第33話 本音

「さーて、そろそろ私たちは帰ることにするか」

マネージャーが立ち上がりジヘとテヒに向かって目配せをする。ジヘとテヒもその意味に気が付き

「そうね、じゃあ、あとは二人で楽しんでください」

と、言うと、二人は立ち上がる。マネージャーは久しぶりに再会した二人に、少しでも長く二人でいられるよう気を使ったのであった。すると、ユリは本木に目配せをして

「テヒ!ちょっとこっちに来て!」

と、言って、テヒをトイレの方へと連れて行く。本木もジヘの腕を掴み

「ジヘさん、ちょっと来て下さい」

と、出口の方へと連れて行った。残されたマネージャーはキョトンとしながら二人が帰るのを待った。

「テヒ、ジヘさんのこと、どう思っているの?」

ユリがテヒに聞く。するとテヒは慌てて

「姉さん、何を言い出すの・・・ジヘさんは・・・友達よ」

ユリはテヒを笑顔で見つめ

「テヒ、自分に嘘は良くないわ、正直に自分の気持ちをジヘさんに言うのよ」

「どうして私が彼に『好き』だなんて言わなきゃいけないの・・・」

「あら、私、あなたの正直な気持ちが『好き』なんて言ってないわよ」

ユリがいたずらっぽく言った。

「姉さん!・・・そういう意味で言ったんじゃないけど・・・」

テヒは顔を赤らめながら答え、うつむいた。そんなテヒの肩をユリは優しく抱きしめ

「いい?今夜必ず伝えなさい。あなたの『正直な気持ち』を。今夜はっきりさせないとダメよ」

と、言って、テヒを出口まで送る。

「ジヘさん、今夜必ず伝えてください。あなたの気持ちを言ってくれるのを、テヒさんはきっと待ってますから」

一方の本木も出口でジヘに伝えた。四人が出口で会うと、本木とユリは

「私たちはまだ残るから。今日はありがとう」

と、言って、店へと戻っていった。残された二人はお互いに目を合わせずにいた。、

「あの・・・」

二人は同時に言葉を掛けてしまい、また、黙り込む。痺れを切らしたジヘが

「ちょっと飲みにでも行こうか?」

と、誘うと、テヒも黙ってうなずいた。

本木とユリは席に戻ると一人でいたマネージャーに声をかける。

「マネージャー、ジヘとテヒは急用があるって帰りました」

「えっ?帰ったの?・・・そうか、じゃあ、私も失礼するよ」

「今日はありがとうございました」

本木がマネージャーを見送った。本木とユリは顔を合わせ吹き出す。

「うまくいくといいわね」

「うん。きっと大丈夫だよ」

二人はジヘとテヒが恋人として歩んでいくことを望み、今夜きっかけを作ってあげた。

「それじゃ、僕達も出ようか」

「うん」

二人も店を出て行った。


ジヘとテヒは静かなラウンジへと来ていた。本木とユリから言われた一言のせいで、二人は席についてからも、なんとなくギクシャクしていた。雰囲気を変えるべくジヘが話し始めた。

