第26話 プロポーズ
本木は韓国に到着するや否や、すぐにユリへ連絡する。
「もしもし、ユリさん?」
「本木さん?今どこ?」
「空港だよ、これからホテルへ向かうところ」
「そう、今夜から休めるから夜会わない?」
「わかった。それじゃ、また夜に」
本木は電話を切った後、久しぶりの再会に心が躍った。ユリも同様の気持ちであった。二人は夜、会えることを楽しみに待った。
「何か随分会ってなかった気がするわ」
ユリは本木と会うなり言った。二人は夜、久しぶりに夕食をともにしていた。
「・・・そうかな・・・」
本木は何かそわそわしながら言った。そんな本木の様子を不思議そうにユリは見つめ、
「・・・どうしたの?何かあった?」
ユリの言葉に本木は我に返り
「いや!別になんでもないよ・・・」
「なんだか悩み事でもある顔をしてるわ・・・」
本木は一旦下を向いて、何かを決心し、ポケットから箱を取り出し、
「ユリさん・・・受け取って欲しい・・・」
と、言って、ユリに差し出す。
「なあに?」
「僕の今の気持ちです・・・」
本木はユリをじっと見つめ言った。ユリが箱を開けると
「・・・これって・・・」
「君に似合うと思って買ったんだ・・・それに単にプレゼントだけの意味ではないんだ・・・」
ユリは箱の中身を取り出す。それはダイヤモンドが輝く指輪だった。ユリにはそれが何を意味するものかわかったが、敢えてはにかんだ笑顔で本木を見つめ
「プレゼント以外の意味って何?」
と、聞いた。本木は深呼吸をして
「僕と・・・結婚してください・・・」
と、言って、ユリに頭を下げる。しかしユリは何も言わなかった。本木は合格発表を待つような気分でユリの返事を待っていた。するとユリは指輪を箱に戻して本木の前へ差し返した。本木は愕然とした表情でユリを見上げると、ユリは真剣な表情で言った。
「本木さん・・・だめよ・・・」
「ユリさん・・・そうなんだ・・・」
本木が落ち込んで箱を受け取ると、ユリは笑顔で
「私に指輪をはめながらプロポーズの言葉は言ってくれなきゃ・・・お願い、もう一度言って」
本木は地獄から天国に逆戻りしたように笑顔になり、言われたとおり箱から指輪を取り出し、ユリの手を握り指輪をはめ、
「僕と結婚して欲しい、一生大切にするから・・・」
と、言った。
「ありがとう、一生あなたに付いて行くわ」
ユリは本木を笑顔でじっと見つめて言った。するとユリの目からは涙がこぼれた。本木は少し心配な顔をして、
「大丈夫・・・何か僕の言い方が変だった?」
すると、ユリははにかんだように笑い
「馬鹿・・・本当に嬉しくて泣いちゃったの・・・本当に嬉しかったから・・・」
と、言った。本木は立ち上がりユリの隣に移ると優しく抱き寄せた。ユリも本木の胸に顔をうずめて、嬉し涙をこぼした。
「ユリさん・・・ありがとう・・・これからはずっと一緒にいられるね」
「・・・うん・・・」
「愛してるよ・・・本当に君のことを愛してる」
「私も・・・愛してるわ」
本木もユリも笑顔で見つめ合い、互いの気持ちを嬉しく感じた。
帰り際、本木はユリの手を握りながら
「早い内に君のお父さんに会いたいな」
「本木さん・・・」
「実は今回の休暇も父さんがくれたんだ・・・早く君のお父さんに挨拶して来いって」
ユリは本木を笑顔で見つめ
「そうだったの・・・お父さんがそう言ってくれたこともうれしいわ、近い内に紹介するわ」
「わかった。じゃあ、また」
「それじゃ」
二人は別れた。本木の足取りはいつもより軽く感じた。何か大切な行事を無事終わらせた気分であった。
次の日、婚約指輪をしたユリの姿をジヘとユリは見つけ冷やかした。
「あれ?その大きなダイヤモンドは何?」
ジヘがとぼけた顔をして聞いた。
「もしかして自分へのご褒美で買ったの?」
