第16話 その願いの為に
オレはそれまで、ずっと心に何かぽっかりと穴が空いているような気がしながらもそれに気付かないフリをして過ごしていた。
人間と違いオレたちの時間は長い。オレと3人の仲間たちはお互いに違う能力を持ちながらもバランス良くこの世界の秩序を見守っていた。
オレたちの使命は神が創造した世界と魂たちの行方を見届ける事だ。
時に残酷に、時に慈悲深く。ゆっくりと時間をかけて魂を選別し、上質な魂を転生させていくのだ。だが、生き物……いや、人間の魂だけは最初にどれだけ上質であっても、転生を重ねると劣化してしまう。逆に劣悪な魂だったはずなのに転生する事により質が良くなったりもするし、期待して転生させたがやはりどうしようもないクズな魂でしかなかった。なんて事もあった。オレたちはより良い魂を見極め転生させるために試行錯誤を繰り返していた。
全ては、神が理想とする世界にするために。
そう、オレたち“王”と呼ばれる者たちですら神に創られた存在なのだ。神の言葉は絶対で全てなのだと、オレの魂に刻み込まれている。それは他の3人も同じだろう。
だが、ある日。仲間のひとり……不死王が“番”を見つけたと報告してきた。
“番”。それは、オレたちにとって特別な存在。ある意味では神よりも尊い存在だ。
蛇神の血を引く獣人だという不死王の番。その番を抱きしめている不死王が骸骨姿なのにとても幸せそうにしている姿を見てーーーーオレの心の穴は大きく広がってしまったのだ。
そんなある日のこと。何気なく地上を見ていた時のことだ。
「あれは……」
その場所には人間たちのいうところの魔境と言われる場所があった。人間どころか動物やそれこそ妖精たちも滅多に行かない場所であり、だからこそ珍しい植物なども生えていたがほとんどが毒草なこともあって近づく者はいない。
そんな場所に、彼女がいたのだ。
不死王の番、アンジェリーチェ。蛇神の血を引く獣人。そんな彼女が人気のないその場所で、見たこともない狂気の顔をして剣を振り下ろしていた。
「……」
何度も剣先が振り下ろされた場所には人間だったであろう肉塊があり、よく見ればそこいらに似たような山がたくさんあった。不死王の“真の番”となったアンジェリーチェは我々“王”と同等の地位に立っている。そんな彼女が、死ぬ運命でなかったはずの人間を楽しそうに斬り殺していたのだ。
本来ならば人間なり生き物が死ねば自分にはすぐにわかるはずだった。なぜなら死んだ瞬間にその体から魂が抜け出るからだ。そうして抜け出た魂を選別するのが自分の仕事でもあるのだ。
たが、これほどの大量の魂など知らない。どうなっているのかと目を凝らせば、死んだはずの肉塊にまだ魂が残っていたのだ。
「な、なんだこれは……」
もう息絶えた肉塊なのに魂が残ったまま。それはつまり、死んでもさらに永遠に苦しみが続くということだ。
多分だが不死王の力を使ったに違いない。不死王と体の繋がった番ならば、不死王の能力を使うなど造作もないだろう。たが不死王がそれを許したとはどうしても思えなかった。
恍惚な顔をしながら肉塊を切り刻み、永遠の苦しみに叫ぶ人間たちの声を聞き入っているアンジェリーチェの姿がやけに輝いて見えた。
オレはその時、アンジェリーチェに恋をしたんだ。
不死王の番であることを利用してその能力を不当に使い、自分の欲を満たすために人間を切り刻みその苦しみを楽しんでいたアンジェリーチェ。彼女はオレにその行為が見つかると「不死王様には言わないで」とすがりついてきた。
アンジェリーチェには人間の苦しむ姿を見ると興奮する性癖があるらしいが、不死王の前ではそれを隠して従順な番として振る舞っていたらしい。確かに獣人にとって神の次の地位に立つ“王”の番となれたならば大出世だ。いくら魂の番と認められても変わった性癖がバレたら嫌われる可能性だってある。アンジェリーチェはそれを恐れていた。それでも自身の欲を我慢しきれず、不死王の能力を使える事を逆手に取り死の時間を止めて何度殺してもいつでも鳴いてくれる肉塊を手に入れた。ひとつでは飽き足らずいくつもの肉塊が散らばっているが、それだけ彼女の欲深さをヒシヒシと感じる。
アンジェリーチェはオレに縋った。
「お願いですわぁ。不死王様には言わないで……」
散々肉塊を切りつけ、人間たちの苦しむ声を聞いて興奮の絶頂にあったアンジェリーチェの肩に触れた。ただそれだけだったのに。アンジェリーチェは頬を染め息を荒げながらもオレに怯えていた。
その日、オレはアンジェリーチェの全てを奪ったのだ。
それからアンジェリーチェはオレに従うようになった。悪魔王であるオレが誤魔化せば今まで以上にアンジェリーチェの欲を発散できたのも魅力だったのだろう。欲を満たした後はアンジェリーチェはオレの下でいい声で鳴いていた。
不死王に可愛がられながら、オレに全てを暴かれるアンジェリーチェの姿にオレはどっぷりとハマっていったのだった。
それからどれだけの時間が経ったのだろうか。
ある日、アンジェリーチェが言ったのだ。
「わたくしの魂は確かに不死王様をお慕いしていますわぁ。でも、魂とは別にある心と身体は悪魔王様を求めているのですわぁ……!」
それからオレは貪るようにアンジェリーチェを求めた。オレにはまだ番はいないが、もし番がいたらこんな気持ちになるのだろうか?と心底思う程にアンジェリーチェが愛しいと感じる。体の奥まで知り尽くしたアンジェリーチェを不死王から奪いたいと、思ってしまったのだーーーー。
***
「愛しているよ、アンジェリーチェ」
番である不死王を裏切り、同じく王たる存在の妖精王をも敵に回したアンジェリーチェ。すでに彼女がしでかした事は全てバレているだろう。
アンジェリーチェが攫ってきた妖精王の番である少女。この少女かオレたちの運命を握ることになるのだ。
オレは微かに震えるアンジェリーチェの唇に自身の唇を重ね……これから起こるだろう嫌な事を忘れるためにその体を貪った。
「あぁ、愛しい悪魔王様ぁ……!」
「アンジェリーチェ、君がオレの番だったらよかったのに……!」
どんなに愛しくてもどんなにその体を求めても、それでも番ではないと魂が訴える。たが、求める事を止めることは出来なかった。
「これで妖精王の番は手に入れた。時癒王の番は……まだ生まれる前の魂の状態だったがかっ攫ってきたんだ。こいつらを使えば……アンジェリーチェ、君と一緒にいられるようになるかもしれない」
「悪魔王様……っ」
月の光に照らされたふたつの影が重なった。
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