第16話 本心
ジヘの優しさに包まれ、テヒは指輪をユリに返す決心をする。しかし、どうやって返すべきかを悩んでいた。ユリに自分が盗んだことを言うのが怖かった。テヒは悩み考え込む。
「テヒ、どうした?」
「マネージャー」
「何か悩み事か?」
悩みこんでいるテヒを見てマネージャーは聞いた。しかしテヒは何も答えられず黙り込む。その様子を不思議そうにマネージャーは見つめ
「どうしたんだ・・・俺にも話せないことか?」
と、優しく聞く。
「マネージャー、私、どうしたらいいか・・・」
テヒは呟いた後、意を決してマネージャーに話し出す。テヒはユリの指輪がなくなったこと、その指輪が本木からユリへのプレゼントであること、そしてユリは自分のためにその指輪をネックレスとして、他人にはわからないように大切に身に付けていたこと、そして、
「・・・私はその指輪が憎かった・・・、だから、その指輪を私が盗んだんです、でも、これは私が持っていてはいけないとわかった・・・でも、ユリ姉さんに直接返せなくって・・・」
マネージャーはユリの本木への愛情を再認識するのと同時に、テヒの苦しみもわかった。そして優しくテヒに言った。
「そうか・・・でも、その指輪の大切さがわかっただけでも成長したな・・・、よし、それは俺が預かる」
「マネージャー・・・」
「俺が何とかする、但し、この指輪を返すということはユリを応援するということだ。言っている意味がわかるな?」
テヒはうつむき黙り込む。
「テヒ、お前の気持ちもわかるが、お前もうすうす気が付いているだろう。あの二人は運命的な関係なのかも知れない。だからこの指輪がお前の心を動かしたのかも・・・これからはその運命を二人に気が付かせてあげよう。いいよな?」
「・・・わかりました。私も本木さんが幸せになるなら・・・諦めます」
テヒは無理やり笑顔を作り、マネージャーに指輪を差し出す。マネージャーは指輪を受け取りテヒの肩をやさしく叩き、
「テヒ、よく言ってくれた・・・」
と、言って、彼女と二人部屋を出て行った。
テヒは指輪をマネージャーに渡し、その後、本木のもとに向かった。テヒ自信、ユリのためにしてやらなければいけないことがあると思ったからだ。
「本木さん!」
「テヒさん、何?」
「ちょっと話がしたいんだけど・・・」
「そう、わかった」
二人は撮影場所のビル屋上へと向かった。
「本木さん、私・・・自分自身が嫌になるわ・・・」
「テヒさん・・・どうしたの?」
本木は心配そうに聞いた。
「私、本木さんのこと好きだったのに・・・今はそうじゃなくなったの」
「えっ?」
「あんなに好きだったのに何故だろう・・・今はジヘさんへ気持ちが傾いたの」
テヒはわざと明るく言った。そんなテヒの姿を本木は見て、敢えて明るく言った。
「そうなんだ・・・わかった。今までいろいろお世話になったね!」
本木の言葉にテヒは胸が痛くなった。しかし、今は自分の気持ちを抑えて話し続ける。
「本木さん・・・本当にごめんなさい。私こそ、いろいろお世話になったわ・・・」
「テヒさん・・・」
「私が言いたかったのはそれだけ、ユリ姉さんのことよろしくね!」
テヒは明るく言って、一人走り出す。
「待って!」
本木はテヒの後姿を見て思わず引き止めた。テヒもその声に一瞬立ち止まる。
「テヒさん・・・ありがとう」
本木はテヒに言った。今まで明るく接してくれたテヒの存在が、本木にとって、とても有難かった。その気持ちを本木は素直にテヒに伝えたかった。テヒは本木の言葉を聞くと涙が溢れ出したが、本木にに気付かれないようにそのまま走り出した。
屋上からビルに入る扉を開けると、そこにはジヘが立っていた。テヒは驚き、一瞬立ち止まる。
「テヒ・・・」
ジヘは本木とテヒの会話を聞いていた。テヒはジヘの横を通り抜けて走り出した。ジヘもテヒを追いかけ走り出す。やがて部屋へと逃げ込んだテヒを、ジヘはようやく捕まえる。
「離して!」
テヒは涙を気付かれないようジヘの顔を見ず、ジヘの手を振り払おうとする。
「離してよ、聞いたでしょ!あなたの言う通り指輪は返したし、本木さんも諦めるわ・・・だから、ほっておいてよ!」
