第13話 配慮
「ユリ、ちょっと聞いてくれ」
マネージャーがユリを呼び出す。
「なんですか?」
「今度、うちの会社で働いてもらうことになった人を紹介する。さあ、入って」
マネージャーが呼ぶと、一人の男性が部屋に入ってきた。
「本木さん!」
ユリは思わず叫んだ。
「久しぶりです。お元気でした?」
「どうして本木さんが・・・」
「前の会社を辞めて、この会社で働かせてもらうことになりました。どうぞよろしく!」
本木は明るく言い、ユリに握手を求める。
「・・・はい・・・」
ユリは呆然としたまま握手に応じた。
「それじゃ、ここの細かいことをユリに聞いてください。私はこれで」
と、言って、マネージャーは去って行った。
ユリは呆然としたまま本木の手を握っていたが、ようやく正気に戻り、慌てて手を離す。本木はその様子を微笑みながら見ていた。
「ユリさん、これからよろしくね!」
「ええ、こちらこそ」
「ところでユリさんにお願いがあるんだけど・・・」
「なんですか?」
「今日一日、私と一緒に出掛けてください」
「えっ?」
ユリはまた驚くが、慌てて目をそらし、わざと冷たく言う。
「でも、そんなのマネージャーに聞いてみないと・・・」
「大丈夫!マネージャーからは許可をいただきました」
本木は笑顔で言った。そう、本木がマネージャーにした依頼は、自分がユリとテヒのどちらのマネジメントを選択するかを決定するのに、ユリと一日、一緒にいさせて欲しいということであった。
「でも、そんな勝手に・・・」
「私と出掛けるの嫌ですか?」
「嫌じゃないです!けれど・・・」
ユリは困った顔を見せていたが、内心ではドキドキする胸の鼓動を感じていた。
「それじゃ、いいですね?行きましょう!」
本木はユリの手を握り、外へと連れて行く。ユリは遠慮しながらも、一緒にいられる喜びを内心でかみ締めていた。
「さあ、どこに行きましょう?」
本木がタクシーを止めると聞いた。
「誘っておいて、考えてなかったんですか?」
ユリは本木の顔を見て言い返す。
「ああ、そうですね。ハハ・・すいません。」
笑顔で本木は言った。そんな本木を見てユリは怒る気がしなくなった。以前と変わらず、本木の笑顔を見ると、ユリの心は温かさに包まれた。
「よし!遊園地に行きましょう!」
本木が元気よくユリに言う。するとユリは心配そうな顔をして言った。
「だって本木さん、そういうの不得意じゃないですか・・・」
「大丈夫!あれから実は鍛えたんです。心配しないで!」
「本当ですか?・・・」
ユリは半信半疑に言った。
「はあ、はあ、はあ・・・」
「大丈夫ですか?」
ユリは心配そうに言った。
「全然・・・大丈夫ですよ・・・」
本木はフラフラになりながら言った。遊園地の絶叫マシンを降りたところで、本木は早くもダウンしていた。
「本木さん、ぜんぜん鍛えられてないですよ」
「そんなこと無いです。前は1回でだめだったのが、今回は2回目まで大丈夫になったから・・・成長したでしょ」
本木の言葉にユリは笑顔になった。すると本木が苦しさをこらえて言った。
「ようやく笑顔を見せてくれましたね」
「えっ?」
ユリは本木の言葉に驚いた。
「ユリさん、僕と会ってからずっとこわばった表情だったから・・・ようやく前みたいに笑ってくれて、よかったです」
ユリは自分を元気付けようと、わざとこの場所に来た本木の優しさが嬉しかった。そして笑顔を見せ答える。
「本木さん・・・ありがとう」
「えっ?」
「さあ、大丈夫ですか?」
「いや、実はかなり厳しい状況で・・・」
本木が弱気な顔を見せると、ユリはいたずらな顔をして、
「いいえ、今度は3回目が平気かどうかためさなきゃ!さあ、行きましょう!」
と、言い、本木の腕を掴み、絶叫マシンのりばへ連れて行く。
「ちょっと、ユリさん・・・勘弁してよ・・・」
「だーめ」
ユリは笑顔で言うと、本木も笑顔でユリを見つめ返し、二人は歩き出した。
本木はユリを自宅前まで送る。
「ユリさん、今日一日、付き合ってくれてありがとう」
「いいえ、こちらこそ楽しかったです」
二人とも笑顔で見つめ合う。そして本木はうつむきながら言う。
「実は、僕、マネージャーとしてこの会社に入ったんです」
ユリは一瞬驚くが、冷静を装い答える。
「そうなんですか?それで担当は決まったの?」
「マネージャーさんからは、あなたとテヒさん、どちらかを選ぶように言われました」
本木はそう言った後、ユリの顔を真剣に見つめた。するとユリは本木から目をそらし答えた
「そうなの・・・それで決まったの?」
「正直言って迷っています。どうすればいいか・・・僕はどうしたらいいですか?」
「そんなこと私に聞かれても・・・」
「ユリさん、答えてください」
本木はユリに詰めよって聞いた。ユリはしばらく考えた。勿論、自分の担当になって欲しい。でも、テヒと本木さんは今後、付き合っていく関係・・・私を選択することでテヒに心配掛けたくない・・・。そう考え
