映画
とある映画館の、とあるスクリーン、とある席。そこに座って観ると、どんな映画の中にも入りこめるという。
そんな話を聞いて、私は思わず足を運んだ。
仕事ばかりの毎日で疲れて、休日はそれを癒すため寝てばかり。友だちと遊ぶ回数も減って、誘われることもなくなって。上司からの叱責、ろくに育ってくれない後輩、日々届くクレームの嵐。
何度も首を吊ろうとした。でもいつも寸前で怖くなって、縄を解いてしまう。会社の屋上から飛び降りるのも考えたけれど、落下中に後悔するかも知れないのが嫌で。
日常から逃げ出したいだけで、私は死にたいわけじゃないのだ。
そんな私に、その映画館の噂は最高だった。
場所の特定は困難だった。ネットで探ったり、ここかも知れないと思った場所に行ったりをくり返して辿り着いたのは、今にも潰れそうなほど寂れた映画館だった。上映作品は観たことも聞いたことも無い古い白黒作品が一つだけ。来場者のほとんどは、私に似て疲れた顔の人たちばかり。
何度か通った末、私はようやく念願のスクリーンと席のチケットを確保した。
噂の真相はきっと「現実を忘れるくらい映画に見入る」という意味かも知れない。いや、本当に入りこめるのかも。ワクワクしながら席に着く。
タイトルが浮かんですぐ、白黒で粗い映像ながら、ひと目でハンサムと分かる男が映る。
目が合ったと思った瞬間だった。
画面から彼の腕がにゅうっと伸びてきて、私の体を鷲掴みにする。
私はそのまま、映画の中に引きずり込まれた。
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