テヒもとぼけて聞いた。照れるユリは
「何よ・・・わかってるくせに・・・」
と、言って、逃げよとする。ジヘとテヒはユリを囲み
「だめ!ちゃんと『誰』から『何のため』にもらったか教えてくれなきゃ!」
ジヘが言うとテヒも
「そうそう、あとその時の状況とユリ姉さんの返事も克明に教えて!」
ユリは顔を赤らめて二人を睨んだが、諦めたように笑顔になり椅子に座った。
「わかったわ!何でも聞いて!あまりにも幸せな状況で二人とも自分がかわいそうになっても知らないから・・・」
ユリの言葉にジヘとテヒはお互いを見て
「じゃあ、今から尋問します」
と、言って、質問攻めにした。その様子をマネージャーも笑顔で見つめていた。マネージャーに気が付くとユリは近づいて行き、
「マネージャー、おはようございます」
「おはよう、さて、いろいろ聞かせてもらったからお惚気はもういいですよ、それに独身の私には刺激が強すぎるしね・・・」
と、言って、笑った。するとユリはマネージャーを睨みマネージャーのお腹を肘打ちした。
「おっと、暴力的なところは本木さん知っているのかな?」
「マネージャー!」
と、ユリが言うと、マネージャーは真面目な顔で
「ユリ・・・おめでとう、幸せにな」
と、ユリの肩を叩きながら言った。
「ありがとう、幸せになります」
ユリもマネージャーへ笑顔で返した。するとジヘが
「ユリ、お父さんにはいつ紹介するんだ?」
「うん、近い内に本木さんを実家に連れて行こうと思って」
「そうか、本木さんにとっては一生に一度の大仕事だからな、お前もフォローしてやれよ」
「・・・そうか・・・ありがとう」
ユリは自分の父親に会うことが、本木にとってどれだけ勇気がいることか気が付いた。
「ところで赤ちゃんのご予定は?」
と、テヒがレポーターの真似をして聞くと、ユリも我に返り
「テヒ!」
と、言って、叩くポーズをする。テヒは慌ててジヘの後ろに回った。すると今度はユリが冷やかしたように
「あら、知らない間に随分お二人仲がよろしくなって・・・もしかしてお付き合いしているんですか?」
と、聞いた。するとジヘの後ろにいたテヒが慌ててジヘから離れ、
「な、何言ってるの、姉さん・・・なんでもないわよ・・・」
と、照れながら言った。その言葉を聞いたジヘは
「何も無いって・・・それはないだろ」
「何!何かあったとでも言うの?」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・」
「わかったわ、喧嘩はやめて」
ユリは二人のやり取りを笑顔で見つめ言った。するとジヘは照れながら
「じゃあ、俺、先に行きます・・・」
と、言って、マネージャーと一緒に部屋を出て行った。するとユリはテヒの前に行き
「テヒ、大切にしなきゃだめよ」
「姉さん・・・」
「あなたのこと、彼は本当に大切に思ってるわ、だからあなたも彼の気持ちを理解しなきゃ、あなたも本当は自分の気持ちをわかってるでしょ」
ユリが言うとテヒは笑顔になり、部屋を出てジヘを追いかけて行った。その様子をユリも笑顔で見つめていた。
数日後、ユリは本木を自分の生まれ故郷に連れて行った。そこは緑豊かな人の少ない田舎町であった。
「いやー空気が綺麗だね」
「そう?でも私も久しぶりだから何か新鮮な感じだわ・・・」
「あまり戻ってきてなかったの?」
「うん・・・仕事を理由にあまり来られなくて・・・親不孝者ね」
ユリがうつむきながら言うと、本木はユリの肩を抱いて
「そんなことないよ!君が家族を大切に思っていることはお父さんだってきっとわかってくれているよ」
と、言った。本木の言葉にユリも笑顔になり、
「ありがとう・・・そうだ、本木さん、近くに綺麗な海があるの、行って見る?」
