第25話 魂の還る場所

今日は4月28日土曜日。


これから成田空港まで父さんを迎えに行く。


そのために母さんがレンタカーを借りてきた。


お義父さんたちも長旅で疲れているだろうからと、大奮発して高級ミニバンを用意したそうだ。


たぶん、母さんの本音、単純で、をいい車で迎えに行きたかったんだろうけど。

もちろん爺ちゃんたちの事もねぎらってるんだと思うけどね…。


実は、帰国する日が確定した3日前、母さんは斉藤家のお墓があるお寺さんに連絡して、今まで保留にしていた位牌や仏壇のの手配をしていた。


お寺さんも、斉藤の家とは古い付き合いということもあり、驚きの速さで色々手配してくれた。

仏具屋さんもお寺さんが手配してくれたみたいだ。

マジでアッという間に部屋がお盆のようになっていった。


仏壇や位牌もきちんとしたものを今、俺の住んでいる家に用意したあった。小さいけどちゃんとしたものだった。

仏壇は、父さんと母さんの寝室だった部屋に置いてある。


* * *


父さんは、特別失踪として取り扱わず、失踪者として届出していたので、失踪した日から7年経過した日に死亡として認定されていた。なので最低限の手続きはしていたが、本人も見つかっていなかったので葬儀等は、まだ執り行っていなかった。

俺も反対してたしな…。


そして、急ではあったが、29日に葬儀を執り行うことになった。

急な事なので近親者と関係者のみで行うとのことだった。

死亡認定日とは違うが、事故があったあの年まで遡って、今回は7回忌法要まで行うということだった。

お坊さんは「こういうことは、事務的な事とは違うからね。あの世に行ってまで苦労させたくないでしょ?」と言って少し寂しそうな顔をしていた。


一応、当時の消防関係者には源治爺ちゃんから連絡入れたって話だった。来るのかどうかはわからないが…。


※ ※ ※


成田空港第2ターミナルに到着し、有料の待合室で待ち合わせをしていた。超広い応接室みたいな部屋だった。こんなところがあるとは知らず驚いていたが、待合室には消防の儀式用制服を着た男性と、オレンジ制服の男性、スーツの男性が待機しておりさらに驚かされた。


まさか、ここにまで来ているとは思わなかったが、待合室を用意したのはあちらの方々だったようだ。

唯一、オレンジの制服を着ている男性は、父さんが助けた消防官らしい。母さんがこっそり教えてくれた。

「怒っちゃダメよ」ともいわれたが、それは相手の出方次第かな…。


とか考えていたら、見るからに緊張した顔で、俺と楓のところまできた彼は、突然土下座した…。


楓は唖然として動けなくなっている。

まぁ当然だよな。突然こんなことされてもムカつくだけだ。


「何のつもりかは分かりませんが、突然そんなことするのやめてもらえませんか?妹も困っているので。」


「申し訳ない!俺のミスで君たちの大切な肉親を奪ってしまった!許してほしいとは言わないが、俺以外の仲間を恨むのは勘弁してほしい…。」


「ん?それが父さんのいた隊の総意ということですか?それともあなたが勝手にやっていることですかね?」


「これは、隊の総意ではない!俺の意志でしていることだ!だから頼む!」


「ほかにも関係者の方がいるみたいですが…。いいんですか?これ?」


「申し訳ないが、彼の気の済む様にさせてやってくれないか?

