第34話 デシャップ 2
オーナーからの説明の後、とりあえず現場に行くことになった。
これまでもキッチンとホールの間には対面キッチンのようにホール側から見える横長の窓枠があったのだが、そこに簡単なリフォームが施されており、ホール側とコミュニケーションがとりやすくなっていた。
これでは、厨房内が見えてしまうが、オーナーは気にならないのだろうか?
「ん?俺か?俺はもともとイタリアンのシェフだからな、客に見られてもあまり気にならない。それにこの窓、そんなに丸見えになるほどの広さはないだろ?せいぜいデシャップとスタッフのコミュニケーションと料理の受け渡しをやり易くしたかっただけだからな。これならいちいちホールの人間がこっちに入ってこなくてもいいしな。」
「そんなもんスカ?正樹先輩はまだ知らないんすよね?」
「そもそもあいつにはデシャップは無理だろうからな。教える必要もない。」
「マジすか。俺より向いてそうですけどね?判断早いし、指示も的確だし。」
「あいつは、ああ見えて応用が利かないからな。それに意外と人の眼を気にするところあるしな。だから、当分の間は俺と萌、勇子の3人でデシャップを回すことになると思う。もう少しすれば磯辺も加わえられるかもしれんしな。ホール側は義仁がメインで。あとフォローで那珂川さんと美和さんかな。さっきも言ったけど萌香ちゃんにもやってもらうよ。萌がやってるときは基本的には萌香ちゃんにお願いしようと思う。愛の力で頑張ってくれ!ま、この辺のことは義仁も相談していくけどな。」
あ、愛の力とかさらっと言うなよな。萌香が困らないように俺がしっかり回さなきゃな。
「あ、萌君。一人で頑張ろうとしないでくださいね。萌君は私と一緒に頑張るんですからね。」
あれ?思考が漏れてたか??
「萌君が、私を見て思いつめたような顔していればすぐにわかりますよ。一人で背負い込もうとしないでくださいね。」
顔に出ていたのか。
「あぁ、その通りだな。ありがとう…萌香。」
見つめあう俺たちの距離は少し近づく。
「おいおい、仲がいいのは知ってるけど、こんなところでいちゃつくんじゃないよ。そういうのはオッサンのいないところで頼む。」
「ハハハ、スンマセン。それで、具体的には何をすればいいんですか?」
「それなんだけどな、現状では、今とそれほど変わらない。ただ、ディナーにコースを組み入れることも考えていてな、料理を出すタイミングを計りやすくしたかったのと、料理の説明もしやすくなるだろ?今よりもチームワークが求められるしな。」
「バイトの俺たちにそんな大事な役目させていいんですか?」
「厨房スタッフは、俺の知り合いのシェフを1人か2人、入れるつもりだ。それに、萌の事を信用しているからこそお願いするんだ、この1年の働きは俺が一番よく知っているぞ。」
ありがたいな。マジで。
よし、俺にできることから頑張ろう!
マスターから、1時間後にオープンの連絡が入る。
ホールの清掃も済んだみたいだ。
いつの間にか、萌香は美和さんに連行され、ホール業務のレッスンが始まっていた。
「萌。こっちも準備に取り掛かるぞ。今夜分の仕込みはすでに済んでるから、適当に、サラダとか簡単なものを準備しておくか。」
「うす。直ぐに取り掛かります。」
「それと萌、今日は積極的に萌香ちゃんとコミュニケーションをとって行けよ。あの子を不安にさせるんじゃないよ?」
「押忍!!不安になんかさせませんよ。」
「よし、今日は萌が前半90分の指示だしな。後半は俺がやるから。正樹は途中からの参加になるから、いつも通り調理に集中してもらおう。」
「俺が仕切るんですか?」
「仕切るって言っても、いつも通りにやればいいさ。注文を受けたら作るものを適切に指示してくれればいい。注文票をカウンターに貼るのを忘れないようにな。今日はそんなに込まないだろうからデシャップの練習もしていこうな。」
「はい、頑張ります。」
さて、いつもとは少し違うけど萌香がここにいるだけで気合が入る。
一緒に働けることがうれしい。
普段とは違うことを意識しなきゃいけないからいつもより大変だったけど、楽しく感じたのだった。
カウンターの窓の向こうには、お客相手に四苦八苦しながら頑張る萌香の姿をみて、気合を入れなおすのだった。
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