第10話 帰り道

一体どうしてこんなことになったんだろう。僕のすぐ隣を歩く眼鏡を掛けたキヨくんに、慣れない気持ちで前を向いて歩いていた。後片付けが終わった後、すっかり遅くなった僕たちは、それぞれの方向に分かれて暗い夜道を歩き出した。


そういえばキヨくんと僕は家が近いから、帰り道が一緒になるってことも当たり前の事なのに全然気がつかなかった。高3で同じクラスになっても一緒にいる友達が違うせいで、僕たちは一緒に帰った事はなかった。



なのに今更僕たちは、数人の友達と一緒に同じ方向の電車に乗っている。取り留めない話をしながらも、次々に電車を降りていくクラスメイト達に、また明日と声をかけながら、僕とキヨくんは電車の中で二人ぼっちになった。


「…急にメイドになって大変だっただろう?玲。」


そう僕に優しく話しかけるキヨくんは、委員長のキヨくんの表情ではなかった。僕はちょっと戸惑いながらも、話が終わるのを恐れて慌てて答えた。



「僕のメイドなんてちょっとアレだと思ったけど、役に立てたみたいでよかった。三浦くんの仕切りが良かったから、言われたことをやってるだけで済んだし。でも委員長は、クラスの総括だから疲れるでしょ?」


僕がそう言うと、キヨくんは眉を顰めて僕に顔を寄せて言った。


「こんな所で、委員長とか言われたくない。いいよ名前で。」


そう言ってそっぽを向くんだ。僕は5年ぶりにキヨくんと呼ぶのも恥ずかしかったけれど、かといって委員長と呼んだら口を聞いてくれなさそうだった。僕は思い切って尋ねた。



「…キヨくん、いつも朝何時ごろ出るの?」


僕がそう言うとキヨくんはちょっと意外なことを聞かれたような顔をして、少し口ごもって答えた。


「…結構ギリギリ。玲とはいつも電車で会わないから、もっと早くに出てるんだろう?」


僕は頷いて、こうやって何でもない話しをキヨくんと出来ている事に嬉しさを感じながら答えた。


「僕みたいに体格が良くない人間は、満員電車はちょっと辛いから早く行ってるんだ。」


そう言うと、キヨくんはそっかと言って黙り込んだ。僕たちはあまりにも長い間話をしなかったせいで、初めて話す相手のように探り合っていたんだ。



駅を出て家の方向へ歩きながら、キヨくんは突然僕の方を向いて言った。


「明日、一緒に行こう。どうせやること一緒だし、準備もあるから少し早く行くだろう?」


キヨくんが僕を誘ったのだと、頭の中で落ち着くまでちょっと時間がかかったけれど、慌てて頷いた。僕の家の前でキヨくんに手を振って別れると、僕は家の門扉を開けながら、キヨくんの家の方角を盗み見た。



キヨくんは自分の家の門を開けるところだった。そして僕の方を振り返ったので、僕はキヨくん、また明日と叫ぶように言うと慌てて玄関へと急いだ。


僕の後ろからまた明日って、キヨくんの声が響いて、僕はなんだか顔がカッと熱くなって、玄関の内側に寄り掛かった。この気持ちは何だろう。すっかり遠ざかっていた幼馴染と急に距離が縮んで沢山話したからって、こんなに動揺しちゃって。僕ってほんと情けないな…。

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