第47話 何かキッカケが無いと難しい

 俺達は酔い覚ましのため、少し休んでからアパートに帰った。着替えが終わると「お疲れ様」と、星恵に声を掛ける。


「うん」

「今日はありがとうね」

「こちらこそ、ありがとう」

「──うちの家族……どうだった?」


 躊躇いながらも星恵にそう聞くと、星恵はニコッと微笑む。


「素敵だと思ったよ。光輝のお父さん、随分と気を遣ってくれてたね」

「え、そう?」

「うん。きっと光輝に座れって言ったのは、そうしないと私が座れないから。奥に座るなって言ったのは、私が手伝わない事を気にしない様、気を遣ってくれていたんだと思う」

「あぁ……」


 全然、気が付かなかった。言われてみたら、そうかもしれない。


「それに最後は家族だと認めているって言ってくれたし、私が勝手に手伝っても誰も何も言わなかった。多分、それは家族として認めたよっていう証拠なんだろうなぁ……って、思った」

「なるほどねぇ……」


 星恵は白いクッションに座ると、壁をジッと見つめる──疲れたのかな? いや、それにしては何かこう……違う気がする。


「どうかした?」

「ん? どうかしたって?」

「いや……何か考え事をしている様に見えたから」

「──凄いね」


 やっぱり考え事をしていたのか。俺は星恵の正面にある白いクッションに座る。


「何を考えていたの?」

「んー……正直に言うとね。今日、上手に話が出来たかな? 失礼な所なかったかな? ってグルグル……グルグル考えてた」

「あぁ……全然、大丈夫だったよ!」

「なら良いけど……」


 星恵はまだスッキリしない様で、そう言って俯く。一体何が、そんなに星恵を不安にさせているのだろう?


「──せっかくさぁ、光輝のお父さんに本音を言って来てくれって言って貰ったけど、正直、自信ないんだ。私が行動するときは大体、星子さんの後押しがあったからさぁ」


 あぁ……なるほど、そういう事かぁ。


「星子さん、まだ休養中だもんね。星恵の所に何か言ってきたりしてないの?」

「──もうそろそろ良いかな……とは言ってる」

「へぇー……そう言ってるんだ。じゃあ期待が持てるんじゃない!?」

「うん……でも、あと少し……あと少し、何かキッカケが無いと難しいとも言ってるんだ」


 キッカケねぇ……今すぐは思いつかないな。


「そうなんだ。そのキッカケが何か分からないけど、俺も考えてみるよ」

「ありがとう」


 ※※※


 更に月日が流れ、俺達は順風満帆に過ごしていた……が、今朝は結婚披露宴の打ち合わせの事で、久しぶりに喧嘩をしてしまった。


 どうしようか……さすがにあれは言い過ぎたな。


 会社で仕事をして、冷静になった俺は、休み時間になると作業着のズボンから携帯を出す。


 なんて謝るか……スタンプ? ──さすがにちょっと軽すぎるよな? ごめん? それも必要だけど何か足りない気がする。


 あ~……何か無いかな。俺は気分転換にSNSを開く──。


「あ……」


 占いに関する書き込みが流れてきて、俺は真っ先に星子さんを思い浮かべる。情けないとは思うけど、面と向かって話しづらい事は、ワンクッション置いた方が、気が楽だ。


 でも星子さんはまだ休養中……メッセージを送っても対応してくれるか分からない──だけどあの時、もうそろそろ良いかなとも言っていたよな?


 もしかしたら、これがキッカケになるかもしれないし──いいや! ダメもとで送ってしまえ!! 


