第9話 スローな日

 駐車場に車を駐めて、宿まで徒歩五分ほど。

 どこか懐かしい感じが漂う宿に向かい、玄関の扉を開くと賑やかな声が聞こえてきた。

「食堂併設なんだね。あとでいこう」

 私は笑った。

「ああ、もしかして警備隊長が連絡があった、ラシルさんたちかい?」

 カウンターから、人のよさそうなオジサンが笑った。

「はい、その通りです。一晩お世話になります」

 私はペコリと頭を下げた。

「いらっしゃい。部屋の鍵はこれだよ。ごゆっくり」

 私は鍵を受け取り、一本をビスコに手渡した。

「二階だね。それじゃ、部屋割りしよう。たまに一緒になるメンバーを変えてみるのも面白いよ。これも、楽しみ!」

 私は笑った。

 宿スペースは階段を上って二階が宿泊エリア。

 大分年季が入っているが、それが素朴な感じで好感が持てた。

「それじゃ、さっき割り当てた部屋に行こう!」

 私は笑った。

 ちなみに、各部屋メンバーは、私とアウリデケ、スーンとビスコで、エミリアとランスロット、リズ、テルとなっていた。

「それじゃ、落ち着いたら下の酒場で」

 私は笑い、部屋番号を確認して…恐らく数字だが読めなかった。

「あの、鍵の札に付いてる文字が読めないんだけど…」

 私は苦笑した。

「はい、こちらが一号で隣の二号です。どちらも変わらないと思います」

「そっか、ありがとう。私は一号を使うよ」

 私は笑顔でエミリアに二号の鍵を手渡し、一号の鍵で扉を開けて中に入った。

「さて、どのベッドにする?」

 私は笑った。

 これといってなにか置いてあるわけではないが、旅人が一夜を過ごすにはちょうど良かった。

「では、私は…」

 ビスコがスーンを連れて、窓際のベッドを取った。

「それじゃ、私とアウリデケはこっちの通路側だね。こだわりはないから、アウリデケがいいならこれで決まりだね」

 私は笑った。

「はい、どこでもいいですよ」

 アウリデケが、笑みを浮かべた。

 こうして、全員のベッドが決まり、私は自分のベッドに腰を下ろし、背嚢を置いて中身を確認した。

「えっと、水が十リットルにカラスラが二十個…。まあ、食料と水は大丈夫かな。これ以上、重くする必要はないね」

 私は笑った。

 水はいいとして、カラスラは乾パンの一種で、決して美味しくはないが、腹持ちがいいので、私たちの世界に住むエルフは、必ずといっていいほどこれを持ち歩くのが常だった。

「まあ、こっちはもっとまともだといいけど…」

 私は小さく笑った。

 みんなが荷物整理を終えて身軽になり、部屋を出て一階の酒場に下りると、先にエミリアたちが下りてきたらしく、席を確保してくれていた。

「あっ、こちらです」

 椅子に座ったエミリアが笑って手を挙げた。

「席を押さえていてくれたんだね。ありがとう」

 私は笑みを浮かべ、椅子に座った。

「適当に料理を注文しておきました。まずは、ドリンクを注文しましょう。全員の年齢が分からないのですが、大変申し訳ありません。ソフトドリンクでお願いします」

 エミリアが小さく頭を下げた。

「うん、分かった。私は冷たいお茶にしようかな…」

 と、こうして夕食がはじまった。


 どの料理も美味しく、最後のデザート代わりに頼んだ牛丼も食べて小さく笑った。

「みんな、お腹いっぱいになったら、あとは自由行動にしよう」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですね。すっかり夜になりましたので、私は部屋でランスロットに召喚術を教える事にします。みなさんは外出ですか?」

