第18話 裁きと未来
それは、神に等しい強い光だった。
人間が魂を干渉されるということは、人間ではなくなるということ。鎌に刺され、そのまま魂を引きずり出されたラメルーシェはその瞬間に人間としての生を終えてしまったのだ。
剥き出しのラメルーシェの魂は、何よりも強い輝きを放っていた。
「あ、あ……。なんだ、この輝きは……?う、うそだ……いくら妖精王の番だからって、こんなまさか……」
人間という殻を無くしたラメルーシェの魂の輝きに、悪魔王が愕然とし……その場に跪いた。
「あ、悪魔王様ぁ……?どうなさいましたの……実験は……?ーーーーぐふぅっ?!」
そんな悪魔王の様子に戸惑うアンジェリーチェだったが、彼女が何か行動を起こそうかと悩んだ瞬間ーーーーアンジェリーチェの体を、白い骨の腕が貫いたのだった。
「……残念だよ、アンジェリーチェ。我の愛する番。君は最大の禁忌を犯してしまったようだ」
「……ふ、しお……さま、なん、で……ここに……」
信じられない。そんな表情でアンジェリーチェは自身の腹を貫く不死王を見た。彼がどれほどに番である自分を愛しているかは身に沁みて知っていたからだ。
ーーーーだから、不死王の愛の上に胡座をかき、侮った。“王”であるこの番を。
よく見ればその傷口からは一滴の血も出ていなかった。不死王が死の時間を止めているのだろう。だが、その痛みは確実にアンジェリーチェを蝕んでいた。
「わた、くしを……、愛し、て、いたの、では……」
「愛していたよ。何よりも愛していたさ。だが“王”として見過ごせない事はある。例え愛する番がやったことでもだ」
アンジェリーチェと不死王のやり取りを聞いていた悪魔王は、やっと立ち上がり不死王に掴みかかろうとした。
「お、おい不死王……!アンジェリーチェに何を……!」
「それはこちらのセリフだよ、悪魔王。君こそなんてことをしでかしてくれたのか。おかげで我は大切な番を裁かねばならなくなった。まったく、どうしてくれるのか」
ため息混じりに肩を竦める不死王の態度に悪魔王は怒りを顕にした。
「だったら……もういらないなら、オレによこせよ!オレはアンジェリーチェを愛して……「これを見ても?」え……」
そう言って不死王が反対側の握った手を悪魔王に見せた。細く白い骨の指がゆっくり開くと、そこには小さな命がいて、ふわりと動いてみせた。
「ーーーーっ!」
そこにいたのは、僅かな時間を生きるだけの一匹の蝶だった。
なんの変哲もない、そこいらの花園を飛び交うような白い蝶々。人間の世界にならば其辺にいる。だが、その蝶々を見て……涙を流したのだ。
「……オレの、番だ……」
歓喜に震える悪魔王がその蝶に手を伸ばそうすると、不死王は再び指を折り曲げ蝶の姿を隠した。
「不死王!なにをーーーー」
「悪魔王、君はさっきアンジェリーチェを愛しているといったね?自分に寄越せとも」
ビクリ。と、悪魔王とアンジェリーチェの身体が震える。
「……番を入れ替えたいと願っていたのだろう?だから王たちの番を攫い、神からも魂に干渉する道具を盗んだ。ーーーー神は全て知っておられたんだよ。
……だから、君たちの願いを叶えてあげるよ」
「や、やめーーーー」
グシャリ。
不死王の指がキツく握りしめられ、白い蝶の体はバラバラとなった。長い年月を経てやっと生まれることのできた悪魔王の番は、再び輪廻の輪を回ることになる。王たちの番の魂はなかなか生まれ変われない。ラメルーシェだけは頻繁に生まれ変われていたようにも見えるが、それでも千年以上の時間を必要としていた。このままあの魂が悪魔王の番のままだとしても、新たな生を受けるのにどれだけの時間を有するのかは神のみぞが知ることになる。だが、その神を怒らせた悪魔王が白い蝶だったあの番を手にする事が出来るのかはわからない。
「なんてことをーーーー!オレの番だったんだぞ?!オレの、オレだけの番ーーーー」
