしなって揺れた。


「今のどう、イザ姐?」


「40点くらいかなー」


 近くで腕を組んでクリスを監督していたイザネが、苦笑いしながら応える。


「えー、厳しいよー」


 イザネは頬をふくらませるクリスから木剣を受け取ると、的から少し離れた位置に立つ。


「いいか、まず相手との距離によって踏み込みを変えなきゃ駄目だ。

 相手が近い、あるいはこっちに向かって距離を詰めて来るようなら、後ろ足を引き寄せずその場で突きを放ってもいいくらいだ。

 さっきのクリスみたいに、敵との距離を考えず思いっきり踏み込むと……」


 イザネは一足飛びで木の的の目の前まで距離を詰めてみせる。


「相手との距離が詰まり過ぎて突きを放つ間合いまで潰れ、無理に突いても威力が殺されちまう。だからさっきは一段目の突きが、見かけ倒しになってしまったんだ。

 実戦では、相手も自分も動いている中で距離を測り、動きを読んで突きを放たないと駄目なんだぜ」


「難し過ぎるよそれー!」


 イザネは悲鳴をあげるクリスに木剣を返すと、丸盾を持って構える。


「難しいから稽古して体得するんだろ。俺が的になるからやってみなよ。

 まずは、俺が前に踏み込むから、その動きに合わせてカウンターになるように突きを放つんだ」


「なぁイザ姐、俺にもそういう派手でかっこいい技を教えてくれよー」


 二人の後ろで素振りをしていた、ツンツン頭のダニーが文句を垂れた。


「派手でかっこいいって”疾風二段突き”の事か?」


 イザネが片眉を上げてダニーを見やる。


「そうだよ、技名までかっこいいじゃん」


 ダニーは素振りを中断し、木剣を地面に突いてイザネの方に向き直った。彼が派手好みなのは、その目立つ髪型からも容易に想像がつく。


「なぁ、カイルにはクリスの技がどう見える?」


 不意にイザネが、ダニーとクリスに代わって村の門番をしていた俺に話をふる。俺は村の門にもたれながら、イザネ達の方に半身を向けた。


「確かにダニーの言うようにカッコいい技だけどさ、イザネらしくないんじゃない?

 どちらかっていうとイザネの教えてくれるのは守って勝つ戦い方だし、こちらから隙を作るのを嫌うじゃないか。

 なんでクリスには、一撃離脱で一気に勝負を決めるような戦方を教えてるんだい?」


「流石にカイルは、ダニーの答えよりかはマシかな」


「なんだよイザ姐、俺達を試したのかよ」


 地面に突いた木剣の上に両手と顎を乗せて、ダニーが口を尖らせた。イザネは、そんなダニーに一瞬からかうような笑顔を向けてから口を開く。


「カイルの場合、本職はマジックアーチャーなんだし、攻撃は魔法に頼った方が確かだろ。

 槍状の弓を振るうのも、ショートソードで戦うのも、あくまで敵に接近を許した際の緊急防衛手段に過ぎない。だから護身の技を教えているんだ」


「ああ、なるほどね」


 イザネの言うとおり敵に接近されたとしても、隙を突いて距離をとり、マジックアローを放つ方が俺としてはやりやすい。

 それに一人で戦うのならともかくパーティで行動しているのなら、前衛メンバーからのフォローが入るまで敵の攻撃を凌げれば、マジックアーチャーとしては十分なのだ。


「でもクリスの場合は前衛ジョブなのに力もリーチも足りないから、ちょっと特殊なんだ。

 クリスが守る戦いをした場合、軽装の敵ならともかく鎧を着た敵や防御力の高いモンスターが相手だと致命打を与えるのが難しい。

 後衛ジョブなら一時的に凌ぐだけで問題ないが、前衛ジョブなら凌ぐだけでどうにかなるってものじゃない」


「だから一撃離脱戦法なのか?」


 ダニーは先ほどとはうって変わり、キラキラと尊敬の眼差しをイザネに向けている。


「ダニーはさっき、”疾風二段突き”が派手に見えるって言ったろ。派手に見えるって事は、それだけ動きが大きいって事だ。一撃離脱戦法だとフットワークを使うからな。

 しかしそうなると、動きが激しい分だけスタミナも多く消費する事になるんだが、そんなクリスを戦いの場でフォローするのは誰の役目だと思う?」


 イザネがダニーに向かって問いかける。


「そりゃ、イザ姐がなんとか……ってぇ」


 ダニーが答え終わる前に、その頭をイザネが軽く小突く。


「バーカ、クリスの相棒はお前だろ。お前がクリスをフォローするんだよ。

 ダニーなら力があるから無理に一撃離脱戦法をとる必要もないし、クリスを庇いながら守って戦う事だってできるだろ。

 いくらかっこいいからってお前まで一撃離脱戦法してたら、クリスを守る奴がいなくなるじゃねーか」


「え、ダニーに庇ってもらうの、あたしが……」


「お前も照れてんじゃねーよ。

 パーティを組むってのはそういう事だろ」


 照れるクリスに向かって、頭の後ろで手を組んだイザネが呆れたように言い放つ。

 どうやらイザネは、本気で二人を一人前のファイタークラスとして育てようとしているようだ。


(しかし、イザネがそのつもりなら……)


