第28話 頑張りなさいよって意味よ

 休みになると、俺は姉ちゃんと一緒に百貨店に向かった──。


「まさかあんたが、彼女の為に口紅を買う日が来るなんてねぇ」と、姉ちゃんはニヤニヤしながら俺を見る。


 ほら、こうやって直ぐにからかうから嫌なんだ。


「親には内緒だぞ」

「はいはい、分かってるわよ。で、予算はいくら?」

「5千円ぐらいかな……」


 俺がそういうと姉ちゃんは顔を顰める。え、まさかそれ以上するのか?


「物によってはそれ以上するかもだけど……まぁ良いわ。私の妹になるかもだし、足りなかったら援助してあげる!」

「本当!? サンキューな」

「うん」


 ──俺達は化粧品売り場に到着すると立ち止まる。


「さーて、お相手の星恵ちゃんだっけ? は、どんな顔だったかしら? 可愛いのは分かってるけど、高校以来、会ってないから、いまいち思い出せないのよね」

「あ、写真ある」


 俺はズボンから携帯を取り出し、姉ちゃんに見せる。


「あ~、そうそう。こんな感じだったわね。じゃあ──」と姉ちゃんは選び始めてくれる。


 自分の彼女なのに、ただ見ているだけで良いのか? ──いや、ダメだろ。そう思った俺は、一緒に口紅を選び始めた──。


「この色とかどう?」と俺が言って見本を指さすと、姉ちゃんは顔を顰める。


「ちょっと幼すぎるかな? あんた、試しにちょっと付けてみたら?」

「なんで俺が?」

「だってあんた似合いそうな顔してるんだもん」

「嫌だよ」

「はいはい」


 ──また俺は見本に目を向ける。あれが幼いなら……。


「あ、これなんてどう?」

「あぁ、良いんじゃない? それだったら大人になっても似合いそう」


 姉ちゃんはそう言って、俺が指差した見本を取り出し、指先に付ける。何色って言えば良いんだろ? 赤は赤だけど、真っ赤の様に濃い訳でもなく、どちらかというとオレンジに近い赤色だ。


「よーく覚えておきなさい。なんなら写真を撮っておくといいわ。これからあんたは褒めるために、星恵ちゃんの唇の色に敏感にならなきゃいけないんだから」

「う、うん。分かった」


 俺は姉ちゃんに言われた通り、写真を撮る。ついでに口紅の方も写真に撮っておいた。


「よし。じゃあ買っておいで」

「うん」


 ギリギリお金は足りたので、俺は製品の口紅を持ってレジに行く──買って戻ってくると、姉ちゃんは「帰りに百均に寄って、可愛い包装紙でも買うか」


「そうだね」


 俺達は二階にある百均に向かって歩き出す──。


「あ、ところで一つ気になる事があるんだけど」

「なに?」

「口紅を買うって言い出したのは、どっちなんだ?」

「えっと……星恵ちゃん──の方かな」

「へぇー……奥手そうな、あの子がねぇ……」

「どういう意味?」


 姉ちゃんは何故か、俺の肩をポンポンと叩くと「頑張りなさいよって意味よ」


 ※※※


 数日後、俺は誕生日プレゼントを星恵ちゃんに渡すため、一緒に帰っていた。俺はブレザーから口紅を取り出すと、星恵ちゃんに差し出す。


「はい。誕生日、おめでとう!」

「わぁ……ありがとう!」


 星恵ちゃんは嬉しそうにそう言って、受け取ってくれる。


「早速、開けて良い?」

「どうぞ」


「何だろう……」と、星恵ちゃんは丁寧に包装紙を剥がしていく。箱を開けると「あ……口紅だ」


「星恵ちゃんの好みの色か分からないけど……」


 俺がそう言うと、星恵ちゃんは口紅のキャップを外し、色を確認する。


「可愛い色だね……ワクワクしちゃう!」

「良かった……」

「一人で選んだの?」


 やっぱりそこを聞かれてしまったか……恥ずかしいけど、嘘ついても仕方ないし「──俺が選んだけど、姉ちゃんにアドバイスは貰った」


「あ~、なるほど!」


 星恵ちゃんはそう言うと、胸の前に口紅を持ってきて、両手で包み込むかのようにギュッと持ち「ふふ、ありがと! 大切にするからね!」


 本当に大切にしてくれそうな星恵ちゃんの仕草をみて、俺は心底、あげて良かったなと思った。

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