第6話

「おー、そうなのか。確かにそういうのやだもんな」

「そうなんだよ!おいら、突然出てきたぽっと出が二人の中心になっちまったみたいで嫌だったんだよ!」

「わかるわかる!突然だとよくわからんもんな!」

「分かってくれるか!」

 うんうんとうなづく要に、ユリブターは感涙をこぼす。


 その後ろ姿をブラックたちは、警戒しながらも呆れた表情で見ていた。

「椎名要はいいカウンセラーだな!」

「いや、あいつは趣味が被ってるから話が合ってるだけで、細かいとこは理解してませんよ、ぜったい」

 柚希はいやいやいや、と熱田の認識を修正した。

「か、要は聞き上手、ていうか、肯定上手、ていうか……」

「あいつは相当な齟齬がない限り相手のはなし否定しないんで、しゃべりたいだけの奴はそれで満足できるんですよ」

「か、カウンセラーというより、キャバ……な、なんでもない」

 柚希の睨みつけに、充は口を閉じる。


「さて、まあ今回はこれで落着となりそうだな」

 要としゃべりながら情緒が落ち着いていったユリブターに、熱田は見切りをつける。

 ユリブターは徐々に、その怪人の姿から、元の人間の姿へと戻っていっている。

 これは怪人化が解けている証拠だ。

「初めて見ましたよ。対話による怪人化の解除なんて」

 怪人を倒す場合、ヒーローの武力による制圧が碇石だ。

 しかし、怪人の原因であるイドが欲を養分とするのであれば、宿主である人間の精神が落ち着いた状態になり、その養分がなくなれば怪人でなくなる。

 理論上では対話による、武力以外での制圧方法もまた存在した。

 しかし、怪人側にも一定の理性と知性が必要、などの条件が重ならなければならないという難しさにより、ほとんどとられない手法ではある。

 加えて、かつては対話を試み、怪人に殺害されたヒーローも存在した。対怪人の手法として率先して取られるものではない。

 今回のユリブターは、要との相性により怪人化の解除が可能となった。偶然が重なり叶った結果だ。

 そのような背景はつゆ知らず要はユリブターの元となった男と握手する。

「おいら、こんなに楽しい時間が過ごせたのなんて初めてだ。おめと話せてうれしかった」

「そうか!俺もあんたとしゃべれてよかったぞ!」

 二人の間に結ばれたのは友情なのだろうか。

 その様子に、ブラックは男をさっさと気絶させて引き上げよう、とステッキを構える。


 だが、その二人を見ているモノは、ヒーローたちだけではなかった。

 ぐずり、と何者かが微笑む。

 ビーンッと、ユリブターだった男は雷に打たれたかのように立ち上がる。

「どうした?!」

「うっうううっううっ」

 目を見開き頭を押さえ苦しみだした。

 ミヂミヂミヂ、とその腕が蹄に変形する。形相は恐ろし気に変化し、うめき声をあげ肉体を膨張させる。伸びた皮膚に赤茶の剛毛が生え、顔はブタのようになり、口からは上向きの牙が伸びた。


「要!逃げろ!」

 豚の蹄が振り下ろされると同時に、ブラックが間に割って入る。

「ローズ・クライミング!」

 黒い茨が塀のように豚の前にそそり立った。以前ゴッキー総督の拳さえも通さなかったその茨。しかし豚の蹄は突き抜け、ブラックと要を殴り倒す。

「うわあっ」

 玉突きのように追突される二人。

「プラッティ・リリー!」

 遅れて割って入ったミルキー。自身の持つ最大火力である光の砲撃で迎え撃つ。至近距離で放たれたそれは、だが蹄の勢いは衰えない。

釘乱くぎみだれ!」

 間髪入れずスケ番長の釘バッドが襲う。無数の釘を持った鈍器で繰り出されるその攻撃は、皮膚を割り肉を裂き、骨の髄まで貫通するスケ番長最大級の攻撃だ。

 しかし、怪人というものは、常に例外が付きまとう。

「プギィィィィィィィィッッッッッッィイ!!!」

「なんだと!?」

 スケ番長の釘乱を食らった怪人は、しかしそれをはねのけ起き上がった。

 あらわになるその姿。イノシシを彷彿とさせるその形は黒茶の毛を纏い、先の怪人よりも一回り大きな体となっている。先ほどまで感じられた思考能力は微塵もなく、そこにいるのは文字通りの化け物だった。