上官の私が言うのもなんだがムカつくなら2.3発殴ってくれても構わんよ。」

俺に向かって優しい声色で結構とんでもないことを言ってくる、壮年のスーツを着た男性。

目は笑ってねーな、本気で殴ってやれって顔してるな。


「母さんゴメン、先に謝っておくよ。楓も俺の傍から離れてな。」


俺は…、奥歯を噛みしめ、怒りを鎮めようとする。が、

「俺は…、父さんを侮辱するやつは許さない!絶対に!だ!」


気持ちが抑えられなくなった俺は、憧れのオレンジを着ているこの男の胸倉つかみ、無理やり立たせた。

そして目線を合わせ、この男に伝える。


「父さんはあんたを助けるために死んだかもしれない。でもな、あんたを助けるって判断したのは父さんだ。例え、父さんが死んだとしても、それは生き残ったあんたのせいじゃねーよ。

だから、そんな真似して父さんの名誉を傷つけるようなことするんじゃねぇ。

俺の夢に出てきた父さんからもって言われてるんだよ。ってな。

だから、俺だって恨みたくなんてないんだよ。

だから、そんなもっともねぇ姿晒すんじゃねーよ。

あんたが、どこの誰かも知らねーけどな。

そのオレンジは俺の憧れなんだよ!!

馬鹿にするなよ!!この野郎っ!!!」


言い切った俺は、この男の横っ面を思いっきり殴った。

殴られた男は、はじかれるように後ろに倒れこんだ。


「おぉ~。やるねぇ。どうだ、沖田?

少しは、気合入ったか?齋藤の倅の拳は重そうだな。」

儀礼用の制服を着た消防官が言う。


「はい。土方ひじかたさん。クッソ重い拳でした。萌君、改めてすまなかった、君のお父さんの名誉の為にも、このオレンジの為にも。こんな恥ずかしい真似は二度としないと誓うよ。」

さっきとは全く違う雰囲気で俺に語り俺に対して敬礼する。


「すまない、改めて自己紹介をさせてもらう。

俺は沖田慎吾おきたしんご。当時の隊員でさっきも言ったが君のお父さんに助けられた者だ。楓さんも驚かせてゴメンね。

昔の話だけど、齋藤先輩の奥さんからも同じように怒られたことがあるんだよ。でもな、どうしても君たちには謝っておかないと気が済まなかったんだ。」

頬は腫れているが、晴れやかな顔をしている。


何でこんな真似をしたのかと思わないわけではないが、俺が原因なのはなんとなく悟った。色々あったしな。


「母さんからも怒られたんすね…。それは、俺よりも怖そうだ。」

母さんの方を見ると、罰が悪そうに顔をそむけた。


今度は、土方という儀式用制服を着ている消防官から自己紹介を受ける。

「俺は、土方努ひじかたつとむという。齋藤とは同期だったんだよろしく頼む。階級は消防司令補だ。ちなみに俺もあの隊にはいた、本気で探したが見つからなかったよ。スマン。」

この人もオレンジだったのか。司令補がどのくらいの階級かわからないが偉いことは分かった。


壮年の男性からも自己紹介される。

「私も自己紹介しておこう。君のおじいさんの後輩になる。近藤泰隆こんどうやすたかだ。宜しく頼む。当時の隊の全体指揮を務めていたんだ。俺はもう引退した身だがね。」

そっか、爺ちゃんも元消防官だもんな。


俺もこの人たちに習って自己紹介する。

「長男の斎藤萌です。よろしくお願いします。」

俺に続けと楓も

「長女の斎藤楓です。よろしくお願いします。」

ならばと母さんも

「一郎の妻の辰美です。よろしくお願いします。」


代表して、近藤さんが、

「どうぞ、ヨロシク。が帰国したら今度は俺が殴られる番かな…。」

いい大人が、なんか言っている。


俺は、沖田さんに断っておく

「沖田さん、言っときますがさっき殴ったことは謝りませんよ。」

それに対し、沖田さんは

「それで構わないよ。俺もこれで許されるとも、許されたいとも思っていない。ただ俺の中の自分勝手なケジメをつけただけだ。だけど、それが君の逆鱗に触れてしまってようだけどね。しかし重い拳だった。先輩の拳骨より痛かったかもしれん。」