「なぁイザネ、ダニー達をクランに誘わないのか?

 クランに入るのなら、俺のような装備を二人に渡す事だってできるんだろ?」


「ああ、それな。誘ってみたんだけど断られたよ」


「え、なんで?」


 驚いて振り向くと、ダニー達と丁度目が合った。


「だって、そのクランっていうのは冒険者じゃないと入れないんでしょう?

 ”冒険者になる”なんて言ったら、母さん泣いちゃうわよ」


「俺だって、そんな事を言ったら親父と喧嘩になると思うぜ」


(ああ、そういえば……)


 二人の言葉に、俺も身に覚えがあった。


「俺も冒険者になるって言ったら、親と喧嘩になったっけ」


 そしてその結果、俺は家出同然の形で飛び出す結果になったのだ。


「なんだよ、カイルのとこまで一緒なのかよ……。どうして、この世界の冒険者ってのはこんなに評判が悪いんだ、まったく」


 イザネが嘆きながら、頭をかく。


「クランに入らない以上、クランの素材を使った武器を渡す事はできないが、今ゼペックとジョーダンが二人に合う新しい剣を作ってる。それで我慢してくれ」


 もし俺が貰ったような規格外の武器を、誰彼構わず渡してたら収集がつかなくなる。クラン員以外には渡せないというのも、二人にとっては残念だがもっともな話だった。


「我慢だなんて、あたし達のために剣を作ってくれるのにそんな事思う訳ないじゃない。

 イザ姐には本当に感謝してるんだから」


「クリスの言うとおりだ。俺もイザ姐のおかげで随分強くなれた実感があるぜ」


 イザネは、さっきよりも更に困ったような顔をして、もう一度二人を見る。


「今のダニーくらいの腕前で強くなったと言われても、不安になるだけだぜ。

 生兵法は大怪我の基って言うしな」


「ひっでーなイザ姐」


 ダニーが少しむくれる。


(ほんとにイザネは一切妥協しねーよなぁ、武術に関しては)


 イザネはまだまだ不満のようだけれど、俺の目から見ればダニーとクリスの成長はめざましいものだ。初めて会った時は素人丸出しだった二人が、半月足らずの期間でメキメキと腕を上げている。


「でも、二人とも駆け出しの冒険者と比べても引けを取らないくらいに強くなってるぜ」


 実際ギルドで毎日訓練をうけていた頃の俺と比較しても、二人の上達速度は桁外れだ。今の二人とあの頃の俺が戦ったら、負けるのは確実に俺の方だろう。そもそも、あの訓練所で教えていたほぼ力任せの剣術では、イザネの教える巧妙な技の術中に嵌らぬ方が難しい。


「え、それじゃあ私でもゴブリン退治できる?」


 俺の言葉にクリスが目を輝かせる。おとなしそうに見える彼女にも、心のどこかで冒険者への憧れがあるのだろうか。それとも、今度ゴブリンが村に来たら、自分で退治するつもりなのか?


「小さいゴブリンの群れならね。

 ギルドの訓練所を卒業したばかりのファイタークラスを連れていくより、今のダニーとクリスの方が頼りになるよ」


 少し褒め過ぎかもしれないが、二人が自信をつけるのも悪い事ではないだろう。クリスはともかく、ダニーは調子に乗ってやらかしそうな雰囲気なのでちょっと怖いが。


「おおおおっ! それマジかよカイル!」


 早速ダニーがガッツポーズを取る。


(わっかりやすいなぁコイツ)


「おーーーい!」


 その時、後ろから俺達を呼ぶ声が辺りに響いた。


(しまった、見張りなのにみんなとのおしゃべりに夢中になって、ずっと門から目を離してた!)


