第10話 終了 ミゲールとアリスの遠征

 神官は姿を変えた。 もはや、神官だったものと表現した方がいいのかもしれない。


「四足獣……まるでワニや蜥蜴だぜ」


 ミゲールの言葉にアリスは、


(先生の言う通り。逆流した魔力が神官の体を覆い隠して怪物に……)


 ワニのように堅固そうな皮膚。 爬虫類のように緩慢な動き。


 それでいて、獲物を狙う一瞬のみ――――驚愕に値する速度を見せる。


 上下に別れた巨大な顎はミゲールを丸のみにしようと襲い掛かって行った。


「うぉ! 危ねぇ!」と噛み付こうする顎をミゲールは素手で掴んで止める。


「……ってコイツの体、具現化するほどの高濃度で素手で掴めるレベルか! コイツは強いぞ!」


「せ、先生! 大丈夫ですか?」とアリスは声を上げる。


「問題ない。問題ない。もう少し楽しませろよ。私は、ここで死んでも問題はない!」


「いや、死ぬことを前提にして楽しまないでください!」 


 ミゲールは後ろに飛ぶ。 彼女の前方で「カチャ カチャ」と異音。

 

 牙と牙がぶつかった異音が鳴る。 その勢いで前進してくる神官をなしながら、側面に移動したミゲールは拳を叩き込む。


「手ごたえは……薄いけど、ゼロじゃねぇ。それなら!」


 続けて、身を低くしたミゲール。神官の体に下から潜り込むと、その巨体を持ち上げた。


「おりゃ! 投げ技だ。飛んで行け!」


 彼女は持ち上げた体を、そのまま壁に叩きつけた。 壁は崩れ、破片が神官の体を埋め隠していった。


「どうだ? 頑丈な魔物だって、ここまで痛めつけたら……って普通に闘争心が衰えてねぇな」


 呆れたような頑丈さ。 壁の欠片を蹴散らして神官は姿を現す。


 それだけではない。


「おっ! 本気になってきたか? 魔力が上昇している……なるほど、その姿がお前の本気ってわけか」


 神官は炎を纏った。  その姿にアリスは、ある神獣を連想する。


 ワニや蜥蜴のような四足獣。 それでありながら、炎を身に纏う姿は――――


火蜥蜴サラマンダー


「正解」とアリスの呟きにミゲールは返した。


「なぁ、アリス。お前があれを相手に完勝するにはどうする?」


「完勝……!? ですか?」と困惑する。


 火蜥蜴は、不死身のドラゴンにも例えられるほどの魔物。 四大精霊として信仰する流派もあるほどだ。


(それに『勝て』ではなく『完勝』する方法……それをミゲール先生が聞く時は、私が気づいてないだけで、その方法が……)


 物を浮かす。 空を飛ぶ。 風で防御する。


 アリスは自分が現状でできる事だけを考える。


 ミゲールが求めている答えは、アリスだけができる方法なのだから……そして――――


「結界ですか? あの火蜥蜴は邪神から魔力が逆流している。だったら、結界に閉じ込め魔力供給を遮断してやれば」


「ご名答だ、アリス! よし、もしも私が倒れた時は、頼んだぜ!」


「か、簡単に倒せる方法を放棄して、戦いを優先するつもりですか!?」


「それが私よ! 今さら、生き方を変えれない!」


 接近されるのを嫌ったのか? 火蜥蜴は魔力の弾丸として火球を出現させる。


 魔法でいうファイアボール。その威力と弾数は、熟練の魔法使いでも比較にならないほどの攻撃。 それをミゲールは――――


 避ける。 避ける。 避ける。 当たらない。


 視界を埋め尽くすほどの弾幕。それを回避し続けて、距離を詰めて――――打撃を与える。


 炎に覆われた高熱の体。 生身で触れれば、どうなるか?


