第36話 一緒に勉強しない?

 月日が流れ、俺が受けた県外の大学の合格発表の日を迎える。俺は星恵ちゃんと一緒に結果を見るため、大学へと来ていた。


「あ~……緊張する」

「たくさん勉強したんだもん、大丈夫だって!」


 星恵ちゃんはそう言って、ギュッと俺の手を握ってくれた。温かい手が不思議と緊張を和らげてくれる。


「ありがとう、落ち着いた」

「うん!」


 ──構内にある大きな掲示板に来ると、俺達はゆっくりと立ち止まった。


「何番?」

「1101番」

「OK」


 俺はゆっくりと番号を探していく──。


「あ! あった!」と、星恵ちゃんが大きな声を出す。


「え! どこ!? どこ!?」

「ほら、あそこだよ!」


 星恵ちゃんは興奮しながら、掲示板を指さす──確かに俺の番号がそこに存在した。


「やった……受かった……」

「良かったね!」

「うん! 君が占ってくれた御陰だよ……ありがとう!」


 俺はそう言って、星恵ちゃんの手を取り、踊りだしそうなぐらい喜んだ。


 ※※※


 月日は流れ、俺は無事に希望の大学へと入学する。今日はオリエンテーションの日。県外の大学を選んだので、周り知り合いが居ない俺は、一人で講義室の一番前の席で待っていた。


 今日は特に座る席を指定されていない。だから来る人は次々と、後ろの席か、人が密集していない席を選んで座っていく。


 そりゃ、そうだよな。この講義室は長椅子タイプで座る席なんていくらでもある。わざわざ俺の隣を選んで座る訳が無い。俺が頬杖をついてボォーっと黒板を眺めていると、ファッと柑橘系の香水の匂いがする。


 近くに女子でも来たのかな? と、視線を横に向けると、「よいしょ……」と、水色のブラウスに青色のロングスカートを履いた黒髪ストレートロングの清楚系女子が、俺に近づいて来ていた。


 学園のアイドルになれそうなぐらい綺麗な女性だ。そんな女子がなぜ俺の横なんかに? と、疑問に思っていると、女子は人一人分ぐらい空けて立ち止まる。


「ここ、空いてますか?」


 女子がそう話しかけてきたが、勘違いだったら恥ずかしいので、とりあえず後ろを確認してみる──が、誰も居なかった。


「はい、空いてますよ」

「良かった。ここまで来て、ダメだったら面倒くさいもんね」

「そうですね……」


 女性は黒のハンドバッグを長机に置くと、座りながら「私の名前は飯田いいだ のぞみ。あなたの名前は?」と聞いてくる。


 随分と社交的な子だな……俺のクラスには居なかったタイプだ。


「俺は井上 光輝」

「光輝君ね。光輝君はここの人?」

「出身ってことですか? 違いますよ」

「違うんだぁ~。一緒、一緒」


 あ~、そういう事か。自分もそうだから心細くて、一人でいる俺の隣に来たのか。


「出身が違うもの同士、仲良くしようね!」

「はい、よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


 こうして俺は飯田さんと出会った。名前順に出席番号が割り振られている事もあって、出席番号順に受講しなければならない授業はいつも、飯田さんは俺の前になった。その事もあり、他の授業も一緒に受ける事が多く、俺達は仲良くなるのが早かった。


 そんなある日──ガヤガヤと騒がしい学食の端の方で、一人で昼飯を食べていると、飯田さんが俺の向かいにやってきて、テーブルにB定食を置く。


「あ~あ……A定食、売れ切れだった。今日は鶏の唐揚げの気分だったのになぁ」と、飯田さんは嘆きながら、俺の向かいに座る。


「まだ手をつけてないのあるから、俺のあげようか?」

「え、良いの? じゃあ、豚カツと交換ね!」


 飯田さんはそう言って小豆色の箸を手に取ると、豚カツを三切れ俺の皿に置く。そして唐揚げを二個、取っていった。


「そっちの方が少なくない?」

「大丈夫。唐揚げにはそれだけの価値があるの」


 飯田さんは手を合わせると「頂きます」と言って──唐揚げを美味しそうに食べ始める。


「そう。なら良いけど」

「ん~……美味しい」


 ──それから俺達は特に会話する内容もなく、黙々と食べ続ける。


「あ、光輝君。今日は何限まで入ってるの?」

「5まで」

「私と一緒だ。ねぇ、明日は英語の小テストがある日だよね? 終わった後、一緒に勉強しない?」

「良いよ。自習室で良い」


 俺がそう返事をすると、飯田さんは眉を顰めながら箸をトレイの上に乗せる。


「え~……うるさいから集中できなくない?」

「じゃあ何処が良いのさ」

「喋りながらやりたいし、図書館じゃ迷惑掛かるから……あなたのアパート?」

「はぁ!? 無理だろ」


 飯田さんは首を傾げながら「どうして?」


「どうしてって……ボロくて狭いアパートだし、片付けるの苦手だから、メッチャ汚いから……」

「そんなの気にしないよ。二人でサッサっと片付ければ良いじゃない」

「え~……ワンルームだし、料理の匂いとかも結構、残ってるよ?」

「平気、平気。だって私もそうだもん!」


 なかなか諦めてくれないなぁ……どうしたら諦めてくれるんだ?


「えっと──もしかしたら、いかがわしい本が出てくるかもしれないよ?」


 ドン引きされるのが嫌だったから、言いたくなかったけど、これなら引き下がってくれるだろう。


 飯田さんは笑顔で手をお辞儀させると「大丈夫、大丈夫。男の子の部屋なんだから、あるのは分かってるし、弟がいるから、そんなの慣れてるってぇ」


「慣れてるって……まぁ……何だ。とにかく良い歳した男女が二人だけで部屋にいるなんて、まずいだろ」


「ふーん……」と、飯田さんは頬杖をつくと、「何を想像しているのかしら?」とニヤつく。


「べ、別に何も……」

「何もねぇ」


 飯田さんが疑うような眼差しで俺をみている気がする。


「──だぁ……分かったよ! 授業が終わったら一時間ぐらい時間をくれない? 片付けしておくから」

「ふふ、分かった。待ち合わせ場所は?」

「大学近くの大きい本屋、分かる?」

「うん、分かる。じゃあ、そこで待ってるね」

「うん」


 飯田さんは俺の返事を聞くと、トレイを持って席を立ち、食器の返却口へ向かって歩いていく。俺は黙ってそれを見送った。


 まったく……飯田さんと話していると調子が狂っちまう。


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