 慌てて村の正面に振り返ると、森の方からこっちに歩いて来る東風さんとゲイルの姿が目に入った。なぜか東風さんは犬のロルフを抱いている。


「何があったんだ? 狩りから帰るにはまだ早いし、ロルフが怪我でもしたのか?!」


 ダニーが慌てて二人に駆け寄って行った。



         *      *      *



「……でさ、ロルフは狼の臭いを嗅いだ途端に腰を抜かしちゃったんだ。情けないよなぁ」


 ダニーとクリスと別れた後、俺とイザネは東風さん達と共にブライ村長の家に向かっていた。

 ゲイルは歩きながら、東風さんに抱かれてハァハァと荒い息をするロルフを撫でている。話してる最中もロルフの背をしきりに撫で続けているところをみると、言葉とは裏腹に愛犬がよほど心配なようだ。


「犬は狼を恐れるからしかたないよ」


 よほど訓練されているならばともかく、普通の犬なら強さで勝る狼を本能的に恐れるのは当然だろう。

 ゲイルと話しながらふとその隣に目をやると、イザネが東風さんからロルフを受け取りニコニコしながら抱いている。怯えるロルフの仕草が可愛くて、抱いてみたかったのだろう。それは普通に女の子っぽい一面ではあるのだが、イザネは中型犬のロルフを軽々と抱き抱えていて、その小さな容姿にそぐわぬ腕力にむしろ引いてしまう。


「マーガレット婆ちゃんが言ってたけど、何年か前に狼が鶏小屋を襲って大変な被害が出たらしいぜ。

 また村に狼が紛れ込む前に退治してやらねぇ……あっ、こら……もぅ」


 イザネがロルフに頬を舐められて顔を背ける。


「この世界では、村の境界がそんなにいい加減なんですか?!

 確かルルタニアでは特殊なクエストでもない限り、村の中にモンスターが侵入する事なんてありませんでしたよね」


 イザネの話に、東風さんがギョッとしたように頬を引きつらせる。


「俺も初めて聞いた時は驚いたけど、この世界じゃそれが普通みたいだぜ」


 イザネは、ロルフのモフモフの首に顔をうずめている。


「ならば、早く退治した方が村のためですね。狼が相手とはいえ久々のクエストですから、クランSSSRみんなでクリアしましょう!」


 東風さんが眉を引き締め、その大きな手で握りこぶしを作る。


(ん?)


 違和感で振り返ると、ゲイルが俺のシャツを引っ張っていた。


「なぁカイルの兄ちゃん、東風達は何を話してるんだ?

 時々東風がさっぱり訳のわからない話をする事があるんだけど、俺が物を知らないだけなのかな?」


(まぁ、そう思うよな)


「俺にもよくわかんないよ。

 東風さん達の世界の常識は、俺達の世界と全く違うからな」


 俺はゲイルの耳に顔を近づけ小声で教えてやる。


「ふーん。

 あ、父さんだ! おーい! 父さーん! 狼だーっ! 狼がでたよーっ!」


ワンッワンワンワンワンッ!


 道の向こうに村長の畑が見えてきた途端にゲイルが駆け出し、イザネの腕から逃れたロルフがその後を追う。

 足元でロルフにじゃれつかれた村長の脇で、こちらに気づいたべべ王が畑の中から手を振るのが見えた。



         *      *      *



「今さら狼退治かよ。デイリークエじゃあるまいし」


 家に戻ると、依頼内容を聞いて段がボヤいた。なにげにこれは異常事態だ、あの段が冒険を面倒臭がるだなんて。


「そう言うな、この世界に来てから2度目に受けられたクエストじゃぞ」


 べべ王は、段とは反対に至極上機嫌で、いつも通りだ。


「もしかして、疲れてるのかジョーダン?」


 俺は段に尋ねてみた。

 段はゼペックを手伝って、ダニーとクリスの新しい剣の制作中だ。というより、段の持つルルタニアの技術を応用して、性能の良い剣をダニーとクリスに作ろうと試みている最中と言った方が正確だろう。

 材料はこちらの世界の物を使用しているため、俺の魔導弓のような桁外れの性能にはならないにしても、段の技術により今までの剣より格段に切れ味の鋭い武器を作れるそうだ。

 そして、その剣の制作に忙しいのか、段の帰りが最近遅くなっていたのが気になっていた。


「まぁな」


 段は俺に短く答えて大きな欠伸をした。やはり寝不足らしい。


「クラン拠点のクラフトルームと違って、ゼペックさんの鍛冶場ではクラフト時間短縮の課金アイテムも効果がありませんからね」


 東風さんが段を気遣うが、べべ王はおかまいなしに段の肩を叩く。


「なら尚の事じゃ。クラフトの気分転換に、みんなで狼退治に行くぞジョーダン!」


「わかったよジジイ。確かに久々のクエストだ! 楽しまないとな!」


 ようやくやる気を出したのか、段が肩を回して気合を入れた。


「で、今回のクエストのノルマは何匹なんだ?」


 イザネに尋ねられて、俺は返答に詰まる。


「ノルマって?」


「だから、何匹狼を倒せばクエストクリアになるのか教えてくれよ。

 それともスライム退治の時のように敵を全滅させるタイプのクエストか?」


 そのイザネの言葉で、俺は四人の誤解にようやく勘づいた。


(これは面倒でも、きちんと説明しておいた方が良さそうだ)