 エミリアが笑った。

「うん、ちょっとブラついてくるよ。みんなはどうするの?」

 私が問いかけると、テルが私の隣にきた。

「私はラシルさんと行動します。面白そうなので」

 テルが笑った。

「うーん、なにが面白いのか分からないけど、一緒にいこうか」

「はい、よろしくお願いします」

 テルが笑顔になった。

「それじゃ、あたしも同行しようかな。魔法使いは必要だよ!」

 リズが笑い、私は小さく息を吐いた。

「…魔法は私も使えたのに。エルフ魔法も特級Sランクだったのに。使えないと、この上なく怖い」

 私がもう一度息を吐くと、リズが私の右肩に手を置いた。

「あたしも、何度となく魔法が使えなくなった事があるからね。不安なのはよく分かるよ。大丈夫、危険があったらサポートするから!」

 リズが笑った。

「私も同行するよ。ここは店もたくさんあるし、魔法書の在庫も豊富。だから、ラシルも片っ端から読めば使えるようになるかもしれないよ」

 スーンが笑った。

「では、私はここで飲んでいます。なにかあったら、無線で連絡を下さい。すっ飛んでいきますから」

 ビスコが笑みを浮かべた。

「私はちょっと魔法の練習に行きます。色々とやりたい事があるので」

 アウリデケが笑った。

「よし、決まったね。それじゃ、行こう。念のため、防具と剣を装備していくか」

 私は笑った。


 みんなで一度部屋に戻り、防具と武器を手にして一階に集合し、私たちは夜の町に繰り出した。

 昼間ここを通過したときは大騒ぎだったが、今は商人の客寄せの声が響いていた。

「ラシル、この店は魔法屋だよ。入ってみよう!」

 元気なスーンに手を引かれるまま、私はポコッと膨らんだ、まるでドームのような建物の中に入った。

「いらっしゃい。見ない顔だね。旅人か冒険者たちだね」

 店内のオバチャンが笑みを浮かべた。

「はい、旅をしている者です。なにかいい本がないかと…」

 私は苦笑して、事情を説明した。

 すると、オバチャンがハタキを取り落とし、目を白黒させた。

「やっぱり、信じられないですよね。異世界に召喚された事まで話しちゃったけど。あれ?」

 オバチャンだけではなく、みんなが目を丸くした。

 しかし、これを話さない始まらない。

 結果、こうなる事は大体予想していた。

「あはは…どうしよう、これ」

 私は苦笑した。

「あ、あの…そうなると、ここに置いてある本ではいくら読んでも難しいね。ちょっと待って裏に確か」

 オバチャンが慌てた様子で店の奥に入り、スーンが空間ポケットを開いて中からスケッチブックを取りだした。

「似顔絵描かせて。私の癖なんだよ、腕には自信があるから、もうちょっと待ってね」

 スーンが色鉛筆で暖色を基調にした私の横顔を描いて、私に手渡してきた。

「へぇ、凄いね。この短時間で…」

 私は心底驚いた。

「うん、慣れてるから。私の魔物コレクションを見る?」

 スーンが笑った。

 しかし、その暇はないようで、オバチャンが古ぼけた分厚い書物を持ってきた。

「年代物だよ。魔法発祥まで分かる。普通は売らないけど、お姉さんには必要だと思うよ。他に売る当てもなく痛んでいくだけだから、なにか買ってくれたらサービスするよ!」

 オバチャンが威勢良く笑った。

「えっと…。こっちのお金は慣れていないんだけど、これいくら?」

 私はなんだか分からないが、魔法薬の瓶を指さした。

「それ、下剤だよ。そっちの緑が体力回復かな。お金があるなら、全部買っていってちょうだい!」

 オバチャンが笑った。

「えっと、お金の価値がまだ分からないな。金貨しか持っていないんだけど、足りる?」 私がそっというと、オバチャンが固まった。

「き、金貨…。それだけあったら、このボロい店を直せるよ。雨漏りに悩まされるのは、もう嫌だからね。この本の代金を取ったとしても、お釣りが足りないよ!」

 オバチャンが笑った。

「あっ、お釣りはいいです。とんでもない価値だと分かりました」

 私は財布から金貨一枚を取り出し、カウンターに置いた。

「よし、この際だ。店の改装をしよう。色々魔道具や魔法書があるけど、全部持っていっていきな。これが金貨ね。滅多に見ないから忘れていたよ!」

「えっ、そういうわけには…」

