第11話 思い出しました

“……私はもう死んだのだろうか?”


 ふと、そんな事を考えた。


 体が鉛のように重く感じる。瞼すら動かせないでいたが、もう苦しくはなかった。

 でも、たぶん呼吸はしていない。だから体が重いのだろう。


 私は元婚約者であるローランド様の手によって殺されてしまったのだ。


 これから彼はどうなるのだろうか。人殺しは大罪のはずだ。……でもよく考えれば私の存在はすでに死んだ事になっているはずだから、死人を殺しても罪には問われないかもしれない。


 ローランド様は私が呪ったせいで不幸に見舞われたと仰っていたが、もちろん私はそんなことなどしていない。それに例え私が死んでもローランド様が幸運になることはないだろう。決して不幸になって欲しいわけではなかったが、もう今となってどうでもよく感じる。




 ただ、……ウィル様。と、愛しい方の姿を思い出した。



 私を愛してくれた唯一無二の方。美しい妖精王。


 いつも優しい眼差しで私を見つめてくれたあの人に逢いたかった。私の大切な……ウィルフィーデ様。



 そして私は魂の記憶をさらに遡る。


 彼に探し出された魂だった私ーーーーその魂が、ラメルーシェの魂の形となる前の記憶を。







 ***







 最初の“私”は、小さな一匹の蝶だった。


 何の力もない昆虫。僅かな命の時を過ごして地に返る存在。ただそれだけ。


 だが、“私”は彼に出会ってしまう。それは偶然か必然か……奇跡と言ってしまえばそれまでだが、その出会いが私と彼の運命の糸を紡いでしまったのだ。


 妖精王であるウィルフィーデ様は、妖精たちを育てながら森を育んでいた。私は彼が育てた花の蜜を糧にして豊かな森を自由に舞っていた。


 そんなある時、たまたま羽を休めようとした時に……私は彼の指先に留まってしまったのだ。


 目が合い、その眼差しに心を奪われた。たかが蝶が妖精王に恋をするなど烏滸がましいと叱責されようとも私は彼に惹かれていった。


 彼も私を愛でてくれた。それだけで至福に包まれた。


 蝶の生きる時間などほんの僅かだ。それでも少しでも彼の側にいたいと思っていた。だが私の羽が希少な模様をしていて珍しいからと、心無い人間の手で羽をもがれて寿命よりも早く死んだ。





 次の“私”は小さな小鳥だった。



 命の輪廻を経て、昆虫よりも長く彼の側にいられる命を望んだ結果だ。なぜか神が私を優遇してくれてその願いを聞き入れてくれた。


 すぐさま蝶だった頃の記憶を思い出した私は彼の元へと羽を動かした。森を守る彼は必ず森の中にいる。私が彼の回りを飛び回りその指に留まると、彼は私を見つめて「また会えたね」と愛でてくれた。彼も“私”が“私”だとわかってくれたのだ。


 その頃の私はたまに森から出ると人間に襲われていた。どうやら七色に輝く羽を持っているとても珍しい鳥だったらしい。それを知った彼は常に私に側にいるように言ってくれた。


 大好きなウィルフィーデ。私は渡り鳥のようだが、彼の側にいられるなら暖かい地へと行こうなどとは思わない。仲間の鳥たちが南に渡ったのを見届けながらも、私はずっと彼の側にいた。


 だが、妖精王の守る森にも四季がくる。寒い雪の中で餌を探して彼の元を離れたほんの僅かな隙にまたもや人間によって殺された。




 さらに次の“私”は親猫に捨てられた子猫だった。


 魂の記憶を思い出した私は本能のままに彼を探す。だが、今度は彼の森からかなり離れた場所に生まれ落ちたせいで彼に会えないまま路上で人間に捕まって死んだ。どうやら私の見た目は珍しいエメラルド色をした毛並みで、皮を剥いで売ればかなりの金額になるらしいと知ったのは死ぬ間際に私を殺した人間がニヤニヤと笑いながら言った言葉からだった。


