第26話 急転

 川の流れに沿って、キラキラと水が輝いている。通常であればただの綺麗な光景だが、今の私には煽りにすら感じられる。


 まるで「自然の光景はこんなに綺麗だけど、お前は愚かだよね(笑)」とでも言われているようだ。(笑)ってなんだよ。せめて「草」とか「www」とか……あるだろう……


 まあ、これはただの私の妄想でしかない。第一、こんなに規則的に流れる水が私を煽るとは到底思えない。


 ――あんまりマイナスな気持ちになっちゃダメだな!!よし、今度こそ元気出すぞ〜!!


「よっしゃ!!」


 私は掛け声を一つ放ち、もう一度地に足をつけた。


「ウズ、この後どうする?」


「ウズは……えっと、特にありません!!」


「よし、じゃあ帰ろう!」


 ウズと私は元気に声を上げ、歩幅を広げて旅館に向かって歩き出した。


 ――そこまでは良かった。


 何かがおかしい。自分の見える視界だけじゃ判定できない、空気感というか、雰囲気というか。そういう漠然とした違和感が私を襲った。


「ねぇ、ウズ」


 私はすぐそばにいるウズの名前だけを呟いた。


「再立さんも感じますか?なんでしょう……?天気ですかね」


 ウズの指摘通り、先程まで見えていた晴れ間が急に消えていた。違和感の正体はこれか。


「雨が降りそうだからとっとと帰っちゃおう……か?」


 私は、水面に大きな影が映るのを見た。少なくとも人では無い。どちらかと言えば――


 バシャーンと水飛沫が立ち、川の中からそれが姿を現した。


 ――魚だ。


 その魚はハッキリ言って普通で無かった。大きな牙、大きな目を持つ点は通常の魚と変わらない。しかし、カッターの刃を巨大化させたようなヒレを持っている。明らかに生物由来でなさそうなそのヒレは、その魚の異常さを端的に表していた。


 しかも、あの魚は地上で当たり前のように過ごしている。これは、足が生えて走り回っているだとか、重力を無視して泳いでいるとかそういう訳では無い。


 全身の筋肉を上手く使い、飛び跳ねながら進んでいるのだ。なんとも現実離れしたその姿には、まるで世の中を曲げたかのような歪さを感じる。


「魚の改物……?」


「そのようですね……」


 幸い人は周辺にいない。被害が出る前に戦うしかない……!


 魚の改物は……だいたい八十センチ程だろうか。淡水魚としてはかなり大きめのサイズだが、改物だということを考えるとそこまで大きくないようにも感じる。


 ――今までの奴らが異常なだけなのかもしれないけど。


 よし、まずは攻撃をしよう……


 ――どうやって?


 ハッキリ言って手立てはほぼなかった。炎魔法はトリアとの戦いでほぼ使い切っており、今使えるのはウズが見せてくれた水魔法のみ。


 つまり、今の私には大した魔法が無い。


「ウズ、水魔法だけで倒せると思う?」


「――無理じゃないですか?相手は陸上でも生きれる魚ですよ?炎魔法とかで焼いちゃった方が良いと思います」


「――それがね、炎魔法は今使えないの」


「……え?嘘ですよね?ど、どうするんですか!?」


「と、とりあえず逃げようか!?」


 私とウズが大きめの声で焦り始めると、その声に反応したのか魚が一気にこちらと距離を詰めてくる。


「う、うわぁぁー!!な、なんでもいいから『リピート』!!」


 辺りがとてつもない光で覆われる。なにか大きな事が起きそうな、眩い光だ。


 ――しかし、やはり光っただけ。私が『リピート』したのは幸福魔法なのだ。攻撃魔法ではないし、効果をすぐ実感できる魔法でも無い。


「意味無いじゃん!?」


 冗談抜きに対処法を考えなくてはならない……!にもかかわらず、何も思いつかない……


 もうダメなのかな……


 そう思った瞬間、魚は一気に飛び跳ね、私たちに刃を向けた。マズい……!!本当に死ぬかも――


「『放流』!!」


 ウズがそう唱えると、昨日と変わらない強い水流が魚に向かって解き放たれた。魚はその流れに押し戻され、その場にポトッと落ちてしまう。


 私はその姿を見て、何かインスピレーションを受けようとした。


 ――あの魚のヒレは刃になっている。


 刃……?なんかそんな魔法無かったっけ……?私は記憶を辿り、一つの答えにたどり着く。


「『リピート』!!『炎刃ファイヤーブレイド』!!」


 フレバとかいう敵が使ってたじゃないか!!私はそれを思い出し、全身全霊で叫んだ。すると、あの戦いで見た青い炎を纏った刃が飛んで行った。


 その刃は、魚の体を中央から裂いて消えた。辺りに身が焼ける香りと鮮血が飛び散った。人間ではないが、赤い血が飛び散るのはおぞましい。


「――よし!勝った!」


「また役に立てなかった……」


「ウズ、落ち込まない!というか、ウズは上手く『放流』を使いこなしてたじゃん!」


「そ、そうですかね……?」


 私たちが安心しきったその時、少し遠くの方で水しぶきが上がった。


「ん?なんだろ?」


 私が音の方に目をやると、そこには先程の幸福魔法使いが居た。


「あっ!詐欺師!!」


「ちょ、ちょっと再立さん、いくらなんでもその言い方はないんじゃないですか?」


「いやいや、実際お金を取られてるわけだからね!!」


 五百エンとはいえ、取られてるもんは取られてるわけだ。私は文句を言ってやろうと思い、ズカズカと幸福魔法使いの方へ歩き始める。


 ――その時だった。幸福魔法使いの上から、何か大きな物体が落ちてきた。そう思ったのもつかの間、「きゃぁぁぁ!!!」という悲鳴と共に、彼女はその物体に押しつぶされるように倒れ込んだ。


 私は目を疑った。そんなことがあるのだろうか……?私とウズは急いで現場に走った。


 ――その物体は先程と同じ「魚の改物」だった。しかも、先程の個体よりふた周りほど大きい。


 私が彼女の側に行った時、魚は彼女の上で跳ねていた。しかも、刃物と化したヒレが少女の腹に突き刺さっている。


 私はどうしたらいいのか分からなかった。しかし、まずは連絡をしないといけないと本能が訴えた。私はポケットから話札を取り出し、ウズに手渡した。


「ウズ、誰でもいい。助けを呼んで」


 ウズは無言で頷いた。


「『リピート』」


 私の指先には、加害者さかなと同じ刃が現れていた。

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