対立
目の前に出されたブローチの形を一ノ瀬は知っていた。橋の欄干にぽつねんと描かれていたり、標識の棒にぺたぺたと貼られるシールの中にひっそりと顔を出す。この町で生活していれば必ず目に入ってきた。
「話題なのはドーベルマンだけじゃない。この集団も最近は目玉になってきている」
林田の言う通り、その集団はあらゆる事件を起こしては、犬が尿を撒き散らし陣地を示すように、とあるシンボルを事件現場に残す。泡銭を稼ぐ警察関係者の口の軽さは、あらゆる情報媒体の大きな玄関口となっており、耳目の中心となる下記の惹句を形成していた。
「閑静な住宅街で起きた連続不審火に、とある謎の集団が関わっていた?! 真相に迫る」
このような都市伝説めいた陰謀論から始まって、町で起きる事件のほとんどに、逆さの五芒星に翼の生えたシンボルが残されている事に気が付くと、忽ち色めき立ってお祭り騒ぎに至った。
「林田君、それは……」
今目の前にいる旧友が様々な犯罪を起こす集団に属する一人だとするならば、危害を加えられる心配が先立ち、一ノ瀬はこれまで以上に顔色を伺いながら訊いた。
「これは買ったんだ。ネットでね」
あくまでも自分は集団に肩入れするだけの聴衆であると林田は言った。
「君はどういうつもりでそれを買ったの?」
悪事を働く集団のシンボルを所持する思想や主義主張に鋭敏な反応を見せる一ノ瀬は、一種の潔癖症とも思える嫌悪感を発露し、値踏みするような鋭い眼光を林田へ向けた。
「面白いからさ。何も起きない日常よりも、僕は事を好むよ」
大きく脈打つ心臓が一ノ瀬の左胸を内側から叩き、形容し難い感情の源泉となる。
「そんなの……」
「君だって、ドーベルマンにはいたく感銘を受けていたじゃないか」
林田が見せる侮蔑を含んだ微笑に、一ノ瀬はひとえに感情を逆撫でられた。
「どうしてそこでドーベルマンが出てくるんだよ」
一触即発とはいかないまでも、語気に表れる荒々しさから喧嘩の入り口となってもおかしくない。一ノ瀬は前のめりになり、林田と侃侃諤諤と意見を交えるつもりのようだ。
「アレだって、人に暴力を振るう野蛮人だろう? 僕からすれば、同じ穴の狢だ」
「本来なら、捕まりもしない犯罪者を懲らしめてくれているんだ。感謝こそすれ犯罪者集団と同類にするなんて有り得ない」
「違わないよ。起こした結果は違えど、本質は同じだ」
互いに引き下がる気配がない一ノ瀬と林田の間に、逃げ場のない熱気が渦巻き、居酒屋での一幕とは思えない、切迫感を生む。
「これを見てみなよ」
そう言うと、林田は携帯電話の液晶画面を一ノ瀬の眼前に出した。
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