第13話 Strawberry Moon-2

華南と早苗は昼間にリナリアでしょっちゅう井戸端会議を開いているらしいが、配達で外に出ていることが多いガンを、休憩時間に医院に呼びつけるわけにもいかない。


それでも、一人でどうしようもなくなった時には、こうしてリナリアで落ち合うのだ。


前回山尾から急な呼び出しを掛けたのは、件の看護師と別れた直後だった。


あの頃は、大もまだ地元に居たので、マスターと4人でテーブル席を囲んで、ガンが持ってきた地酒を一本空けた。


あれからもう随分経った。


ガンからの問いかけに、珍しく考えることなく口を開いていた。


「ガンってさぁ、華南になんて言ってプロポーズしたんだっけ?」


「げぇっほ!っはあ!?」


常連客の誰もが一番美味いと頬を緩める晴ブレンドを盛大に噴き出して、ガンが信じられない様子でこちらを見返して来た。


マスターが無言のまま新しいおしぼりを差し出す。


「お、おま・・・っ、なにをそんな14年も前の話を・・・」


「ああ、うん、ごめん・・・」


ガンが華南を好きだったのは、それこそ晴がこの町に来る前からのことなので、早苗はともかく、それ以外のメンバーはみんな知っていたはずだ。


ずるずると幼馴染を続けている間に晴の事故が起こってあれをきっかけに、ガンと華南は急接近したのだ。


そして、二十歳になってすぐに華南の妊娠が発覚してそのまま結婚。


「プロポーズっていうか、海のアレってもう事後承諾みたいなもんだったもんな」


華南の両親にガンが殴られに行った後の海辺でのアレが恐らくそういうことになるのだろうが、二人の気持ちはもうすっかり決まってしまっていたので、本当に勢いと形だけのプロポーズだった。


参考になる訳がない。


「なに、山尾くん誰かにプロポーズでもしたの?」


晴ブレンドを淹れ直したマスターの一言に、ガンがぎょっと身を乗り出す。


それはそうだろう。


恵のことは、何度か高校の後輩としてリナリアに連れて来たことはあるけれど、大抵玲子が一緒だったし、それ以上の何かなんてあの頃は無かった。


ガンにもマスターにも寝耳に水の出来事だろうが、誰より自分自身が、自分の行動に驚いていた。


患者さんを不安にさせないために、診察の後は結論から話を始めるようにしていた癖が出たのだ。


一番最後に提案する筈だった結論を、真っ先に零してしまっていた。


恵が、もうずっと昔に終わった恋をさもこの間のことように口にしたせいだ。


確かにしばらくは引き摺っていたが、勤務医としての生活が忙しすぎてすぐに感傷は遠ざかって行った。


むしろ、それで良かったのだ。


恵には別れたことだけを伝えて、それ以降勤務先の病院で寝泊まりすることが多くなってしばらく音信不通状態だったので、彼女の中ではいつまでも過去の恋を引きずり続けている山尾が残っていたのかもしれない。


情報のアップデートを怠っていたのはこちらのミスだが、7年も経てば過去だと割り切れそうなものなのに。


あれはもうずっと昔に終わったことだと言おうとして、それより先に彼女に伝えたい言葉が浮かんで、ひとまず自分のいまの気持ちを口にしようとしたら、いきなり受付助手の事務員の名前を出されて、どこまでも彼女が自分を眼中に入れていなかった事実に愕然として、咄嗟に口を突いて出たのが、あの言葉だったのだ。


「・・・告白する前に、結婚を提案した」


「・・・・・・今流行りの交際ゼロ日婚じゃない」


ひょいと眉を持ち上げたマスターが、すぐに口角を持ち上げた。


「お相手は、時々一緒にうちに来る、涼川歯科医院のお嬢さん?」


「・・・・・・・・・マスター、よく見てるね」


「はあ!?涼川先生って・・・玲子先生結婚してんだろ!?」


「妹がいるんだよ、ああそっか、昼間にしか来たことないから、早苗と華南しか会った事無いのか・・・」


「なんだよそれ!聞いてねえよ!?」


「誰にも言ってないよ。いま初めて言った」


「え、で!?その玲子先生の妹なんて!?」


「・・・・・・・・・さあ」


避けられるだろうな、と予感はあったが、まさかメッセージを見る前にスマホの電源をオフにされるとは思わなかった。


「さあってなんだよおまえ!山尾医院の若先生だぞ!?引く手あまたのおまえが振られるとかあんの!?うちの店に来るおばちゃん連中はみんな自分の娘を推してくれって俺らに頼んで来るのに・・・」


全く納得いかないと憤然とする友達思いのガンに苦笑いを零す。


マスターが腕組みをしながら自分も晴ブレンドを一口飲んだ。


「たしかに、僕も何度か探りを入れられたことあるけど・・・・・・きみは見た目以上に慎重だからねぇ」


確実に着実に、誠実に正確に。


そうやって生きて来たはずなのに、肝心のところで足を踏み外してしまった。


今のところこの恋は、前途多難だ。

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