ま、そんなことないと思うけどな。

父さんも化け物みたいに強かったしな。


楓と母さんとたわいもないことを話しながら待つ。しばらくして、係員に連れられた爺ちゃんが入ってきた。

入ってきた爺ちゃんは一直線にこっちにきた。

「萌、楓、ただいま。今、帰ったよ。」と言いながら、俺たちに抱き着いてきた。


「「爺ちゃん恥ずかしいから!」」

俺と楓の声がハモる。

そして、婆ちゃんに頭をポカリと叩かれ、しぶしぶ俺たちから離れる。

「みんなただいま。辰美さん、ご苦労様です。子供たちも少し見ない間に大きくなりましたね。」

婆ちゃんが俺たちを見回す。とてもやさしいまなざしで、その眼には涙を湛えていた。その婆ちゃんの腕の中に一抱えくらいある箱があった。

その中に、父さんがいると思うと泣けてきた。

今度は、俺たちが婆ちゃんに抱き着いた…。


※ ※ ※


婆ちゃんから、骨壺の入った箱を預かった。

あの大きかった父さんがこんなに小さくなっちまった。

でも、魂の重さを感じた。師匠が言っていたように魂は俺たちの所に帰ってきたんだろうな。

「爺ちゃん、婆ちゃん、父さんお帰り!これで全員そろったな!」

俺が言うと爺ちゃんが、


「あぁ、その通りだ。これで全員揃った。あとは、家に帰るだけだ。」

と答える。すると近藤さんたちが、


「いやいや、齋藤隊長!それは…さすがに、俺らにも挨拶させてください。」

と近藤さんがいい、

「すいません、俺にも斎藤先輩にお礼を言わせてください。」

沖田さんが半泣きで懇願し、

「一郎は、俺の誇りですからお願いします。」

土方さんは、爺ちゃんに対し頭を下げている。


「仕方ねぇな。って、沖田なんでおめぇそんなに顔腫れてんだ?まさか、また、辰美ちゃんにちょっかい出したのか?!懲りないな?」


「ちょっと、お義父さん。今回は私じゃありませんよ。そして悪いのは沖田さんですよ。萌を怒らせて…。」


「ははは、申し訳ありません。自分なりのケジメのつもりだったんですけどね、彼の逆鱗触れたみたいで。彼の拳はくそ重かったですよ。さすが、先輩の息子さんです。」


「まぁ、からかうなよ。こいつは、あいつと同じ空手道場に通っている。あぶねぇぞ?萌は弐段になったか?」


「うん、今は弐段だね。指導員を始めたところで謹慎食らって、少し前からやっと稽古を再開できたよ。」


「萌、お前もケンカ早いからなぁ。気をつけろよ…。でも、爺ちゃんは嫌いじゃないぞ。お前の性格。

沖田、お前の気持ちはわかるが、やり過ぎは挑発になるからな、気をつけろよ。

近藤さんもわざわざここまで来なくても明日会えたでしょうに…。

土方、お前こんな立派な部屋取りやがって、どうせ、お前のポケットマネーだろ?孫たちの為にありがとうな。」


爺ちゃんは、俺たち男性陣の一人一人に声を掛ける。

消防の面々とも穏やかに話している。

挨拶が終わったところで、俺が抱えていた父さんにみんなが声を掛けてくる。3人は明日の葬儀にも参加するそうだ。

葬儀のこともあるためここで解散し、鈴木家の実家に帰ることになった。













この7年俺自身、何度も父さんのことで無茶をしたけどな。

今考えると、無駄だったのかな?

(´-ω-`)



















※ 現実であれば恐らく、特別失踪(危難失踪)として家庭裁判所に申し立てられます。この場合、危難が去った後1年以上生死不明(死亡が確実でなくてもよい)となります。主に災害や海難事故の場合に適応されます。認定死亡という形になるかと思われます。


そもそも失踪宣告とは、一定期間(7年)以上失踪していて、生き

ているか死んでいる分からない状況の人に対して、法律上死亡したものとみなす効果を生じされる制度のことです。財産等を遺族が請求するための救済制度ですね。

普通失踪など他にも、状況によって届け出や提出官庁も変化してきます。


今回は、あくまで物語なので色々まぜこぜになっていますが、ご容赦ください。


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