「うん!行こうよ」
二人は手をつなぎながら走って言った。
平日のしかも小さな海辺ということもあって、海辺には誰もいなかった。二人は浜を歩き、貝殻を拾ったり波打ち際を裸足で歩いたりして楽しんでいた。しばらくして二人は浜辺で横たわり空を見ていた。
「はー、気持ちいいね!」
本木が言うとユリも
「本当に!あなたといると何もかもが新鮮に感じるわ」
「・・・ここがこれから僕の第二の故郷になるんだね・・・」
本木が感慨深く言った。するとユリは起き上がり、本木を見つめながら
「今夜、私だけで先に父に会って、本木さんの話をするから・・・だから明日、父に会ってくれる」
と、言った。本木はユリを見つめるがユリは続けて言った。
「本木さん・・・あまり緊張しないでね、本木さんにとって私の父に会うことが、どれだけ勇気のいることか私わからなくてごめんなさい・・・」
そんなユリの言葉を聞いて、本木も起き上がり
「大丈夫!お父さんの許しをもらえれば、これで晴れて二人は結婚出来るんだ、こんなに嬉しいことはないよ」
「本木さん・・・」
本木はユリを抱き寄せ、おでこにキスをした。
本木を近くのホテルへ送った後、ユリは実家へ帰宅する。
「ただいま!お父さん」
「ユリ・・・」
突然の帰宅に父親のキム・ソンホンは驚く。
「なあに?幽霊でも見る顔して?」
「いや・・・突然だったから・・・まあ上がれや」
二人は居間で向き合って座った。しばらくお互い黙っていたが、ユリが話し出す。
「お父さん、元気にしていた?」
「ああ」
「ちゃんと食べてる?」
「心配せんでも大丈夫だ、それよりお前も頑張っているようだな」
「うん、忙しいけど、充実してるわ」
「そうか・・・いや・・・お前を見たとき随分変わったように感じてな」
「どんな風に?」
「いや・・・そのなんて言うか・・・」
ソンホンはうつむきながら
「綺麗になったよ・・・」
と、照れながら言った。ユリも嬉しそうに
「ありがとう。お父さんのお陰よ」
「いや、俺は何もしてないよ」
「ううん、今まで母さんがいなかった分、私を育てるのに大変だったと思うし・・・感謝してるわ」
ユリの言葉に父は感慨深い思いに駆られた。二人はその後もお互いの近況を話し打ち解けていった。そしてユりは本題を切り出す。
「あのね・・・父さん」
「なんだ」
「明日、会って欲しい人がいるの・・・」
ソンホンは一瞬驚くがすぐに笑顔になり
「お前が突然現れたから、その話ではないかと思ってはいたよ」
「父さん・・・」
「そうか・・・お前もそんな年か・・・」
感慨深く話すソンホンを見てユリは何も言えずにいた。するとソンホンは
「お前には苦労をかけた分、幸せになって欲しい」
「そんな・・・苦労だなんて・・・」
「わかった。会うよ。連れてきなさい」
「ありがとう!お父さん」
「それじゃ、明日待ってるから」
ユリは電話を切った。本木に明日、父が会うことを快諾してくれたことを連絡したのだ。本木も不安そうだったがユリからの電話で少し安心したようだった。電話を切るとユリは自分の部屋を見渡した。懐かしさが込み上げてきた。部屋のいろいろなものを触っては過去を思い出していた。確かに今まで苦労をしてきた。しかし女優として成功したのも過去の辛い思いが支えになっていたと、今は思えるようになっていた。ユリは本木と明日、父に結婚の報告をするのを楽しみに床に入った。
次の日、本木はスーツ姿で現れた。手には日本からのお土産を持っていた。非常に緊張した顔をした本木を見てユリは思わず吹き出す。
「どうしたの?スーツなんか着て?」
「いや、やはり最初が肝心だと思って・・・変かな?」
ユリは黙って首を振り、本木と腕を組んで
「さあ、行きましょう」
と、言って、本木を引っ張って行った。本木は不安げな顔をしたまま