「だから、お詫びにアンジェリーチェをあげるよ」
ズボッ。と、手を引き抜き、腹に大きな穴を開けたままのアンジェリーチェの体を悪魔王に投げつけた。
「これが欲しかったんだろう?神に頼んで、番を入れ替えてもらったんだ。だから、このアンジェリーチェは君のものだよ。さっきの蝶は、いずれ我の新たな番として生まれ変わるだろう。まぁ、魂の番を入れ替えるなんて初めての事だから時間がかかるだろうが、しばらく番はいらないから何千年でも気長に待つさ。あの蝶が我の番として正式に生まれ変われば、アンジェリーチェの魂も悪魔王の番として認識されるよ……たぶんね。
それまで、一度覚えた番への焦がれに苦しみながら……アンジェリーチェを抱くがいいさ」
不死王の言葉に、悪魔王はその場に力無く座り込んだ。自身の番を目の前にして初めて知った欲望と焦がれ感。さらに目の前で奪われた衝撃。それはアンジェリーチェに恋をした時とは比べ物にならない気持ちだったのだ。
焦燥感が体中を巡り、もう二度と手に入らないあの白い蝶が思考の全てを奪った。
「あ、悪魔王様ぁ……わたくしを、何よりも愛して下さるとーーーー」
腹に穴を開けたままのアンジェリーチェが悪魔王に手を伸ばした。不死王から見捨てられたと、自分を貫いたあの手と冷たい瞳に本能的にそう感じたのだ。ならばもう自分には悪魔王しかいない。
だが、伸ばした手は払いのけられてしまった。
「お前はオレの番じゃない!オレが求めていたのは、あの白い蝶だ……オレの魂の番だ!お前じゃなかったんだ!!」
本来、番の魂に触れた王は凄まじい執着心を見せる。だからこそ、王たちの番に選ばれる魂は特殊で、なかなか生まれない。妖精王の番であるラメルーシェはその特殊な事情もあり何度も転生を繰り返していたし、時癒王の番もやっと生まれる準備が出来たのだ。
出会えるのは奇跡。だからこそ尊く、全てをかけて愛する存在。それが番なのだ。
不死王は死を司る王だからか、番に対しての気持ちが他の王たちより少し違っていたが……それでも誰よりも早く出会えた自身の番をとても愛していた。これからの長い時間をゆっくりと共に過ごしていければいい。こんな体だからか激しい愛に身を焦がすということはなかったが、アンジェリーチェを大切にしていた。骸骨姿である自分の番として我慢をしているかもしれないと憂いたからこそ、多少のオイタは目を瞑っていたのにーーーー。
番の魂を入れ替えたというのは嘘だった。番とは奇跡の存在。いくら神にだとておいそれと入れ替えりなど出来ないのだ。あの白い蝶には悪いことをしたと思っている。だが、来世では自分が悪魔王の番だとは気付かなくても幸せに過ごせるようには整えてやろうと思っていた。どのみち、転生するのは数千年先だ。その時がくれば、最大の加護を与えて命を奪ってしまった罪を償おうと決めた。
こんなこと、本来は許されることではない。後で不死王もそれなりの罰を受けることになるだろう。だが、不死王はそれを厭わないくらい激しく怒っていた。
番の裏切り。番の心を奪われたこと。王として責任を放棄した悪魔王にも。
だから、最大の仕返しをしてやったのだ。これから悪魔王は本当の番への愛しさを心に宿しながら、アンジェリーチェと共に過ごさなくてはいけない。もう二度と本物の番は手に入らないのだ。
「……こんなことが出来たのも、妖精王の花嫁殿……ラメルーシェ殿のおかげたな」
不死王は骸骨の歯を震わせながら息を吐いた。もう悪魔王にもアンジェリーチェにも視線すら向けず歩き出す。このあとふたりがどうなろうが不死王にはどうでもよかった。幸せになれないことだけはわかっていたから。
その先には、抜け殻となったラメルーシェの体を優しく抱締める妖精王の姿が見えた。
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