第3話 『世界最強の魔法使い』は少し怖い
ゴトゴトと音を出して揺れ動く馬車の中。
アリスはモズリーを一緒に王城に向かっていた。
「モズリー先生、そのミゲール・コットさんって言うのは、どのような方なのですか?」
「そうですね……端的に言ってしまえば、破天荒な行動をする人物。あるいは破壊神……のような人物ですね」
「破壊神……ですか?」とアリスは首を傾げた。
「ずいぶんと攻撃的な魔法を研究されている方なのですね」
自分で口にしながら、疑問が湧き出た。
(あれ? モズリー先生は、私が攻撃魔法の指導を受けれる年齢ではないから、新しい先生を招くって話じゃなかったかしら?)
一方の、モズリー先生は、
「いや、違うんだ、アリス。彼女は、彼女の在り方と言うのは……表現するには、あまりにも言葉が足りない。なんて言うか……彼女は破壊神なんだよ」
引き攣った表情で、言葉を探している姿を見せられ、
(なんで、そんな人を推薦したのかしら、この人?)
なんて、アリスは不安になってきた。
さて――――
魔法の家庭教師を宮廷魔法使いに頼む。それは簡単なことではない。
なんせ、宮廷魔法使いというのは、
国に有益な魔法の研究を行う研究者であり、
戦争が起きれば、戦場で軍師のように兵士に指示を出し、
時には内政に、国家戦略に意見を出さなければならない。
要するに、
宮廷魔法使いというのは、研究者であり、軍師であり、政治家であるということだ。
だから、王城に部屋を与えられ、そこを生活の基盤としている。
いくら公爵家の権力があっても、家庭教師として呼び寄せるは容易ではない。
だが、この話が出た時、本人であるミゲール・コットは――――
「いいぜ。ただし、条件がある。魔法の家庭教師をやるっていうことは、弟子を取るってことだろ? それじゃ、王城までアリスって子供を連れてこいよ。面談ってわけじゃねぇけど、私の弟子に相応しい力量を見せて欲しいもんだぜ!」
そんな返答だったため、モズリーはアリスと連れて王城まで、ミゲール・コットに会いに来たのだ。
「凄いですね。王都ってこんなにも人が多くて、賑わっているのですか!?」
アリスは馬車の窓から、興味深そうに外を眺めてる。
「アリスは、初めてですか? 王都に来たのは」
「はい! 社交界デビューもまだですから……あっ! 見えてきました。あそこに見えるのが王城ですよね?」
モズリーも馬車から外を見た。
見上げるほどに巨大な建造物。間違いなく、この国を代表する城であった。
門番が馬車を確認すると、中に入るように許可が出た。
到着。
馬車から出たアリスは、改めて城の大きさを確認するように見上げる。すると――――
「先生、あそこに人がいませんか?」
「え?」とアリスが指す場所をモズリーも見ると、彼女は「――――」と無言で嫌そうな顔を見せる。
「もしかして、あの人ですか?」
「えぇ、あの人です。城の、それも王城の天辺に登って、私たちを迎えるなんて傍若無人が許されるのは……」
「あっ! 飛び降りました」とアリス。
しかし、彼女は驚かなかった。 アリス自身も風の紋章を持つ魔法使い。
幼いなりに飛行魔法を身に付け、高所から飛び降りても無事に着地できる。
「ミゲールさんも風の紋章を持っているのですね」
「いえ、彼女の魔法属性は地。地の紋章の持ち主です」
「え? でも……」と、落下してくるミゲールを見た。
彼女は、自由落下では時間が惜しいと言わんばかりに、落下しながらも城の壁を蹴り――――落下速度を加速させていた。
まるで垂直な壁を全力疾走で駆け抜けているように見えた。
「大丈夫なのですか、あれ? 地の魔法で地面を柔らかくクッションにしても無事とは思えないのですが……」
「あ、大丈夫。大丈夫……彼女、体が丈夫だから」
「?」とアリスは意味がわからなかった。 それでは、まるで――――
(それって、まるで魔法なんて使わず着地をするみたいな言い方じゃないの?)