 俺は『妻と喧嘩をしました。仲直りするには、どうすれば良いでしょう?』と送ってみた。


 返してくれるかな……そう不安に思っていると、始業のチャイムが鳴ってしまう。俺は返答が気になったが、携帯をズボンにしまった。


 ──昼休みに入り、俺は直ぐに携帯の電源を入れる。星子さんからメールはちゃんと届いていた。 

 

 直ぐにメールを開くと、そこには『美味しいデザートを買って帰ると吉!』と、書かれていた。

 

 あまりに可愛い返答に俺はクスッと笑ってしまう。分かったよ、君の好きな駅前のシュークリーム買って帰るよ。


 ──俺は星恵さんの有難みを噛み締めながら、午後の仕事も頑張った。


 ※※※


 家に帰ると俺はキッチンに居る星恵に近づき、「星恵。今朝は言い過ぎた。ごめん」と謝りながらシュークリームが入った箱を差し出した。


「なにそれ?」

「シュークリームだよ」

「──ありがとう」

「うん、許してくれる?」

「うん……」

「良かった!」


 安心した俺はリビングに行って、ソファに座る。


「──星子さんに占って貰った甲斐があったよ」


 俺がそう口にすると、星恵は気まずい様で、目を泳がせながら「ふーん……随分と懐かしい名前が出て来たわね」と、他人事のように返事をした。


 俺は星恵の方に顔を向けたまま「俺さ……星恵に星子さんを紹介して貰って、本当に良かったと思ってるよ。だって……星子さんと出会わなければ、君とはいつまでも単なるクラスメイトのままだったかもしれないんだから」


 ──俺がそう言っても、星恵は無言のままだった。少しして、星恵はシュークリームが乗った皿を両手に持って、こちらに近づいてくると、二つともテーブルの上に置いた。


 俺の隣に座ると「ねぇ、光輝」と話しかけてくる。


「ん? どうした?」

 

 星恵は俺に擦り寄ってくると「──私も今朝のこと言い過ぎた。ごめんね」と謝ってくれる。


「うぅん、大丈夫だよ」と、俺が返事をすると、星恵は俺の肩に頭を預けた。


「──私が居なくても、きっとあなたは圭子ちゃんと幸せになっていたと思う。だけど星子さんを紹介したことで、あなたは私と歩む道を進んでくれた。だから……私も星子さんに出会えて本当に良かったと思ってるよ」


 星恵はそう言って、幸せを噛み締めるかのようにソッと目を閉じる。俺は黙って星恵の顔を見つめた。


「──さて、あなたが買ってきてくれたシュークリームを食べましょうかね」

「うん」


 星恵はシュークリームを手に取り──美味しそうに頬張る。そして「う~ん、やっぱりここのシュークリームは美味しいわ」と、満面な笑みを浮かべた。


 本当……期待を裏切らないな。星恵は文化祭の時の様に、ホッペに生クリームを付けていた。


 星恵は首を傾げると「食べないの?」


「食べるよ。その前に──」と、俺はテーブルの上にあるティッシュを手に取ると、星恵のホッペに付いてる生クリームを拭った。


 星恵は顔を赤く染め、俯き加減で「えっと……もしかして、ついてた?」


「うん」

「あ、ありがとう……」

「どう致しまして。さーて、俺も食べるかな!」


 こうして俺達は仲直りをし、シュークリームを堪能しながら、あまーい一時を過ごした。


 その日の夜──寝る準備を済ませた俺は、直ぐに布団に入る。目を閉じ少しすると、「ねぇ、光輝……寝ちゃった?」と、星恵が話しかけてきた。


「いや、まだ」と俺が目を開けると、暗い部屋の中、星恵の携帯だけが光っていた。


「良かった」

「どうしたの?」

「ん──星子さん、復帰するって」

「え、本当!? 良かったじゃん!」

「うん……」


 布団に布が擦れる音がして──柔らかくて温かいものが俺の体に密着する。


「光輝の言葉、私の気持ち……ちゃんと星子さんに伝えたの。そうしたら星子さん、心をまた開いてくれて、やるって言ってくれたんだよ」

「ほぅ……それは照れ臭いけど、嬉しいな」

「うん。だから光輝……ありがとう」

「──うん、どう致しまして」

 

 俺達はそのまま眠りにつく──朝、携帯を確認すると、確かに星子さんから再開を告げるメールが届いていた。

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