「やっぱり変かな?どうかな?」
と、言いつづけていた。
「はじめまして・・・」
本木は頭を下げ挨拶する。
「よく来てくれた。さあ、掛けたまえ」
ソンホンも笑顔で迎え、本木を居間へ通す。お互い緊張した面持ちでいたが、笑顔でいた。すると本木が
「私、本木一哉と申します。これつまらないものですが日本のお土産です。どうぞお納めください」
と、自己紹介し、お土産をソンホンへ差し出す。すると、今まで笑顔でいたソンホンの表情が突然曇り
「本木一哉さん・・・日本の方ですか・・・」
「はい、日本の広告代理店で働いています」
「本木さんはこの若さで専務なのよ」
ユリが自慢下に紹介した。
「広告代理店の本木・・・本木さんと言いましたな?」
「はい」
「もしかしてお父さんは本木純一さんかね」
「えっ、そうですが・・・父をご存知ですか?」
本木が不思議そうな顔をする。ユリも驚いてソンホンの顔を見るとソンホンは、
「いや、昔、そのような名前の方を知っていたから・・・気にせんでください」
「はあ・・・」
その後、ユリが中心となって本木と一緒に行った仕事の話などをする。しかしソンホンは表情を曇らせたままほとんど話しに反応しなかった。本木もユリも何か様子がおかしいソンホンの姿を不思議そうに見ていた。しばらくして、本木が本題の結婚の話を切り出した。
「お父さん、ユリさんと結婚させてください。必ず幸せにして見せます」
本木が頭を下げて言った。ユリも
「お父さん、お願いします」
と、続いて言って頭を下げる。ソンホンはしばらく黙っていたが
「君にはなにも罪がないが、それは許されない」
と、言って、部屋を出て行ってしまった。呆気にとられた本木とユリはお互いを見る。ユリは慌ててソンホンを追いかけようとするが、本木が止め
「お父さんも突然で驚いたんだろう・・・今日はしょうがないよ」
と、言って、立ち上がる。そして、ソンホンが消えたほうに向かって
「お父さん、突然失礼致しました。また、お願いにあがります」
そう言うと、本木は帰る仕度をした。
帰り道、二人は沈んだ面持ちで歩いていた。本木はユリが責任を感じていると思い、敢えて明るく
「どの父親も娘の結婚相手に対して良い印象はないものだよ、大丈夫、またお願いするよ」
「本木さん・・・」
「何度でもお父さんが認めてくれるまで、お願いする。決して諦めないから」
「ごめんなさい・・・私も今夜、父を説得するから」
本木は笑顔でユリを抱きしめ、ホテルへ帰っていった。ユリは父を説得するため家へと向かった。
その夜、ユリはソンホンを説得する。
「お父さん、何故なの?何故反対するの?」
ソンホンは一言、
「ともかく、彼との結婚は許せん」
と、言って、ユリから目をそらす。ユリはソンホンの手を取り
「お父さん、私には彼しかいないの・・・わかってください」
と、涙目で訴える。しかし、ソンホンは黙ったままであった。ユリは続けて
「彼はありのままの私を愛してくれているの、それに彼とは運命的なものを感じる・・・私には彼が必要なの・・・だから、結婚を許してください・・・」
ユリはソンホンに頭を下げる。ソンホンが立ち上がろうとするとユリは、
「お父さん!反対する理由も教えてくれないの?」
と、ソンホンの腕を掴み必死に言った。ソンホンも立ち止まり
「お前は知らないほうが良い・・・だからあの人のことは忘れなさい・・・」
「嫌です!そんなこと出来ない・・・お願い聞かせてください」
ソンホンはしばらく考え、ユリの方を向き
「わかった、そこまで言うのなら全て話そう」
と、言って、ユリの前に座った。
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