第4話 仕打ち

「お掛けになった電話番号は現在電話の届かないところか電源が・・・」

ユリは携帯電話を閉じる。マネージャーと話した後、慌てて本木のホテルへと向かったが、チェックアウトした後であった。電話も繋がらずユリは諦めて事務所に戻る。事務所へ戻ると、そこには記者が溢れていた。記者たちはユリに気が付くと一斉に周りを取り囲む。

「お相手は誰ですか?」

「交際して何年ですか?」

「ご結婚の予定は?」

ユリはもみくちゃにされ質問攻めにあった。そこへある男性がユリの肩を抱き、人ごみをかき分けて事務所の中へ連れて行った。

「大丈夫か?今度からは裏口を使え」

その男性はユリの同僚で、同じ事務所のハン・ジヘであった。

「ジヘさん・・・。ありがとう」

「いや、それじゃ」

ジヘは事務所の中へと行った。


日本に帰ってからも瞳は本木を許さなかった。本木は何とか話を聞いてもらおうと、瞳の会社の前で何日も待つ日々が続いた。ようやく瞳も本木の前に現れた。

「いつからいたの?」

「さっきだよ。すまん迷惑だった」

「いいわよ」

「頼むから話を聞いて欲しい」

本木は頭を下げ、瞳にお願いした。

「わかったわ。行きましょう」

二人は近くの喫茶店へと向かう。


「あなたのこと、つけてる人間がいるの?」

瞳は少し驚いて聞いた。

「ああ、最近、カメラを持った人間がたまにいるよ」

「多分、ユリさんが来るのを待っているマスコミね。あなたのことよくわかったわね」

「それより、本当に何もないんだ、信じて欲しい」

本木は頭をテーブルにつけお願いする。その姿を見て、瞳はほくそ笑み、

「そんな簡単には信じられないわ。今後のあなた次第じゃない?」

「僕次第?」

本木は頭をあげて聞いた。

「そう、あなたが私をどれだけ大切にしてくれているか。私、馬鹿だから具体的な表現をしてくれなきゃわからないもの。私の言っていること間違っている?」

「いや・・・、で、僕は何をすればいい?」

「簡単よ、あなたとの今後の人生で私を第一優先に考えてくれること。私が要求したことを叶えてくれること。あなたなら出来ることだから」

「つまり・・・君の言うとおりに何でもさせて欲しいということ?」

本木は上目遣いに聞いた。

「嫌ならいいのよ。そうしたら私の心はあなたを疑ったままだけど、私が信じるよう努力して欲しいというなら・・・」

瞳はわざとうつむきながら言う。本木もその姿を見ると、居たたまれなくなり

「悪かった。君の言う通りにするよ、だから、これからも一緒にいて欲しい」

「わかったわ、ごめんなさい、何か条件を言っているみたいで・・・でも、あなたのこと、これからも愛しつづけたいから・・・わかってね」

瞳は甘えるように言った。

「勿論だよ。わかってる」

本木も笑顔で答える。自分の行動が招いた誤解だと思い、瞳の全てを受け入れることを決意する。

―「うまくいったわ。本当に人が良いのね」―瞳は心の中で呟く。


ユリは本木を心配する日々が続いていた。仕事もあまり手につかず、日々、辛い毎日を過ごしていた。そんなユリの姿を見たテヒは見かねて声を掛ける。

「お姉さん、元気ないわね?どうしたの?」

「ああ、テヒ、なんでもないわ」

「あの記事のことなんでしょ?心配ないわ、すぐに騒ぎは収まるわよ」

テヒはユリの手を握り、元気付ける。

「ありがとう、でもそんなこと気にしていないわ。そんなことより・・・」

ユリは途中で黙ってしまう。

「他に気になることがあるの?ねえ、話してよ」

「・・・あの人に迷惑が掛かってなければいいんだけど・・・、それだけが心配」

「あの人って、一緒にいた本木さんのこと?」

「そう」

「なんでそんなに気にするの?あの人、恋人がいるのに姉さんに言い寄ってきたんでしょ?そんな人のこと、なんで気にするのよ!」

テヒは少し怒った口調でユリに言った。するとユリはテヒに微笑んで言う。

「あの人は別に言い寄ってなんかいないわ。私も恋人がいることは知っていたし・・・」

「姉さん、いいかげんに目を覚まして!あの人に関わらないほうがいいわ」

「そうね、さあ仕事頑張ろう!」

そう言うと、ユリは仕事場に戻って行った。

ユリが置いていった携帯電話を見ると、元木の連絡先が表示されていた。テヒは周りを見渡した後、ユリの携帯電話を手に取った。


本木は会社の会議室で一人外を見ていた。そこに携帯電話が鳴る。ユリからの電話だった。本木は迷ったが電話に出る。

「もしもし」

「あの・・・私、ユリ姉さんの後輩でヤン・テヒと言います。本木さんですか?」

本木は上手に日本語を話すテヒに対し、

「はい、そうです。日本語上手ですね?でも私、韓国語話せますので韓国語でどうぞ」

「ああ、ありがとうございます。突然のお電話すいません」