「テヒを選んでください。」
と、答えた。本木はじっとユリを見つめる。ユリも本木を真剣に見つめた。
「わかりました。相談にのってくれてありがとう。それじゃ、また」
本木は笑顔で言い、帰っていった。
「これでいいのよ・・・」
ユリは自分に言い聞かせ、帰宅する。
本木は帰り道考えていた。自分の中でユリにどう言って欲しかったのかを・・・自分はユリの担当をしたかったのでは・・・ユリの進言を受けた時、少なからずショックを受けた。でも、ユリが言ったことを素直に受け入れることにした。
「えっ?本当に?」
テヒは喜んで聞いた。
「ああ、明日から僕が君のマネージャーになることになった。よろしくね」
本木は握手を求めた。テヒは両手で本木の手を掴み
「こちらこそ、よろしく!これから私、頑張るから!」
と、言って、これ以上ないと言った笑顔を見せた。その様子をユリは黙って見ていた。ジヘも複雑な表情で見る。
「それじゃ、テヒ、撮影に行くぞ」
マネージャーがテヒに言うと
「わかりました。明日からよろしくね!」
と、テヒは言い、マネージャーと出掛けていった。本木はユリを見ると、ユリは慌てて目をそらし部屋を出て行った。その様子を見ていたジヘが本木の所に歩み出る。
「本木さん、少しお話があります。」
「何でしょう?」
「昨日、あなたユリと一緒だったんですか?」
「そうです」
「なぜそんなことするんです。勝手なことされては困ります」
「なぜです?」
本木は不思議そうに聞き返す。
「ユリが苦しむだけです」
「違う、私が聞いているのは、なぜ、あなたにそのような指図をされるのかです」
「本木さん!」
ジヘは本木を真剣に見て言う。
「ユリさんとは友人として出掛け、相談にのってもらっただけです。それに、あなたに自分の行動を干渉される覚えもない」
ジヘは何も言えずに黙っていた。すると本木は笑顔を見せ
「芸能界の先輩からの注意として受け取ります。ありがとう」
と、言って、去って行った。ジヘは本木を追いかけようとするが、諦めたような表情を見せ座る。
テヒが事務所に戻るとジヘが待っていた。
「どうしたの、ジヘさん?」
「気をつけろよ」
「何を?」
テヒは何のことだかわからない、と、言った表情で聞き返した。
「あの二人、まだお互いのことを意識している」
「まさか・・・」
「じゃあ、なぜ昨日二人で会っていたんだ?ユリの本木を見る目も諦めてはいないと俺は感じた」
「昨日は姉さんに相談したんでしょ。それに結果、私のマネジメントを本木さんは引き受けてくれたし・・・心配することないわ」
テヒは明るく言い、出て行く。ジヘは納得がいかず、ユリのもとへと行く。
「ユリ、ちょっと話があるんだ」
「どうしたの?」
「昨日、本木さんと何を話したんだ?」
「ああ、テヒのマネージャーをやることになったからよろしくって、それだけよ」
「本当にそれだけか?」
テヒは真剣な表情で聞きつづけた。
「本木はお前のことを『友人』として付き合うと言っていた。お前はどうなんだ?」
ユリは表情を強張らせ
「本木さんは私にとっても大切な『友人』よ、ごめんなさい、私、急いでるの・・・」
と、言って、去って行く。
「友人か・・・」
ジヘは腑に落ちない、と、言った表情でユリの後姿を見つめていた。
本木はテヒのマネージャーとして働き出した。慣れない芸能界の社会を学ぶため、深夜まで会社に残り勉強をしていた。ある日、ユリが深夜に事務所に戻ると机で眠る本木の姿を見る。ユリは毛布を持ってきて、本木に掛けてそのままいなくなった。朝方、本木は自分に毛布が掛けられていることに気付き、回りを見渡すが誰もいなかった。ユリも今までどおり忙しい日々を送っていた。ユリが体調を崩し咳き込んでいるのを本木が気付くと、ユリの部屋へ水と薬をそっと置いて帰る。ユリが部屋に戻りそのことに気が付き、まわりを見渡すが誰もいなかった。本木とユリはお互いを思いやっていたが、変に意識するが故に、お互いを避ける行動を取ってしまう。
数日後、マネージャーが本木、ユリ、テヒ、ジヘの4人を呼ぶ。
「今度、日本と韓国の合作映画が作成されることが決まった。ユリ、テヒ、ジヘ、君達三人の出演依頼が来た。一週間後、日本へ行くことが決まったので、皆んな準備しておくように」
マネージャーはそう言い部屋を出て行く。ユリと本木は何気なく視線を合わせた。二人とも意識的にお互いのことを避けていたが、今度は長期間一緒にいることとなる。そのことへの複雑な心境をお互いが持っていた。勿論、二人とも心のどこかでこの撮影を喜んでいたが・・・。
一週間後、日本での撮影が始まる。
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