 しかし、ミゲールの拳は、自身の魔法によって拳の保護用具――――グローブが作られていた。


「安心しろよ、火蜥蜴! 足元から土の湿気を補給し続ける全身鎧でも作れば、完全勝利も狙えるが、私はしないよ!」


 そう言いながら、蹴りを入れる。 生身の部分での蹴り――――からの頭突き。


 銀色の髪が炎で赤く染まりながらも、殴り蹴りを続ける。


 そんな矛盾した戦い方こそ、『世界最強の魔法使い』ミゲール・コットであると証明するような戦い方。


 火蜥蜴もやられる一方ではない。


 上から振り落とされる両爪。迫り来る牙による噛みつき。


 距離が離れれば、炎の弾丸が弾幕としてミゲールの行く手を阻む。


 だが、彼女は、それらの攻撃を巧みに回避。


 攻撃を掻い潜り接近戦に拘る。


 何度目かになる打撃の距離。しかし、火蜥蜴が今までにない行動を起こす。


 ミゲールの目前で背を向けたのだ。


(逃走? ここで背を向けて逃げ? いや、それはない!)


 彼女の経験則が、火蜥蜴への追撃を躊躇した。 それが彼女を助ける。


 旋回。 火蜥蜴は旋回して、炎にまみれた尻尾を薙ぎ払いの一撃とした。


 それだけでは終わらない。尻尾の軌道に炎が宙に残る。 


 突進しようとするミゲールの行動を阻害した。 しかし――――


「それで、私が止まると思うなよ!」


 言葉通りだ。それで止まる彼女ではなかった。


 全身が炎に包まれようとも前進。


 そして、打撃。 今度こそ、拳による打撃を――――連続で叩き込んだ。


 火蜥蜴は吹き飛び、壁にめり込んでも――――ミゲールの拳打は止まらない。


 ここで決着をつけるために止まらない。 止まらない攻撃。


 暫く、打撃音が鳴り響き、それが止まった時に――――


「わかるぜ。火蜥蜴になっても、杖を振り回しても、お前の仲に『武』があった。神官となる前には、さぞ名前のある武人だったのだろう。だから私は――――


 最後に本気の本気を見せてやる!」


 決着と言えるこのタイミング。それでありながら、あえてミゲールは切り札をきる。


 獣の紋章。 今までにない激しい輝き。 激しい魔力の動き。


 ミゲールが変身したものは――――ドラゴンだった。


 巨大な火蜥蜴。 しかし、横に並べば、はっきりとわかる。


 それ以上にドラゴンは巨大なのだ。 


『地上最強の魔法使い』が選択する『地上最強の魔物』


 そんな怪物中の怪物ドラゴンは、いともたやすく火蜥蜴を丸のみにした。


 ―――決着―――


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


「やれやれ、世界に崩壊を防いじまったぜ」


 ミゲールは戦いが終わった後、スケッチを始めた。


 床に書かれた魔法陣を正確に模写。 今は霧散して消えた邪神の召喚を記憶が消える前に素早く書いていく。 それに倒した火蜥蜴の特徴。


 僅か1時間で、全てを終えたミゲールは、


「よし、帰って報告だな。一応、国王と魔法協会……あと途中で助けた魔法学校、ハムエッグだったかな?」

 

「エッグハント学校ですよ」とアリス。


「おぉ! そんな名前だったな。あと、お前も魔法使いなら絵をかけるように練習しておけよ」


「善処しておきます」


「ん? なに、お前って絵が苦手なタイプ?」


「いえ、そうではなく……ミゲール先生っていつもそうなんですか?」


「何が? そうなんですかって何がだよ?」


「なんて言いますか……簡単に勝てる相手にも、わざと危険な戦い方をして、危ない方向へ、危ない方向へ行ってるのですか?」


「そうだな。なんて言うか……戦わなきゃわからないこともある」


 なぜか、ミゲールは誇らしげで、不思議な笑みをみせていた。


「戦って始めて理解できることがある。だから私は、私が認めた相手の本気ってのを感じたい。感じて……最後には負けたいって望んでいるだ」


「わかりません。私にはわかりません!」


「いいよ、わからなくても……今はまだ。でも1つだけ覚えておきな」


「なにを――――」


「私が、認めた相手ってのには、未来のお前も含まれているんだぜ?」


「……」とそれ以上、アリスは何も言えなくなった。


「さて、それじゃ帰ろうぜ! 住み慣れた我が家に凱旋ってやつだ!」


 こうして、初めてとなるミゲールとアリスの遠征。


 大冒険は終わった。 今後、何度となる師弟の冒険旅だったが、アリスには記憶に深く刻まれた冒険となった。

 


  

  

 

 

  

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