「テヒ・・・」
「もうこれ以上、自分の無様な姿は誰にも見せたくないの・・・だから離して・・・」
ジヘはしっかりとテヒの腕を掴む。そんな痛々しいテヒの姿を見てジヘは語る。
「無理するな・・・俺には本音を話してきただろう・・・」
テヒはじっと黙り込む。
「さあ、顔を上げて」
ジヘが優しくテヒの顔を自分の方へと向かす。
「お前の気持ちは今、俺が一番わかる。俺も同じ思いをしたばかりだから・・・お前の苦しみや悲しみから俺は救ってあげられないが、でも、だからと言って見ない振りは出来ない・・・同じ境遇にいるお前を・・・」
ジヘは優しく語りかけた。そんなジヘの言葉を聞いてテヒは
「ジヘさん・・・私、苦しい・・・息が詰まりそうなほど苦しい・・・でも、あなたを見ていると、苦しさが和らぐ気がする・・・お願い、少しそばにいて・・・」
と、言って、ジヘの胸に顔をうずめテヒは泣き始めた。そんなテヒをジヘは優しく抱きしめる。ジヘとテヒはお互いの存在が今、どれだけ助けになっているかを改めて感じていた。そしてその思いはお互いへの同情からいとおしさに変化しつつあった。
指輪を預かったマネージャーは本木の所へやってくる。
「本木さん」
「ああ、マネージャー、何か御用ですか?」
「突然ですが、明日からユリの担当に変わってもらいます」
「えっ?」
突然の話に本木は驚く。マネージャーはポケットから指輪を取り出し、本木に差し出す。
「それは・・・」
「あなたにお返しします」
マネージャーはそう言って本木に指輪を渡す。本木は渡された指輪を見つめ、ユリに渡した指輪と気付く。
「どうしてマネージャーがこの指輪を?」
「そんなことはどうでもいいでしょ、さあ持ち主に返してください」
本木は指輪を見つめ動揺する。
「・・・そんな、僕に渡されても困ります。マネージャーから直接返してください・・・」
本木はそう言うと指輪をマネージャーへ差し返す。マネージャーは本木を見つめ言う。
「本木さん・・・あなた本当にユリが迷惑だから噴水にこれを捨てたと思っているんですか?」
「えっ?」
本木は思わず聞き返す。マネージャーは口調を強め更に言う。
「ユリがどんな気持ちでこれを噴水に投げたか知ってますか?今までユリはあなたへの気持ちを必死に抑えてきた。瞳さんの裏切りも知らず、自分のせいであなたが苦しんでいると思い込み、あなたと瞳さんの幸せを願って自らの気持ちを抑えていた。だから敢えてあなたへの気持ちを隠すために指輪を投げ入れたんです。あなたが去った後、泣きながらこの指輪を拾った姿を私は見ています」
本木はマネージャーの話を聞き、驚愕の表情を浮かべる。
「そんな・・・まさか・・・」
「そしてテヒのあなたへの気持ちを知った時、後輩を応援して自らの気持ちをまた封じ込めた。せめて、あなたとの思い出の品を大切に身につけていたいと思い、この指輪をネックレスとしてあなたにも気付かれないよう身につけていたんです・・・どうしてユリの気持ちに気が付いてあげないんですか!」
本木は何も言えなかった。そんな本木の姿を見て、マネージャーも落ち着きながら話す。
「本木さん・・・ユリは指輪が無くなって今、非常に落ち込んでいます。その姿はあなたも知っているはず。ですから、あなたからユリに渡してあげてください、ユリにとって必要なのはあなたです」
そう言って、マネージャーは去って行く。マネージャーが去った後、本木はしばらく呆然としていたが、やがて指輪を握り締め走り出す。今までユリの気持ちに気が付いてあげられなかった自分を後悔し、改めて自分の気持ちを犠牲にしてまで本木の幸せを願ってくれていたユリの優しさを思い返す。本木は走りながら自分の不甲斐なさを感じ、またようやく自分の気持ちに気が付いた。本木はユリを必死に探すが、ホテルにユリはいなかった。撮影場所へと向かうがそこにもユリはいない。すると本木は何かを思い出し、また走り出した。
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