第15話 俺と彼女と厨房の仕事
オーナーたちとの圧迫面接も終わり、普段のバイトより精神的に疲れていた。
あ、モカのところに戻ることになるのか?
俺は今日タイムカード押してから仕事してないけど良いのだろうか?
20分ほど話していたので今は、17時30分。
ピークタイム突入まであと30分、この後キッチンは地獄と化す。
それまでにモカを帰さなければならないが、一人で帰すのも心配だ。
なんで俺がここまでモカのことを考えているのわからないが、さっきオーナーたちと話してから、守らなきゃいけない対象として認知しているのかもしれない。
何しろ、モカは美人になった。久美も美人だとは思うが。仁には悪いが…、それとは次元が違う(失礼)。そんな子をまだ明るいとはいえ、こんな時間に一人で帰すのは不安だ。今度ナンパしているところに遭遇して、ましてやモカが泣いていたら、冷静に対処できる自信もない。
こんなこと考えてるとバレたら引かれるだろうな。
顔に出ないように気をつけよ。
「モカ、お待たせ。帰りはどうする?」
「あっ!ハジメ君おかえりなさい。それがですね、先ほどマスターさんから夕飯はここで食べていきなさいと言われまして。ハジメ君がまかないを作ってくれると聞きましたよ。あれ?聞いていませんか?」
「聞いてない…、ゴメン。そうすると帰りが21時過ぎてしまうぞ。これからピークタイムに入るし。今日は金曜日だから結構混むんだ。喫茶店と言っているが、カフェレストランというのが実態だからなここ。あと、今日は石井先生たちが予約で来ることになってるからな…。絶対に冷やかされるぞ…。
それから、ここでバイト始めるって聞いたけど?」
ケンカのことは、モカのことを守っただけだから、大丈夫として。
今夜は、校長先生と久美と芹沢先輩も来るんだよな。ということは、神田先生も来そうだな。絶対に揶揄われる。モカのバイトの話もあるし。
賄いの方は、今日は俺の当番ではないが、おそらく罰ゲーム的な奴だろう。父さんのパスタでも作るか?モカは納豆、大丈夫かな?
「少しくらい遅くなっても大丈夫ですよ。マスターさんから帰りはハジメ君に送らせるからって言われましたし。兄さんも今日は大学の集まりがあるから遅くなるみたいなので。
アルバイトの話はハジメ君とここで働けるならと喜んでとお受けしました。ホールの方で募集かける予定があったそうなので。
あっ、ヘルメットとパンツはマスターさんの奥様の物を貸していただけるそうなので。」
そんな話まで?タンデムで帰れと。
今日、再会したばかりなのに?家の場所、知らないよ…?
春とはいえまだ寒い、確かにマスターの奥さんは細身だし身長も変わらないと思うから、サイズも心配ないと思うけど念のためジャケも借りておこう。
お店にも置いてあったはず。
バイトを追加募集するなんて知らなかったぞ。
多分マスターの悪ノリだな。
「え?それも聞いてない。俺、今日22時までのシフトだよ?本当に大丈夫か?春とはいえバイクだと結構寒いぞ?」
「うん。マスターさんがハジメくんが終わるまで、奥の客間で休んでなさいって。明日は休みですし。先生も来るなら挨拶したほうがいいかなと?こんな時間に喫茶店にいたら怒られれますかね?」
「たぶんそれは大丈夫だと思う。俺も今日知ったんだけど、マスターもオーナーも俺の両親と同級生なんだそうだ。だから校長先生も俺のバイトの許可の時、柔軟に対処してくれたのかと今になって気がついたから。ついでにモカのバイトのことも言っておいたら?」
「そうですね。折角ですから来られた時にお話しさせていただきますね。ハジメ君はお話されますか?」
なんか違和感があると思ったら、呼称が君付けになってたのか。
「なあ、モカ。なぜに君付けに変わった?」
「これはさっき、マスターさんからアルバイトのお話をされた時にチャン付けは流石にやめてあげなさいと言われまして。」
これは感謝しないとな。
「そっか、俺もその方がいいかな。学校でもハジメチャンは恥ずかしいから。」
「私としてはハジメちゃんと呼びたいところですが、大人として妥協しておきますww。」
こういう所も可愛いな。
さて、そろそろキッチンに入らないとまずいな。
「悪い。まだ話していたいんだけどさ、仕事に戻るよ。何かあったらマスターに声をかけて。あと、マスターにさんはいらないよ。賄はもう少し待ってて。」
「はい、待っていますね。お仕事頑張ってください。ご飯も楽しみにしていますね。」
笑顔で、俺のこと見送ってくれる。その姿に見惚れてしまう。
「どうしたんですか?」
おれって、惚れやすいのだろうか?
「いや、なんでもないよ。いってきます。」
ごまかしつつ無難に答える。見惚れてたなんて言えないし。
キモイと思われるのがオチだ。
「はい。行ってらっしゃい。」
勘違いしてしまいそうな、そんな美しい笑顔を俺に向け見送ってくれる。
さて、これならピークタイムも楽勝で乗り越えられそうだ!頑張ろう!