「ユリは綺麗になったよな・・・」

それを聞いたテヒは一瞬ムッとした表情になるが、すぐに笑顔になって

「本木さんの素敵さは変わらないわ・・・」

と、ジヘに当てつけるように言った。ジヘも面白くない表情になり

「嫌味で言っているのか?」

「何が?」

「お前のそういうところが、ユリにかなわないんだよ。かわいくないな・・・」

「あら、本木さんなら決してそのデリカシーのない言葉を私に言ったりしないわ!」

「何言ってるんだよ。本木さんだってお前のその生意気な態度を見れば絶対小言の一言ぐらい言ってるよ!」

「ユリ姉さんだって、あなたのその女性を優しく扱わない態度を見たら幻滅するわ!」

「あれ?誰が女性だって?俺の目の前には女性と呼べる人はいないが・・・」

「目がおかしいんじゃないの?こんなに素敵な女性が目の前にいるのに、気が付かないなんて!」

「お前こそ、こんなに素敵な男性の魅力がわからないのか!」

「何よ!」

「なんだよ!」

お互いはじっとにらみ合うが、そっぽを向いてしまう。そこへウェイターが飲み物を持ってきてお互い少し冷静になる。ジヘはウェイターが去るとテヒを見て

「俺といるのが嫌か?」

と、聞いた。

「どういう意味?」

テヒはジヘを睨みながら聞き返す。

「だから、俺といるのは嫌かと聞いているんだ!」

「あなたはどうなのよ!私といるの嫌なの?」

「先に答えろよ!」

「男から言ってよ」

「わかった!俺は一緒にいたいよ!」

ジヘが大声で言うとテヒの表情は固まった。ジヘは冷静になりテヒを見つめ

「いろいろ言ったけど・・・最後に一緒にいたいと思うのはお前だけだ・・・」

と、照れたように言った。テヒは驚いた表情で聞いていたが、冷静になり

「何よ・・・急にそんなこと言って・・・」

と、言って、うつむく。

「このままでいたら・・・お前が遠くに行きそうな気がしたから・・・」

ジヘは真面目な顔でうつむきながら言った。そんなジヘの姿を見てテヒは微笑み

「よく考えれば私の心の支えはいつもあなただったわ・・・」

と、答えた。ジヘは驚いて顔を上げテヒを見つめる。

「私にとって大変だったとき、今まで誰が側にいてくれたか良く考えたわ・・・いつも側にいて勇気付けてくれたのは・・・あなただった」

テヒの言葉を聞いた後、ジヘも微笑みながら、

「僕は君に何もしてないよ・・・逆に僕の方こそ君の笑顔に勇気付けられていた・・・」

と、答え、テヒの手を握る。そして

「今まで側にいてくれてありがとう。これからもずっと側にいて欲しい・・・」

と、自分の素直な気持ちを打ち明けた。

「私も同じ気持ちよ。ずっと側にいます」

テヒも正直に答え、ジヘの手に口付けをする。二人はともに微笑みあい、これからも一緒にいることを誓った。二人はようやくお互いを恋人として認識した瞬間であった。


一方、本木とユリは人気のない公園へと来ていた。二人はベンチに腰掛け寄り添っていた。本木は公園の風景を見て、ユリと出会った時のことを思い出していた。するとユリが

「今、何を考えているの?」

と、尋ねた。本木はユリを見て

「君と出会った時のことを思い出していたんだ・・・何か随分昔のことのようにも感じるよ・・・」

「本当!実は私も同じ事を思い出していたわ。いろいろあったから本当に昔のことのようね」

二人は向き合い笑い出す。しばらくして本木が言った。

「これからも、一緒にたくさんの思い出を作っていこう!」

「うん」

ユリは本木の肩にもたれかかる。そして

「本木さん・・・家に来ない?」

「勿論、家まで送るよ」

本木が答えると、ユリは本木を軽くつねる。

「イタ!」

本木が驚いてユリを見ると、ユリは本木を睨む。しかし、また肩にもたれかかりながら、

「本木さん・・・今夜は一緒にいたい・・・」

と、伝えた。本木は一瞬驚くが、すぐに

「・・・僕も同じ気持ちだよ・・・一緒にいよう」

と、言って、ユリを抱き寄せる。二人は、はじめて一夜を共にした。


ユリの家で一夜を明かした本木は、ベットにユリがいないことに気が付く。そしてリビングへと歩いて行った。

「おはよう!」

本木の姿に気が付いたユリが言った。

「おはよう」

本木も答えた。ユリは本木に微笑むと朝食の仕度へと戻る。本木は台所に近づくと、ユリの手際よい姿を見て、何かを感じていた。

「何?何か言いたそう!」

黙って見つめる本木を見て、ユリは不思議に思い、本木を軽く睨む。本木は優しく微笑み

「幸せを感じる瞬間というのは、突然やってくるものなんだね」

と、呟くように言った。すると、ユリは微笑ながら、本木に近づく。本木はユリを抱きしめた。ユリは本木の顔を見つめ

「これからは、私以外の女性のこと考えちゃダメ!」

と、しかるような口調で言った。その言葉に本木は驚いたような表情を見せ

「それを言うなら僕のほうだ。君には全国・いや世界に何万人というファンがいるじゃないか?」

「女優の私を好きになったの?私自身を見てくれたのはあなただけ・・・そんなあなたを私は好きになったのよ」

ユリは本木を軽く睨みながら答えた。本木が笑顔で見つめるとユリは続けて

「あなたは自分がモテることを知らないのよ。知らない間に女性を好きにさせているんだから・・・」

と、すねたように言った。

「僕がモテる?・・・誰が僕を好きなの?教えて!」

本木はとぼけた顔で、わざといたずらに聞いた。

「知らない!もし知ってても絶対に教えない!」

ユリはますますふくれて言い、。本木から逃げていく。本木は笑いながらユリを追いかけ、ユリを捕まえると、後ろから抱きしめて

「君は君で女優だろうがなんだろうが関係ない、君自身を僕は愛している、側にいる君しか目に入らないよ」

と、優しく語りかけた。その言葉を聞いたユリは嬉しそうに微笑むが、本木には勝ち誇ったような表情を見せて

「よーし、許す」

と、おどけて言った。お互い笑い合い、本木はユリを抱き上げた。


その日、本木は帰国するため空港まで来ていた。ユリも変装をして本木を見送る。

「それじゃ、今度の休み、うちの両親に挨拶に行こう!」

「うん。わかった。休みが決まったら連絡する」

「それじゃ!」

本木はユリに手を振り空港の中へと消えていった。ユリは手を振りつづけた。その様子を見つめる一人の女性がいた。

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