第13話 バイトと気になる彼女

「ひどいですね、ハジメちゃん。私の事を本気で忘れているとは。正直ショックで、寝込んでしまいそうです。」


???、あっ懐かしいこの呼び方、誰だっけ?たしか、こう呼んでたのは久美とあの子だけだっけ。他の連中は、揶揄うためにモエチャンとか言ってたからな。


「ハジメちゃん?って、ん?でも?久美は知ってるのか?帰ってきたことを?」

だめだ、名前がまだ出てこないが、なんとなく思い出してきた。

でも、小学校低学年で海外に引っ越してしまったような?

確かにすごく可愛い子ではあったが成長するとこんなに綺麗な人になるの?

そうだ、引っ越すときになんか恥ずかしいような。照れたような?なんかあったんだ!

あ”あ、そこまで出てきてるのにぃ!


「やっと、思い出したみたいですね。久美ちゃんはとっくに気付いてますよ。今は同じクラスですし、何ならラインチャットもしています。

私は、ハジメちゃんから声を掛けてくれるのをずっと待っていたんですよ。結局、1年もかかってしまいましたけど。

また、助けられてしまいましたね。」

そう言いながら、頬を赤く染めながら俺のことを見上げる。

どうして頬を染める?

どうしても名前が出てこない為一思いに言ってみた。

「ゴメン、本人と名前が一致しなくて、思い出せないんだよなぁ。」


「もうっ、まだそんなこと言って!

 私の名前は、加賀萌香かがもえかですよ。まだ思いだせませんか?」

萌香・・・。あっ!思い出した。

とても恥ずかしいことも。


「モカ・・・?。」


「・・・やっとですか?もうっ!」

モカは頬を膨らませながら言ってくる。


「モカ・・・。ゴメン、」


「え?」


「バイトに遅刻してしまう。

 話は聞くから俺のバイト先に行こう。」


ヤバイ、マスターに怒られる。


ホールやらされるのは勘弁だ。


俺はバイクを押しつつ、モカに声を掛けつつ急いでバイト先に向かった。


決して軽くは無いバイクを押しながら、後ろから着いてくるモカに気を配りながらもシフトの時間ギリギリに到着した。


着替えてたら遅刻かも知れない、こっそりタイムカードを押しに行ったのだが、タイムカードの前でゴリマッチョのマスターが待っていた。


以前、先輩が遅刻してめっちゃ怒られているところを見て恐怖を感じたことがあった為、大人しく謝る事にした。

「申し訳ありません。シフトギリギリになってしまいました。当然ではありますが、着替えの分の時間は時給から引いて下さい。」


「ん?何が当然かわからないけど、別に引いたりしないよ。というかそもそも怒ってないからね。」


「え?ま、まさかホールに配置替えしたり?」


「だからなんで罰ゲーム的な発想になってるの?今はホール足りてるから別に良いけど、たまにはお願いするかもね。特に今の君は評判いいしね。」


「それで時間ギリギリになった理由だけど、その先の路地で喧嘩してたでしょ?

相手は雑魚感丸出しのチャラ男二人。女の子を庇いながらだったけどなかなかいい動きできてたんじゃないの?

さっき連れてきた子が助けた女の子でしょ?」


なんだ、観られてたのか?

「観てたなら加勢してくださいよ。2対1だったんだから。そうすればもっと早く来れたのに。」


「何言ってるのあの程度の雑魚で。ハジメだってすぐに片付けてたでしょうが。遅くなったのは、そのあと女の子と話し込んでたからでしょ?」


「それに私はお店があるから、そんなに気安く外には出れません。

それから、夜分の仕込みも気になるだろうけど、そっちは兄貴(オーナー)と正樹(大学生バイト)がいるから大丈夫だよ。

ハジメが今やるべきことは、あの子の傍にいてあげる事じゃないかな?

