第38話

 人間に憎悪を持ったのはいつからだったのだろうか。

 自身を切り出し戦ってきたファントムには、とんと見当がつかない。

 イドとなってしまった、肉体を失くしたこの身は、記憶を持たず、ただ感情だけがこびりついていた。

「また……」

 負けたのだ。

 瓦礫に囲まれた暗闇の中、ファントムは目を閉じる。またヒーローに負けた。また人間に勝てなかった。

 戦う理由が、防衛だろうと、制圧だろうと人間には勝てなかった。

 ファントムと言う大きなエネルギーに対する、人間の根源的な叫びに、結果はいつまでも敗北だ。

「私は、ただ」

 リリスたちとの世界を守りたかった。変わりたくなかった。変えたくなかった。

 そのために邪魔なものを排除したかった。リリスだってそう、思っていたはずだ。

 だというのに、リリスはやめるという。リリスが始めたことなのに、リリスはやめるという。

 こんどこそ、邪魔者を消すことができたというのに。

 間違っていたと。わがままだとわかっている。しかしがらんどうの中に残った貪欲は、やめられないと叫んだ。

 昔から、そう、短絡的で直情的だ。

「……いや」

 答えは明白なのだろう。

 変われずに、変わろうとしなかった不変を求めるファントムに対して。

 変わらずに、しかし変わり続ける動的平衡を成し遂げた人間。

 子供一人思い通りにできないことも、負けることも当然なのだ。

 頑強なものほど壊れやすい。いつだってそうではないか。

 崩壊していくこの身は原初の記憶を思い出すことすら叶わないが、それでも感情はいつだってそうだったと答えてくれる。

 そのたびにリリスがこの身をかき集めた努力を、そのたびに無駄にした。

 いつも、今も。だから、この暗闇は、狭い世界を求めた自分勝手の罰だろう。

 だからかまわない。ひとりぼっちでいることも。ひとりぼっちで終わることも。

 かまわないのだと、いうのに。

 だというのに、瞼の向こうから光が差す。がらがら、と瓦礫が退かれる。

「あらあら」

 ぐずり、とほほ笑むような声

「一人は、さみしいのじゃないかしら。山田くん」

 ファントムは目を開ける。

「大丈夫かい、山田くん」

 夏蜜の後から、裕司も覗き込む。

 二人の、変わりない姿に、ファントムは苦笑した。

「山田はやめろと、言っている」

 伸ばされた夏蜜と裕司の腕を、山田は取った。

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