第11話 苦しい幸せ(ベルヴルム視点)

翌日、ベルのお付きがボロボロの男を連れてきた。


「よお、そろそろ来る頃だと思った」

「離せ。俺は王太子だぞ」

「残念だったな。ここは君の国じゃあない。この国の王は俺だ」


王太子だった男は、頭が高いぞ、と言われて押さえつけられている。


「他者に恨まれすぎるとな、魂は冥府に行くことなく彷徨うのだよ。随分と嫌われてたんだな、お前。それはそうか」

「離せ、くそやろう」

「おや?ここで俺にそんな口を聞いて良いのか?今すぐ改めろ」

男は尚も睨む。

「まあいい。お前は永遠にこの世界で俺のために働け。まずはそうだな…」


噛みつきそうな勢いで王太子は言う。

「ミネルヴァはどこだ」

「言う必要はない」

(本当はすぐ真裏でお前のことを見てるけどな)


「そうそう、逃げようと思っても逃げられないからな。お前の首輪は俺から離れすぎたり、無理に取ろうとすると爆発する。首と胴体が離れたままここで永遠に暮らしても良いなら逃げると良い」


ひっと上擦った悲鳴が聞こえた。

「しかし、お前は馬鹿だなあ。スノーファントム君。二十年の快楽と引き換えに得たものが、永遠の責め苦だなんて」

後ろから、微かにざまあみろと声が聞こえた。

王太子には聞こえてない様でホッとした。

案外口が悪くて笑ってしまいそうになる。


「お前の親父もその内ここに来るだろう。親父も嫌われてそうだもんな。親子揃ってこき使ってやるよ、永遠にな」

くくっと笑って指で合図する、

「連れて行け」


ほら、さっさと歩けと言われて鞭で打たれながら去っていく。

その背中は、しょぼしょぼと情けないものだった。


「ミネルヴァ、良いのか?もっとじわじわ苦しめても良いと思うが」

良い香りと共に、ミネルヴァが出てきた。

「王太子が一番嫌がることは、人のために働くことですから」

「なるほどな」

じっと見つめられる。

「モーネ…姉はどうなるんでしょう?」

「虫は基本的に、死ぬとすぐにまた虫として生まれ変わる。その代わり、その輪廻から抜け出す事はできない。残念だが」

「そう、ですか………では、今頃新しい命を謳歌しているでしょうか?」

「そうだと良いな。我々にできることは願うことだけだ」

おいで、と言ってミネルヴァを求める。

「さっきからいい匂いがしている。食わせろ」

彼女を膝の上に乗せた。

後ろから首筋に顔を埋める。

ぴくりと跳ねた背筋にそそられた。

ちゅ、と細い首にくちづけするとミネルヴァは俺に向き直った。


「ちゃんと聞きたい。本当に俺と一緒にいてくれるのか?」

「もちろんです。貴方こそ、永遠に私といられますか?」

「飽きない」

「食事の意味じゃなくて」

「欲しがるなよ、当たり前だろ。………良かった。お前が現世に留まるとか言わなくて」

「まさか!!言うと思ったんですか!?」

「万に一つでも可能性があると思うと、男は不安になるものだ」

「可能性はゼロだったと思いますけど…」

「それは俺を愛していると言うことか?」

「狡いですよ、そういうのは他人任せにしないで自分の口で言ってください」

「こほん、あー…。愛している」

「ちゃんと目を見て!」

「わかったよ!」


じっと見つめるとミネルヴァは泣いていた。

「ミネルヴァを愛している」

「上出来です」

「泣くな、ミネルヴァ…」

「え?あ、ごめんなさ…」

ぽろぽろと溢れる涙が止まることなく俺の衣を濡らした。

「どうした?」


ぎゅっと細い手を握る。

彼女は俯いて首を振った。

「分かりません。訳もわからず…ただ、私だけが幸せになって良いのかって…」

「姉上の最後の願いだからだろう。その幸せで苦しむことはない」

おでこにくちづけする。

「そうだ、良い場所に連れて行ってやろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る