「みんなのいた世界ではどうだったか知らないけど、冒険者の仕事は、依頼者が何を望んでいるかを考えてやらないといけないんだ。

 今回の依頼の場合、依頼者……つまり村長や村の人達の希望はなんだい?」


「村が狼に襲われない事?」


「じゃ、そのためにはどうしたらいいと思う?」


「狼を全滅させれば、村に狼が来る心配はないだろ? だから全滅クエって事か?」


 イザネとの会話に割り込むように、大きな声で段が答えた。


「間違いではないけど、正解でもないぜ。

 狼が村の周辺からいなくなれば、もう狼に村が襲われる心配はないだろ。だから、狼が逃げ出すなら全滅させなくてもいいんだ。

 普通は数匹倒せば狼の群れは逃げるから、それで済むと思う」


 俺は段の方に視線を配る。


「なるほど、クエスト受注時に明確にクリア条件が提示されたドラゴン・ザ・ドゥームと違い、クリア条件をこちらである程度推理せないかんのじゃな」


 説明を聞いてもまだ小首を傾げる段と違い、べべ王は俺の言う事をほぼ正確に理解してくれたようだ。


「しかし、それを判断をするにも、この世界の知識が必要となるのではないですか? 慣れるまでは、カイルさんに頼る他なさそうですね」


 東風さんが、俺の肩に軽く手を置いた。


「それじゃ、クエストクリアの条件もわかったことだし、暗くなる前に済ませちまおうぜ。今からなら日暮れ前に片付くぜ」


 冒険の準備をさっさと済ませたイザネが家の扉を開け、みんながその後に続く。目指すは東風さんとゲイルが狼の足跡を発見した、村の北の森だ。



         *      *      *



「おかしい、数が多すぎる」


 森に入り狼の足跡を確認した俺は、みんなに異常を知らせた。

 ここは森の中でも木々が密集している地点で、まだ昼下がりだというのにジメッとして薄暗い。そして地面に深く積もった落ち葉の上には、無数の狼の足跡が残されている。


「多いって何匹くらいだ?」


 段が俺の肩越しに、足跡を一緒に覗き込む。


「狼の群れっていうのは、多くてもだいたい十匹前後なんだ。他所は知らないけど、少なくともこの辺ではその規模の群ればかりさ。

 なのにこの足跡の数は、軽く二十を超えている。ありえないよ普通は」


「でも、所詮は狼だろ。

 あんな雑魚モンスターならいくら数がいても問題ないさ。 スライムみたいにこの世界の狼が特殊能力を持ってるとでもいうなら話は別だけどさ」


 段の脇から足跡を覗いていたイザネが、続いて口をはさむ。


「いや、狼にそういうのはないよ」


 イザネの言う通り、戦いに勝つだけなら狼が何匹いようが問題ないだろう。けれど、狼がこんな大きな群れを作るにはなにか理由がある筈だ。その理由がなんなのか、俺にはまるでわからない。

 何かを見落としているような、もやもやとした感覚が俺を包み込んでいた。


「ま、気になる事なのかもしれんが、狼を追い払って村のみんなを安心させてから考えても遅くはないじゃろう」


「足跡は向こうに続いているようですね。下手すれば三十匹以上いますよ」


 べべ王の言う通り、今は依頼を達成する事に集中すべきなのかもしれない。俺達は東風さんの示した方向へ足跡を追って歩を進めた。


(もうそろそろかな?)


 そう思った矢先に、東風さんは足を止め黙って前方を指さした。遠くの茂みの陰に狼達が見える。


(?! やはり、おかしい……)


 狼の群れは、いわば一つの家族だ。オスもいればメスもいるし子供もいるのが普通なのだが、体の大きな成体オスばかりに見える。

 茂みの陰になってるせいで正確な数まではわからないが、こんな群れが自然にできるとは到底思えなかった。


「そんじゃ、行ってみっか。」


「オラッ! 行くぞ狼ども!」


 俺が違和感の正体を確かめる間もなく、イザネと段が一気に狼に向かって突っ込み、その後を追うように東風さんが無言で続く。


キャイン! キャイン!