「この番号はユリさんの番号ですよね?ユリさんに何かあったんですか?」

本木は心配になり聞いた。

「今、ユリ姉さんの携帯電話で掛けています。こんなこと言うのは何ですが、今後は姉さんに関わって欲しくないんです」

「この前の記事でかなりご迷惑が?」

「そうです。姉さん、非常に苦しい立場にあるんです。出来ればそっとしておいてください」

本木はしばらく考え込み

「わかりました。僕が出来ることは何もなくて申し訳ないです。もしお力になれることがあったら言ってくださいとユリさんに伝えてください」

「わ、わかりました。伝えておきます」

テヒは電話を切る。テヒは自分が描いていた本木のイメージと、実際話した本木の感じが大分違うのに少し戸惑った。

「人は悪くなさそうね・・・」

テヒが呟いているとユリが戻ってきた。テヒは慌ててユリの携帯電話を机に置く。

「お帰りなさい、早かったのね」

「ええ、何か遅れているみたいだから、戻ってきたの」

「そう・・・、じゃあ、私、行くわ」

足早に去っていくテヒをユリは不思議そうに見つめる。そして机に置かれた携帯電話を取り、着信と発信履歴を確認する。ユリは驚き、慌てて電話を掛ける。


電話を切った後も本木はしばらくじっとしていた。

―「やはり住む世界が違ったのかな」―と、心の中で呟く。すると、また携帯電話が鳴る。ユリの電話番号であった。

「何か言い忘れたことがあるのかな?」

本木はまた、テヒからだと思い、電話に出る。

「テヒさんですか?何かありましたか?」

「あの・・・私です。ユリです」

本木は驚き、携帯電話を落としそうになる。

「ユリさん!ごめんなさい。先ほどあなたの電話でテヒさんが掛けてきたものだから・・・てっきりテヒさんからだと思いました」

「テヒが電話を?やっぱり何か隠してそうだったんで、携帯を確認したらあなたに電話した後が残っていたので・・・すいません。何か言っていました?」

「あなたに『これ以上関わるな』って言われました」

と、本木は笑いながら言った。

「やっぱり・・・すいません。あの子勘違いしているんです。悪気はないので許してあげて下さい・・・」

本木は今までと変わらず、相手を気遣ってばかりのユリの言葉に微笑み、

「大丈夫です。気にしていません。それよりご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「いいえ、こちらこそ・・・あの・・・瞳さん、怒ってました?」

ユリは申し訳なさそうに聞いた。

「大丈夫です。こちらは問題ないですから、気にしないで下さい」

本木はユリに心配掛けぬよう、敢えて嘘をついた。

「本当ですか?もし、私に出来ることがあれば言ってください。瞳さんにも謝らなければいけないし・・・」

本木はさっき自分が言った事と同じことを言うユリに不思議な共感を得た。

「こちらこそ、何かあったら言ってください、それじゃ、お元気で」

「お元気で」

二人は電話を切った。ユリは電話を切った後、しばらく本木からもらった指輪を撫でていた。そして

―「忘れなきゃね」―と、呟いた。


ユリのスキャンダルは、マネージャーの力で終息に向かった。しかし、マネージャーも今度の一件を重く受け止め、ユリに対し自粛と今後の行動には必ず相談するよう伝えた。ユリも本木に迷惑を掛けたことを何よりも後悔し、マネージャーの要請を受け入れる。

そんなある日、ユリは日本で撮影したカメラを見つける。

「この写真まだ印刷してなかったわ・・・」

ユリはカメラからSDカードを取り出し、いとおしそうに掴む。この中には本木と一緒に撮った写真も入っていた。するとそこに、マネージャーが現れ聞く。

「ああ、写真まだ印刷していないのか?」

「ええ、これマネージャーにあげるわ」

ユリはマネージャーにSDカードを差し出す。また本木の写真を見てしまえば、自分の心が揺れるのをユリはわかっていたからだ。そんな気持ちをマネージャーもわかっていた。

「ユリ・・・、そこまでしなくても・・・」

「いいの・・・結構いい写真もあるから、もしよかったら印刷してみて!」

ユリはそう言うと部屋を出て行った。マネージャーはユリの気持ちを察し、敢えてSDカードの写真を印刷することにした。


その後、しばらくユリは仕事に没頭した。仕事で本木のことを忘れようと努力していた。そんな様子をマネージャーは見つめ、彼女の苦しさを理解していた。

そこに印刷を依頼した写真が出来上がってきた。マネージャーは日本の風景や本木のとの楽しそうな写真を微笑みながら見ていたが、ある写真を見て驚愕する。

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