 怪人は名乗りを上げることもない。息を吸い込みぷくぅとその腹を膨らませる。

「全員下がれ!」

 スケ番長が指示するも一歩遅い。

「ブブゥッ!」

 怪人の口から白い何かが吐き出される。

「ぎゃぁっ」

「ひ、ひぃぃっ……ぅっおえぇっ」

 よけきれなかったブラックとミルキーが悲鳴を上げ、ミルキーは吐いた。

「大丈夫か?!充!臭!」

 要は思わず鼻をつまんだ。

「なんだこれ、脂?」

 ヌルッとした感触が手にこびりつく。そしてそのしつこさは纏った悪臭も同様だった。

 汗や垢などの老廃物をかき集めて醸したような独特の悪臭。

 夏場の体臭を濃度百倍にしたようなこの悪臭。

 目や鼻の粘膜を突き刺すようなその悪臭。

 柚希は剣道防具の慣れか耐えることができたが、たまらず胃をひっくり返したミルキーは、変身を保持できず充の姿に戻ってしまう。

「おえぇぇっ」

「ブラック!」

 充の様子を見かねたスケ番長。

「ミルキーを連れ撤退しろ!」

「しかしっ」

「どのみちお前ももう体力がないだろ!」

 ブラックは閉口する。元々ユリブターを相手にミルキーと共に戦っていたのだ。先ほどのローズ・クライミングも貫通されていたように、体力は底が見え始めている。

「柚希」

 要がブラックの前に立つ。

「充のことは任せた」

 普段より二回りも大きい背中は、怪人の姿さえも、ブラックの視界から遮ってしまう。

 振り返った要は、にんっ、と笑った。

「俺だって、戦えるんだ!」

 握った拳は強く、勇ましい。その姿に、ブラックもとい柚希は押し黙った。

 静かに一度、瞼を閉じ、地面へと言葉をこぼす。

「……ああ、任された」


 撤退する幼馴染二人を、要は振り向くことはなかった。そのまっすぐに熱い目は、怪人を射抜いている。表情に笑みはなく、無表情ともとれるその睨みつけには力強さがあった。

 たった短い時間、会話をした中ではあるが、それゆえに要は目の前の怪人をユリブターとは呼称しない。

 要が一目見てわかるほど理性も知性も消失したその怪物を、要は一定の礼儀のもと、ユリブターと区別し、ある意味ではそのユリブター、元となった男の矜持のためにかの怪人を倒す。

 そう、拳を握った。

「カカカッ」

 その思いに呼応するように、要に力を貸す褐色も腹の底から笑う。

 空虚な褐色に反響するその笑いは、戦の号砲のようにも思えた。

「やるぞ!タマちゃん!」

 要は己の内に宿る褐色へと叫ぶ。

「タマちゃんはやめろ、タマちゃんは」

 要の、握りこんだ拳に宿るものは、戦う意味、怪人を倒す意思、そのために力を求めた欲。

 それを褐色は喰らい、破壊へと昇華する。

「プギィィィィィィィィッッッッッッィイ!!!」

 怪人は咆哮し、忌々しき油脂をまき散らす。

「せい!」

 しかしそれらは一撃目の拳から放たれる熱により燃焼される。

 要の重い踏み込みが地面を揺らす。

 二撃目はすぐそこまで迫っていた。

「や!」

 拳に握りこまれた熱。その全てを、ユリブターに打ち込んだ。

「ぷぎぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!!」

 要の渾身を食らった怪人。その破壊力に大きく口を開ける。のけぞった体。確かな手ごたえを要は感じる。

「まだだ!下駄卸!」

 スケ番長が鋭く追撃した。怪人は倒れていない。

 高密度の肉で地面に伏すことなく起き上がった怪人を、スケ番長の下駄攻撃が襲う。鉄よりも重く硬いその下駄が、柔軟な股関節の稼働により最大の位置エネルギーを伴って落とされる。