着替えたら、すぐ行ってあげなさい。コーヒーくらいはサービスで持っていきなさいよ。私が淹れるから。」


「なぜに?」


「え?あの子と友達なんじゃないの?」


「友達って言っていいですかね?あんな綺麗な人。すっごい久しぶりに再会したんですけど。」


「当たり前でしょ!御託はいいから早く行きなさい!」


「押忍!着替えてきます。」


俺は駆け足で更衣室へ向かった。


白シャツに黒のスキーニーパンツ、そして黒のロングエプロンというキッチンの制服に着替え、マスターが淹れてくれたコーヒーを持ってモカの待つ席へ向かう。

ちなみにホールはロングエプロンではなく、ミドルのソムリエスタイルだ。男女ともに制服は基本的に同じである。


キッチンはしばらくの間、オーナーと先輩が回すから問題ないと。仕込みも先輩がやるから夜のピークまでに戻れば構わないと言われてしまう。

なぜか、先輩はすっごく悔しそうな顔をしていた。

めっちゃ勘違いされている気がする。


マスターが淹れてくれたコーヒーをモカに差し出す。

「こちら、当店マスター自慢のブレンドコーヒーになります。

こちらは当店からのサービスですので気にせずにどうぞ。」


モカは驚いていた。

「ハジメちゃん、ウエイターだったんですね!大人っぽくてかっこいいです。」

なんかすっごい花の咲いたような笑顔で聞いてくる。


「いや、普段はキッチンだよ。ほら、マスターとエプロンが違うだろ?モカの方はもう心配は無さそうかな?」

「ハジメちゃんが助けてくれたからですよ。ハジメちゃんがいなかったら今頃どうなっていたか。」


「そっか。モカのことを助けられて本当に良かったよ。」


「ありがとう、ハジメちゃん。助けてくれたのがハジメちゃんで本当にうれしかったんですよ。」


そんなに言われると俺も恥ずかしくなってしまい。顔をそらしてしまう。


「ハジメちゃん、照れてませんか?」


「照れてません。それより何であんな所にいたんだよ?あの辺は人通りも少ないし、変な輩もいるんだぞ。ましてや一人でいるなんて、狙ってくれって言っているようなものだぞ、モカは唯でさえ美人なんだから。」


「美人なんてそんな、真面目な顔して言われると照れますね?」


「あのな、こっちは真面目な話をしてるの。」


「あのですね、ハジメちゃんのアルバイトしているお店を探してたんです。」


「え?なんで?バイトのこと誰に聞いた?」


「ハジメちゃんの近況を久美ちゃんから教えてもらいまして。少しずつだけど昔のような明るさも戻ってきてるって。遠目でもいいからその様子が見たくて来ちゃいました。」


「そうか?そういうのは自分ではよくわからないかな。もともと根暗陰キャだったと思うぞ。」


「そんなことありません。本当のあなたの姿は私がしっかり覚えています。あの辛い虐めから救い出してくれたハジメちゃんは本当にかっこ良かったんですから。」


「そんなこともあったな。」


確かに小学校低学年の時、容姿が優れていて可愛いのにおしゃべりが苦手だった萌香は所謂、言葉の教室に通っていた。それを知った同級生がいじり出し、いじめに発展したんだ。

俺と久美は萌香とは幼稚園からの付き合いだったから絶対にはなれないようにしていたんだけど、一部の男子がふざけて萌香を物理的に虐めていたことがあった。それでケガをした彼女見て、俺と久美は怒り、そいつらがゴメンナサイするまでケンカした。

久美は基本萌香をガードするだけだったが、一応それ以来、萌香を虐めるやつはいなくなった。とはいってもこの半年後くらいには海外に引っ越してしまったのだが。俺に対してめっちゃ恥ずかしい思い出と手紙を残して。


「実はですね、久美ちゃんとはお父さんの仕事の関係もあって偶にですけど連絡が取れていたんです。その連絡の中で、ハジメちゃんのお父さんが行方不明になったことも教えてもらいました。ハジメちゃん、お父さんのこと本当に尊敬していましたから心配しました。」


「そっか。知ってたのか。じゃあ家族関連のこととかも久美から聞いたのか?」


俺はうつむきながら聞いた。

「うん。貴方が一番苦しかった時に、貴方の傍で支えていたかった。けど、あの時は私は国外にいたから、今更何を言ってんだって感じかも知れませんが。貴方のことがずっと心配でした。それでね、貴方の支えになりたくて、1年前に帰って来ちゃいました。」


「…嘘だろ?おじさんとおばさんはまだイタリアにいるのか?誠一兄さんはどうしたんだ?」


「私のことはすぐに思い出せなかったくせに兄さんとかのことは思い出せるってどういうことですか?私がどれだけ貴方のことを心配したと思っているんです?

まぁ、勝手に心配していただけなんですけどね。テレビのこととかも聞きましたよ。記者の人をノックアウトしたところをテレビ放映されたって。それから、ハジメちゃんも家族も本当に大変だったって聞いて心配し過ぎて倒れたんですから!!

それなのに帰ってきて気づいてもらえないばかりか、変な女に引っかかってるし。甘えるなら私に甘えて下さい!もうっ!」


「なんでそんなに怒っているのかわかんないんですが…。」

それに、そんなことも知ってるのかよ…。


「まぁ、わからないでしょうよ。どっかのラブコメ主人公みたいに鈍感みたいですし?!」


「それで今、生活はどうしてんの?」


「話をすり替えましたね?いいでしょう、お答えしましょう。今私は兄さんと二人で暮らしています。兄さんがこっちの国立大学に進学したので、私も日本の高校に進学することにしまして、事前に久美ちゃんと相談していたので無事同じ高校に進学することができました。」


「じゃあ向こうは、おじさんとおばさんだけ残ってるんだ?」


「んー。実は妹があのあとできまして、3人で暮らしています。ちなみに今はイギリス。ロンドンで暮らしてますよ。」

「へぇ、すごいな。」


「久美ちゃんから以前に住んでいた家で一人暮らししてると聞きましたけど。大変ではありませんか?」


「そうだな。あそこが俺の実家だしな。

それに、望んでやってることだから大変とは思わないよ。」


「あの、今度遊びに行ってもいいですか?」


え!?うちに?

「久美と一緒にか?」


「違います、私だけで、です。ハジメちゃんの家事のお手伝いとかもしたいなって思いまして、ご飯も作れますよ。」


いや、いや、いや。まずいだろ!

「一人暮らしの男の家に美少女が一人で遊びに来るなんて、どうかしているぞ!」

思わず大きな声が出てしまい。


マスターに呼び出されてしまった。

こんどこそ、怒られるな…。




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