♦ ♦ ♦
俺が厨房に入って間もなく、ピークタイムに突入した。
席の方も殆ど埋まってきた頃、モカも客間に移動したようだ。
暇していないかな、とか考えていたら。
キッチンの入り口から、視線を感じた。
「あっハジメ君…。お邪魔してしまってごめんなさい。どうしても気になってしまって。お仕事している姿、とても素敵です。」
思わずフライパンを動かす手が止まってしまう。
すると先輩から檄が飛ぶ。
「ハジメ!手を止めるな!オムレツが焦げるだろ。貴女も仕事の邪魔になるから向こうに行ってて!」
「ヤバっ!すいません!すぐ作り直します!モカごめん、今は相手にできない。もう少し待ってて。」
申し訳なく思うも、マジで相手をしている時間はない。
「ごめんない、そんなつもりじゃなくて…。」
あぁ、同じ言葉なのにこんなに感じ方が違うもんなんだな。
「大丈夫、わかってるから。心配すんな!これ持っていけよ。失敗作だけど、不味くはないはずだ。」
言って、俺は賄用の皿に簡単に盛り付け、モカに渡す。
「ありがとうございます。ハジメ君の料理、初めてです。向こうで頂きますね。皆さんもお邪魔してしまって申し訳ありませんでした。お仕事頑張ってください。」
満面の笑みで俺に伝えた後、謝罪と綺麗なお辞儀をしたモカ。それに対しオーナーと先輩は手をひらひらするだけという塩対応。というかこれでも誠意いっぱいなんです。彼女もそれを感じてくれたのか、会釈をしてから客間へ戻った。
「おい、ハジメ。仕事に集中しろよ!どこであんな美人と仲良くなりやがった?紹介しろよ!?近藤さんからもなんか言ってくださいよ。」
先輩から一喝される。
「正樹、お前も集中しろよ。あの子は俺の恩人の娘だ。正樹は手を出すなよ。ハジメはしっかり護ってやれよ!」
先輩もオーナーから一喝され、俺には檄が飛ぶ。
そして、オーナーに言われるまでもなく。
「押忍!わかっていますよ。遅くなりました!オムレツ上がりました。」
俺は厨房の連絡窓からホールにいるスタッフに声をかける。
するとオーナーから次の指示が飛ぶ。
「さっきよりいい返事だな。オムレツもいい感じだ!次、フライパン変えてミラノ風カツレツを頼む。」
料理の受け渡し台にオムレツを乗せると直ぐにスタッフが取りに来る。
「はい、替えのフライパンとってきます。食洗機も回しますか?」
「頼む。時間がないからどんどん作るぞ。」
オーナーから声がかかる。
先輩も大声で気合を入れていた。
「ぅおっす!あんな美人に応援してもらえたんだ!気合入れて作るぜ!」
「うるせーぞ!正樹。仕事しろ!」
ホールにいるマスターから怒られていたが。
そんなこんなでピークタイムは続く…。
※ ※ ※
時計の針が20時を指す頃になり、食事のお客さんは減り始める、この時間から閉店の22時まではお酒を楽しむお客さんが多い。そのため、ストックの簡単おつまみ料理が中心となり、厨房も穏やかさを取り戻す。とはいっても食事も出るから忙しいんですけどね。
「オーナー、食洗機回します。汚れの酷いものは流しに水貼ってあるんでそっちにお願いします。」
ひと段落したところでオーナー声をかける。
「お疲れさん。ハジメ、お前はとりあえず萌香のところに行ってやれ。賄はそのあとでいい。厨房に連れてきてもいいぞ。」
オーナーからの指示が出たが、珍しい。
スタッフ以外の人間を厨房に入れてもいいなんて。
「珍しいですね。部外者が厨房に入るの嫌うじゃないすか?」
先輩が確認する。
「彼女は特別だ。俺が許可したんだ、構わんよ。ハジメ行ってこい。」
オーナーからの再びの指示に
「押忍。んじゃ声かけてきます。賄はスパゲッティでいいすか?」
「構わんぞ。何を作るんだ?材料ぐらい出しといてやるよ?」
「あざっす。父さんのスペシャルを作ります。」
「わかった。茄子と納豆と大葉があればいいか?白出汁もつかうか?」
「はい。そんな感じで。あと納豆オムレツも作ります。」
「本当に、納豆好きだな…ハジメは。」
「そりゃあ、大好きですよ。最強のずぼら飯ですから。父さんも好きだったし。」
「なるほど、拘る訳がわかったよ。でも、周りに心配かけすぎるなよ?最近はマシになったが無理はするな。少しは周りに甘えろ。」
最近その言葉をよく言われる。
俺の心に隙ができたのか、弱くなったのかわからないが、言葉が心に染みる。
「了解です。善処します。」
無難な返事を返す。
「それ、やらないやつの言葉だよな?ま、お前がまた無茶しないよう彼女にお目付け役をお願いしてあるから安心だな。」
「はい?お目付け役って誰に?」
「いいから、萌香を呼んで来い!」
はぐらかされ、追い出される。理不尽じゃない?
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