「アリス、もう少し下がった方がいいわよ。少し、強めの衝撃が来るわ」
「え?」と益々困惑する彼女だったが、素直にモズリー先生が手招きする場所まで移動した。
――――その直後である。
爆発と勘違いするような衝撃。 それにより地震が、大地が揺れた。
ミゲールが生身のまま、地面と衝突したのだ。
土煙が立ち昇り、ミゲールがどうなったのか? 無事であるはずが――――
「よう! モズリー! ようやく来たな。早速、戦おうぜ!」
「私は戦うために来たのではありません」とモズリー先生はため息交じりに答えた。
その様子に混乱するアリスだったが、
「アリス、彼女には常識が通用しません。いいですか? 何が起きても冷静さを失わないように」
教師らしい言葉に「はい!」と答える彼女だったが、冷静でいられる自信はすでになくなっていた。
「あんだよ? 戦いに来たわけじゃないって何のために来たんだ?」
「あなたがアリスを指導するのに、面談をしたいから来たって連絡を入れたじゃないですか。あなた、どれだけ戦闘狂なのですか?」
「あん? そう言えば、そんな話もあったよね。なんだよ、勝ち逃げならぬ負け逃げかよ。もう私と対等に戦える魔法使いの心当たりはお前しかいないんだ。戦うぜ!
いや――――戦え!」
「よく言いますね『世界最強の魔法使い』なんて言われているアナタが、私なんかと戦って楽しめることなんて――――」
「自分を偽るなよ」
ミゲールが放つのは純度の高い殺気。 それだけで人を殺せるほどに――――強い。
「攻撃魔法なら、模擬戦なら、実戦なら、これが戦争なら……何度、私がお前と比較されてきたと思う? 何が『世界最強の魔法使い』だ……そんな称号が誇れる日が来るとしたら――――お前を倒した日だ」
「いや、どんだけ私を持ち上げているのですか? 私の評価高すぎません?」
「そうやって誤魔化すのも相変わらずうまいな」
「――――」とモズリーは言葉を止めた。 もう戦いを止められない。
覚悟を決めた瞬間だったが――――
「それで、この子は何やってるんだ?」とミゲール。
見ると、アリスは風魔法を使って透明な椅子を作り、腰をかけている。
彼女の表情から、「ワクワク」と擬音が聞こえてきそうな期待感が伝わってくる。
その様子にミゲールは――――
「チッ」と舌打ち。それから「毒気が抜かれちまうぜ」とモズリーへの敵意を止めた。
「それで、コイツか? 私の弟子にしたいって子供は?」
「はい、アリス・マクレイガーです。よろしくお願いしますミゲール先生!」
「うん、悪くねぇぞ。先生扱いされるのも……いいぞ。テストしてやるからついて来い!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
ミゲールがアリスとモズリーを連れて来たのは鍛錬場。
兵士たちのためにある鍛錬場だ。
今も剣の練習に集中する者も少なくない。 しかし、ミゲールの存在に気づくと鍛錬を中断していく。
兵士たちからは――――
「おい、ミゲール・コットだ。また鍛錬場を壊しにやってきたのか?」
「新人共は目を合わせるなよ。噛み付かれても仕方ないぞ」
「戦闘狂が、味方の兵士を消耗させてどうする。恐怖で戦えなくなって故郷に帰った奴だって少なくないんだぞ」
そんな陰口が聞こえて来た。
「――――えっと、モズリー先生。宮廷魔法使いって軍師の役割があるんですよね? ミゲール先生、兵士に嫌われ過ぎじゃありません」
声を小さくして質問するアリス。答えるモズリーも本人に聞こえないように――――
「先ほどのやり取りでわかると思いますが……戦闘狂ですね。彼女の評価は戦場で1人で戦況を覆す戦闘能力ですので」
「先生、どうして先生はミゲール先生を教師に推薦したのですか?」
「それは――――彼女の魔法使いとしての実力。それから知識と経験が本物だからよ」
それは事実として、アリスを成長させるため。モズリーはアリスの教師としてミゲールが相応しいと考えての判断で間違いないのだろう。
ミゲールの性格と危険性は別として……
「なるほど……ところでモズリー先生って、本当にミゲール先生と戦えるほど強いですか?」
「はぁ~」とモズリーはため息をついた。
「それは彼女の思い込みよ。彼女が本気を出したら、私なんて――――」
「おいおい、兵士どもの会話は私への陰口だって決まっているから見逃す。けれども、お前等が私に隠れてこそこそ話をするのは聞き逃さねぇぞ!」
そう言うと、ミゲールは振り返って2人をみた。 どうやら、ここが目的地だったらしい。
鍛錬場でも魔法を使用した模擬戦が可能な場所。 厳重過ぎるとも言える結界が張られている。
もはや鍛錬が目的と言うよりも、戦争で兵器として使う魔法の開発が目的であると隠していない。
「それじゃ、ここでテストをさせてもらう」
「う~ん」とミゲールはアリスを観察する。「何をするかなぁ~」と言う辺り、何も考えてなかったようだ。
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