 毛皮に下駄の歯をめり込ませたその攻撃。スケ番長の足に筋線維の切れる感触が伝わる。だがそれも致命傷には至らず、スケ番長の追撃は俊敏な動きで避けられた。

 怪人は、その耐久力、俊敏性が秀でていた。

 まき散らす油脂のようにちょこざいな技を使い、火力を誇るスケ番長や要でも一撃で倒すには至らない。

「まずいな」

 スケ番長は焦りこぼす。

 怪人が発生してからかなりの時間が経っていた。要との対話時間を含めれば、一時間は超えている。

 スケ番長の焦りは、怪人の元となった人物の、今回の件であればあの肥満気味の男の、人命に起因した。

 怪人はイドが欲を消費することで強い力を生み出す。そのエネルギーが臨界点に達するとき、怪人化した人間の肉体は蒸発し、より強力なイド、『イド・ロゴス』が生み出される。

 そのとき当然その怪人化していた人間は死ぬ。

 怪人化をさせたまま長時間を経過させるということは、それだけ命が危うくなるということだ。

 加えて、元ユリブターの怪人は突然狂暴化した。残された時間はいかほどのものか、多少乱暴にも見えるが、早急な怪人の討伐が求められた。

 だが、果たしてこの人員で怪人が倒せるだろうか。

 力不足を懸念したわけではない。むしろ力は有り余っているのだ。スケ番長には。

 しかし全力を出したうえで新人の要を面倒見るという器用さはスケ番長にはなかった。

 要を撤退させる。そう指示しようとしたとき。

「その必要はない」

 スケ番長の指令は発する前に遮られる。

「俺が本物の戦いというものを見せてやろう」

 それは要の声であったが要の言葉ではない。

「タマちゃん!頑張って!」

 要の体の主導権は、イドであるタマちゃんに譲られていた。

「貴様!何のつもりだ!」

「……見かねたのだ」

 イドに体を操られる。怪人化ともとれる状況に、矛先を変えようとするスケ番長をタマは制する。

「先ほどの拳はなんだ。握りこみはいいが踏ん張りがきいていない。速さもない。蝿が止まるようなあの突きを、俺には見過ごせん」

 故に、とタマは宣言する。

「俺がこの体に、戦いの本質を叩きこんでやろう」

 高熱。空気が歪曲し発生した蜃気楼がタマを包む。空中の可燃物が燃え、火の玉が生まれては消える。じりじりとした空気の熱はスケ番長にまで伝わった。

 着用していた赤いジャージは一瞬のうちに光の中に消え、タマが纏ったものは赤と黒の戦闘服だった。

「完全な、変身……だと!」

 戦闘服は肉体から発せられる熱を捕縛、循環させそのエネルギーをさらなる攻撃力に変換する。

 能力を最大限まで引き上げる兵装に、タマはヘルメットの下で笑む。

 構えた。見よう見まねの要とは異なる。長い鍛錬を感じさせる動き。一切の隙がなく相手を殺すために研ぎ澄まされていた。

「ぴぎっ」

 それを察したのか、怪人は悪質な油脂をまき散らし逃げ出した。

 しかし遅い。その瞬間にタマは踏み込んでいた。足腰のばねを利用した最小限の足さばきが歩幅以上の移動を可能にし、タマの体は怪人の眼前に。瞬間移動にも見えるその動きは全て物理的な肉体がなしている。

 踏み込みひとつ。足の直下とその周辺、二重のクレーターができる。

「ヤ゛アァ゛ァ!」

 正拳突き。

 熱を納めた拳が怪人の肉体に沈む。毛皮をいぶす悪質な匂いは一瞬だった。

 ドンッと拳の後から付いてきた音が破裂する。

「ぴぎぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっつ!!!」

 吠え、内から燃え上がる怪人。

 炎はその肉を焼きやがて火花を散らし爆ぜた。

 爆風が、怪人の最期を知らせた。

 逆光を浴び、暴力の快感に笑むタマを、スケ番長はその目に焼き付ける。その凶暴の片鱗を。

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