 命の灯火が消える中で思ったのは、人間に対する憎悪でも死ぬ事に対する苦しみでもない。ただ、ひたすらに彼に会いたいと。それだけ。



 神がなぜ私を次々と転生させてくれるのかはわからない。けれど、私はどうしても彼に逢いたかった。




 そしてーーーーその次に命を得た私は、彼と同じ妖精になった。


 小さな花の妖精だったがそれでも今度こそ彼と一緒の世界に存在出来るのだと、とても嬉しかった。


 嬉しかったのに。


 私は“妖精”として個体になる前に媒介である花を散らされ、消えた。


 小さな妖精の命は儚い。特に花の妖精はその媒介となる花の蕾が開いて初めて“妖精”として認識され自由に動けるようになる。1度咲くことが出来ればその後も同じ花の妖精としてずっと存在していられるから、最初の花さえ蕾を開ければと……、開花をずっと心待にしていた。そうすれば彼に逢いに行ける。と。


 だが、私の媒介となった花は人間にとって珍しい上にとある薬の材料になるらしく高く売れるからと蕾が青いうちに摘み取られてしまった。しかしその薬の材料となるためには蕾が開いた状態でないと価値がない効果が無いと知ると#私__・__#を摘み取った人間は#私__・__#を地面に捨てて踏みにじった。







 そうだ、思い出した。



“私”の命はいつも人間によって散らされる。だから、私は神に願ったのだ。今度は人間に生まれ変わりたいと。


“私”が人間として生まれるには途方もない時間がかかると言われたがそれでもいいと必死に願った。


 それまでの記憶を全て封じられ、彼の気配すら感じれない永遠とも言える時間はきっと辛い。それでも……。




 そして転生を待つ為に眠る“私”を彼が見つけてくれたのだ。


 彼も“私”を探してくれていた。小さな蝶だった頃から彼はずっと“私”の魂を愛してくれていた。


 例えそれまでの記憶が無くても、魂の私は彼に恋をした。


 今度こそ、ずっと側にいるために。








 ……でも、私はまた死んでしまった。またもや人間の手によってだ。せっかく彼が私の魂を探し出してくれて印までつけてくれたのに、もう人間に奪われない為に人間に生まれ変わったのに。


 これが神が与えた試練だと言うのならば、なんて残酷なのだろうか。


 彼の側にいたい。それだけなのに、それすら叶えられないーーーー。









「ラメルーシェ、君は俺の“運命の乙女”だ。初めての出逢いを覚えているかい?


 最初、君は小さな蝶だった。ほんの小さな僅かな寿命しかない命なのに、俺の目にはとても大きな輝きを放って見えたんだ。君を見付けた時、魂が震えた。だって“魂の番”に出会えるなんて例え妖精王である俺にだって奇跡だったからだ」


 彼の声が耳に届いた。それは心地好い音階のようでふわりと私の周りが温かくなる。


「ほんの一瞬目を離した隙に君の命は散らされてしまった時はどれだけ悲しかったか。だがすぐに小鳥になって逢いに来てくれたね。君の魂は美しくて側にいるだけで幸福感に包まれた。魂と魂は惹かれ合う……今度こそ離しはしないと誓ったのに、またもや人間が君を奪った」


 大きな手のひらが私の髪をそっと撫でた。気持ちがよくて思わず頬擦りしたくなった。


「悲しみと怒りで我を忘れ、いくつか人間の国を滅ぼした後……君は俺の前に姿を現さなくなった。俺があまり森から離れられないと知っているのに神がわざと引き離したのだとわかってからは気が狂いそうだったよ。

 転生後に探し出そうとしても、やっと見つけた時にはすでに人間に殺された後ばかり。まさか妖精になった時までも出会う前に殺されたなんて……蕾さえ開いていればとどれだけ悔やんだか……。


 それからずっと君を探していた。千年探し続けて……魂の君を見付けた時はどれほど嬉しかったか。神は気まぐれだ。だが神の決定には逆らえない。だからこそ印をつけたんだ」


 頬に柔らかな感触がついばむように繰り返され、私の唇に彼の指先が添えられた。


「もう俺から離れないで、ラメルーシェ。俺の運命の乙女よ。愛している……」


 私もよ。


 何度生まれ変わっても私は必ずあなたの魂と惹かれ合う。でも、もう二度と離れたくない。


 私は、小さな蝶だった頃からずっとあなたを愛していますーーーー。











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