 私は慌てて両手を振った。

「遠慮しない。ほら!」

 結局、オバチャンの強力な圧しに負け、私は店の全商品を譲り受ける事となった。

「それじゃ、またね。その頃には、新しい店舗になっていると思うよ。こだわりでドーム形はそのままにするけど、中身は別物にするから」

 オバチャンが笑い、私はお礼の挨拶をして店から出た。

「なんか、凄まじい買い物しちゃったな。大人買いしちゃったよ」

 みんなと町中を歩きながら、私は苦笑した。

「ねぇ、あとでそのボロい本を読ませて。恐らく、とんでもない魔法書だと思うよ。ビスコには内緒ね!」

 スーンが笑った。

「いいけど、頭がぶっ飛んだりしないよね?」

「大丈夫だよ。魔法書は人を選ぶっていってね。各個人に見合った事しか教えてくれない。だから、おかしくはならないよ!」

 私の問いにスーンが笑った。

「そっか、ならいいけど。さて、どこにいこうか。金貨はとんでもなく高価値だって分かったから変に目立っちゃうし、他では買い物しないけど」

 私は笑った。

「その方がいいです。うっかり金貨を持っていると思われたら…ほら、きた」

 テルが笑みを浮かべ、剣をスラッと抜いた。

「あーあ、きちゃった。逃げる?」

 指をバキバキ鳴らしながら、リズがそうそうに呪文を唱えはじめた。

「やっぱり、目立っちゃったか」

 私は剣を抜き、ナイフを構えて接近してくるオヤジども十名ほどの輩を前に、小さく笑った。

「リズ、どんな魔法か分からないけど、派手なのはやめてね」

 私は苦笑した。

「違う。声を遠くに飛ばす魔法で、この町の熱血警備隊長に通報しただけ。こっちはギリギリまで我慢して!」

 リズが声を飛ばした。

「分かった。とりあえず、剣を構えてみて…」

 私はテルと共に剣を構え、魔法使いのリズを後衛に置いた。

 ついでに、私は剣に念じて刀身を赤く光らせ、さも銘のある魔法剣っぽくしてみた。

 それで怖じ気づいたか、こちらに向かってきたチンピラらしきやからが動きを止めた。

「なんだ、少しは気骨があるのかと思ったけど、どいつもこいつもタマ無しか。相手はただの小娘三匹だぞ!」

 私は笑って挑発した。

 これで、散けて攻撃してきたら、その時はその時で、町をぶっ壊さない程度に暴れればいい。簡単な事だった。

「あーあ、挑発しちゃって!」

 リズが笑った。

 ほぼ同時に、熱い隊長が部下を連れて、あっという間にチンピラどもを捕縛した。

「おう、普通は気が付くんだが、俺も隊員たちも昼の魔物退治対処で疲れていたかもな。今後は大丈夫だ。ゆっくりしてくれ」

 隊長が笑みを見せた。


 騒ぎも収まり一通り村を周り宿に戻ると、ビスコとアウリデケが一緒にお酒を飲んでいた。

「あっ、お帰りなさい。楽しめましたか?」

「うん、楽しかった。金貨を使って買い物したら、どこかでみていたんだろうね。お約束のチンピラ登場だったけど、警備隊が片付けてくれたよ」

 私は笑った。

「そうですか。あまり無理をしないようにして下さいね。それはそうと、アウリデケが色々情報を集めてくれたので、それを基にカラカル島へのルートを考えました。ここから、フェリー乗り場があるクレスタまでは、ここから丸一日かかります。それから、フェリーの夜行便で移動すれば、翌日の昼前には到着できます。あとは、アウリデケさんの判断に任せました。道中、色々あるでしょう」

 エミリアが笑った。

「そうなんだ。結構遠いんだね」

 私は笑った。

「はい、空の便もあるのですが、一日一往復しかありませんし、島での移動手段がありません。やはり、車が正解でしょう」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「そっか、じゃあ今日は早寝した方がいいね」

 私は笑った。

「そうですね。でも、その前に一杯。皆さんもどうぞ」

 お酒が入っているグラスを手にしながら、ビスコが笑った。

「はじまった。ビスコに付き合うと長いよ。まあ、程ほどに」

「私たちはお酒がまだ飲めないけど、椅子を暖める程度にご一緒するよ」

 スーンが笑い、私たちはテーブルを囲んだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る