第5話 婚約しました
ラメルーシェがゆっくりと瞳を開く。まだ夢見心地なのかぼんやりとした顔で妖精王を見て……ふわりと微笑んだ。
「ーーーー思い出しました……。私はずっとあなたを待っていたのですね」
魂が喜んでいるのがわかる。歓喜の震えに思わず涙が溢れた。この涙は悲しみなんかじゃない、喜びの涙だった。
「君の魂に触れて、これまでの君の悲しみが伝わってきたよ。俺が印をつけたせいで辛い思いをさせてしまったようだ……。謝っても許される事ではないが……」
謝罪を口にしようとする彼の唇に指先を添えた。確かにこの17年間は辛かったが、だからと言って謝って欲しい訳じゃない。
「……謝らないで。この印が無ければあなたに見つけて貰えなかったのなら、私はこの印があってよかったのです」
そっと胸の痣に触れる。視線を動かせば痣は薄く金色に輝いていた。うっすらと跡は残るものの、もう只の奇妙な痣じゃない。これは、この人に愛された印なのだ。
「この痣は奇病なんかじゃなかった。私があなたに愛された証だった……そうなんですよね」
「あぁ、愛しているよ。ずっと君を花嫁として迎え入れる日を待っていた。俺の愛しいラメルーシェ、この日をどんなに待ちわびたかーーーー」
涙を浮かべる目尻に唇を落とされ、くすぐったさに身を捩るがそれすらも幸せに感じた。
魂が満たされた。そう感じたから。
ラメルーシェは、生まれて初めて「幸せ」だと感じる事が出来たのだ。
***
「けっ!結婚ですか?!」
高ぶる気持ちが落ち着いた頃、改めて妖精王である彼からプロポーズされた。私の周りにはふよふよと浮かぶ小さな光……妖精達が私の返事を待っているようだ。
「もちろんだ、我が花嫁。その為に君の魂を探しだし印をつけたんだ。
君の魂を見つけた時に本当ならすぐに花嫁にしたかったが、人間に生まれる事はすでに決まっていた。神の決定には逆らえないので仕方なかったのだが人間を妖精王の花嫁にするには色々と制限があったんだ。まず、最低限に体が成熟していないと妖精の力を受け入れられない。その制限が17歳だった。だから17年待つ覚悟をした。……見つけてから転生するまでこんなに時間がかかるなんて思わなかったから戸惑ったが、それも神の試練だと思う。
17歳になった君は、俺と身も心も婚姻し……妖精の力を身に宿す事が出来るようになったんだ」
「そ、それって……。私……まだそんな風には……えっと、その……」
なんだかはしたない想像をしてしまって顔が赤くなる。元婚約者とはそんな雰囲気になったことすら無かったが、一般知識だけはあったのでなんとなくわかってしまった。
嫌というわけではない。この人にならきっと安心して身を委ねる事が出来るはずだ。と、魂が言っている。だが……ひたすら恥ずかしい。
意識がハッキリしてから目の前の妖精王を改めて見ると、その美しさに目が眩む程だ。抱き締められた時に意外と胸板が厚くたくましい事も知った。
いくら魂時代に見初められたとはいえ、今の私は彼に相応しいのだろうか?と物怖じしてしまった。
だって本当に素晴らしい魂の持ち主だったのならば、例え奇妙な痣があってもここまで虐げられなかったのではないか?と思ってしまったのだ。
もし、結婚を承諾した後で「間違いだった」と言われたら?元婚約者のように、別の恋人が現れたら?
そうしたら、私の存在価値は本当に無くなってしまう。妖精王を疑っている訳ではない。自分に自信が無いのだ。だって、私には何か人に自慢出来ることなんて何も無いから。
いくら妖精王の愛を待っていたとはいえ17年もの間、誰にも愛されなかったのに……本当にこんな素敵な人に愛されて許されるのだろうか?と。
「わ、私……まだ、自信が無いんです」
妖精王の花嫁に相応しいかどうかの自信が無いんです。と、素直に自分の気持ちを伝えた。さっきは気持ちが高ぶっていたけれど、冷静になればこう答えるしかない。
今までなら……父や元婚約者にこんなとこを言えば叱責されて折檻されていたがーーーー妖精王は優しい笑みを浮かべたまま私の頭をそっと撫でてくれた。
「もちろん、君の気持ちが決まるまで待つよ。約二千年待ったんだ、後何年待とうがそんなに変わらないさ。
ただ、この森で俺や妖精たちと一緒に過ごしてくれると嬉しい……。どうか、妖精達を嫌わないで欲しい」
悲しげな彼の瞳に思わず慌ててしまう。
「嫌うなんてそんな……!」
私の周りをふよふよと浮かぶ光の塊……妖精達は優しくあたたかい光で私を包んでくれた。
「……妖精達の光は、大好きです」
そう呟けば、妖精王は嬉そうに笑った。
「そうか。では、まずは俺と婚約して欲しい。婚約者として俺を見極めて……それから決めてくれたらいい。俺はラメルーシェの意思を尊重したいんだ」
「妖精王様……」
「どうか、妖精王ではなく……ウィルフィーデと……ウィルと呼んでくれたら嬉しい」
「ウィル様……。ありがとうございます」
こうして、私は妖精王と婚約を果たしたのだった。
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