 茂みの向こうで狼の悲鳴が上がると、俺の事を気にかけていたのか隣に残っていたべべ王が話しかけてきた。


「どうやら狼の強さに問題はなさそうじゃの。わしも行ってくるとしよう」


 べべ王はそう言うと、狼のいる方へと向かって行ってしまった。

 イザネは囲まれぬよう、狼たちをメイスで薙ぎ払いながら大きく円を描くように後ろに退がりながら戦っている。狼達はイザネを取り囲むどころか、メイスに吸い込まれるように飛び込んでは命を落としていく。よくもまぁ、素早い狼をあんなに綺麗に誘導できるものだ。

 東風さんに向かって行く狼は、瞬時に首をはねられ、血しぶきと共に倒れる。振るう刃が早すぎて殆ど見えないため、森を悠々と歩く大男の周囲に死の結界が貼られているような錯覚に襲われる。

 一方段は既に杖をほっぽりだし、向かって来た狼をパンチで薙ぎ払っていた。おそらく、習ったばかりの拳闘を実戦で試してみたいのだろう。狼達は牙を剥く暇もなく、段の拳に顔を潰されて吹っ飛んでいく。

 べべ王も、大盾で群がる狼達を次から次へと弾き飛ばしている。狼達は数メートル宙を舞って、地面に、あるいは木の幹に次々と叩きつけられていく。

 しかし……。


(なんなんだ、この群れはっ!)


 これだけの被害が出れば、狼は群れの全滅を避け逃げる筈だ。

 メスの狼が我が子を守るため命がけで庇うならわかるが、子供の姿などない。全滅するまでおかまいなしに戦う群れなど聞いた事もない。


ガルルルルルッ! ガウッ!


 不意に近くの茂みから、狼がうなり声と共に飛びかかってきた。俺は咄嗟に狼の牙から顔を庇おうと、右腕を差し出し喰いつかれる。


「このぉっ!」


 俺は喰いついかれた右腕を、狼の飛びかかった勢いをそのままに木の幹へ叩きつける。


キャイン!


 悲鳴を上げて狼が腕から離れた。防御力上昇の指輪のおかげで、喰いつかれた腕には傷どころか殆ど痛みすらも残ってはいない。だが、もし俺がこの出鱈目な性能の指輪をしていなければ、きっと右腕の肉を食い千切られていただろう。


(クソッ! 俺はこの指輪なしには、大猿どころか狼にさえ敵わないのか!)


 俺は腰からショートソード引き抜く。背のカバンから魔導弓を取り出す暇はない。


ガウッ!


「せいっ!」


 体勢を立て直し、再度俺に飛びかかった狼の胸にショートソードが刺さる。冷静になれば狼の動きなど、イザネや大猿の一撃と比較するまでもない。狼が飛び掛かる動きに、剣の軌道を合わせるのは容易かった。その大口から覗く牙の下をすり抜けた刃は、狼の肋骨の隙間を通り、深々と臓器を抉っている。


ギャウッ!


 狼はたまらず絶命し、俺は深々と刺さった血まみれのショートソードをその胸から引き抜いた。犬にそっくりな狼の悲鳴が耳に残って、気づかぬ内に俺の顔を歪めさせる。これは罪悪感によるものだろうか?


(それにしても、どうなっている?)


 俺はデニムと一緒にゴブリンの群れと戦った時に、回り込んだ二匹のゴブリンに狙われた時の事を思い出していた。


(これは、あの時とまるで同じじゃないか!)


 この狼は明らかに孤立したパーティの後衛に狙いを定め、俺に攻撃してきた。

 でなければ四人も前に出て狼の群れを蹴散らしているにも関わらず、まだ何もしていない俺の方にわざわざ回り込んでくるなんてありえない。

 前方を見れば圧倒的劣勢にも関わらず、相変わらず狼達には逃げる気配がない。


(この狼達は、死ぬまで人を襲い続ける訓練でも受けているのか?)


ピーーーッ!


 その時、どこからともなく森に口笛が響き、途端に狼達が散り散りになって逃げだして行く。もう既に群れの殆どがべべ王達によって打ち倒された後だった。


「『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか!』そこだぁ!」


ズゴゴゴゴゴゴッ!


 呪文を唱えた段が掌を地面につけると、地面がそこから一直線にめくり上がり森を裂いていく。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330666877419016


(段の奴、むやみに呪文を使って森を壊すなと言っておいたのに)


 心の中で毒づく俺の目に、めくり上がった地面と一緒に真上に吹き飛ぶ二つの影が映った。


(あれは、ゴブリン?!)


 上空に飛びあがった二つの影は既に絶命していたらしく、周囲の木々と共に力なく地面へと落ちた。

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