第18話 特訓
「お疲れだねー二人とも」
椅子にぐったりと座るウズとタエに、ナガレが話しかける。
「なにか飲む?」
「えー?お茶お願いしますー」
タエが言った。ウズもそれに頷いて同意する。ナガレはそれに「はいよー」と答え、厨房へと入っていった。タエは、ウズが無言で首を振ったことを少し気にした。
「なんかウズちゃん、おれに対して冷たくない?」
「そ、そんなことないです」
「えー?冷たいよー。なに?突然入ってきたおれに嫉妬してんのー?」
タエはからかうように聞く。ウズはそれにブンブンと首を振る。
それと同時に、ナガレが机にお茶をふたつ置いた。
「い、いえ、嫉妬とかでは……ないです……あ、いや、嫉妬なのかな……?」
「んー?どうなの?おれへの思い、全部言っちゃいな」
ウズはモジモジとした顔をしながら、タエのことを見つめる。そして、俯きながら細い声を上げ始める。
「えっと……なんだろ……入ってきたこと自体はとてもうれしいんです。でも、なんというか……ウズがダメダメなのに、タエさんはすごく役に立っていて……」
ウズの答えに、タエは優しく微笑みかけた。
「大丈夫!ウズちゃんは十分仲間に貢献出来てる!なにより、役に立ちたいっていう気持ちが大事だもん。そう思えただけで勝ちじゃん」
「で、でも……」
「ウジウジしてても仕方ないよ!不安に思うよりまず行動!おれと特訓してみない?」
「特訓、ですか?」
「そうそう!再立さんとモエさんには内緒でさ!」
タエの一言に、ウズは気持ちが晴れやかになった。ウズの両親はどこかに行ってしまっている。そんな中、自分を成長させようとしてくれている仲間がいるのだ。その事実がとにかく嬉しかった。
「ほんとにいいんですか?」
「当たり前じゃん!一緒に頑張ろ!」
「が、がんばります!」
ウズがそう宣言をすると、奥から再立とモエが出てきた。なんだか落ち込んでいる様子だ。
「ウズ、タエ。帰るよ」
再立が低い声で言った。しかし、ウズはそれに臆することなく主張する。
「え、えっと、ウズとタエさんはこれから特訓をするので、先に帰っていてください」
ウズは心臓の鼓動がどくどくと加速していた。再立の雰囲気的に、怒られてしまうんじゃないかと思ったからだ。
「――ふぅん」
ダメだと言われてしまうかも……そうなったらどうしよう……
「いいんじゃない?暗くなるまでには帰ってきてね」
再立の回答に、ウズは胸を撫で下ろす。怒られないだけでこんなにも安心するものなのだろうか。
再立たちが店を後にすると、ウズとタエは揃ってちょうどいい温度のお茶を飲み干し、お金を払って外に出た。
「さて、どこでやろうかなぁ」
「遠くでは出来ませんよね……」
「とりあえず土手にでも行くか」
二人は小走りで小川の土手へ向かう。そこまで広い場所では無いが、水魔法を練習するには最適な場所だろう。
土手の坂道を駆け下りて、砂利の上に立った二人は、攻撃が直撃しすぎないように距離を取った。タエは背負った盾を取り出し、ウズは神経を研ぎ澄まさせる。
「じゃあウズちゃん!行ってみよっか!」
「はい!ふぅ……『放水!』」
ウズが広げた手の先から、強い水流が飛んでいく。タエはそれを難なく防ぐ。
「次!」
「『放水』!」
また同じような軌道で水が飛んでいく。しかしそれも盾で防がれてしまう。
「う、うーん……」
ウズはあまりにもあっさりした攻撃に頭を悩ませる。やはり力不足なのだろうか……
「ねぇ!他になにか使えない?ほら、川もあるしさ!」
そのアドバイスにウズはハッとした。そうか、自分が使える魔法は『放水』だけじゃない。
「い、いきます!『
『細波』、それは細かな波を断続的に生み出す魔法。使用条件は多くの水があること。ここには川があるのでこれは達成出来ている。しかし、川というものには流れがある。上から下に向かって、途切れなく流れ続ける――。
しかし、『細波』を発動させると流れに逆らうように波が生まれる。それすなわち、ごく僅かな時間かつ、川の上側限定ではあるが、波がダムの役割を果たして水がせき止められるということ。水位がギリギリな小川でそんなことが起きれば……?
「う、うわ!なんか水が溢れてる!」
氾濫するのは想像に難くないだろう。タエの周りだけ人差し指が浸かるほどの水が溢れている。
「こ、これは流石に防げないよ!」
「そ、そうなんですか!?でも、ウズの意思じゃとめられません!」
「嘘!?」
水位はどんどん上がっていく――ように思えたが、やはりまだ経験の浅い魔法少女。すぐに波は治まり、水は川へと流れた。
「は、はぁ……良かった」
危うく人を殺めかけたウズ、危うく死にかけたタエ、二人とも安心する。確かにそこまで水位は無かったかもしれない。しかし、だんだん水かさが上がるその光景は、深層にある恐怖を引き立てていた。
「範囲攻撃は怖い!だからさ、『放水』を強くする方向で行こう!」
「は、はい!」
「じゃあさ、水の量を増やす意識で打ってみて!」
「分かりました!『放水』!」
また水が放出される。しかし、水はそこまで増えておらず、しかも飛んでくる速度が落ちている。あまり良くない攻撃だ。
「つぎつぎ!今度は速度を上げる感じでやってみて!」
「速度……ほ、『放水』!」
今度は少量ながらかなり速い水が飛んでいく。タエはそれに上手いこと対応することが出来ず、
「うぎゃっ!」
タエの頭に冷感が響く。しかも、水は顔をつたって目の中に入ってしまう。
「う、うわー!!」
タエは急いで腕で目を拭う。しぱしぱと目を動かすが、なかなか視力が戻ってこない。しばらくしてようやく戻ってきた。
「い、今のだよ!!顔を狙えば目潰しになる!」
「で、でも……」
「――あー、そういうのはダメ?じゃあ、もうちょっと研究してみようか」
タエは色々考えてみる。うーん……ウズの魔法……
「ねぇ、渦巻かせてみようよ!」
「――え?」
「流れを作るんだよ!水にさ!」
「流れ……やってみます!」
ウズは今までにない魔法の感覚を掴もうと精神を完全集中させてみる。
「『放水』!!」
ウズの近くから、渦を巻いた三本の水流がタエに向かってビュンと飛んでいく。タエはそれを何とか防ごうとするが、三本全てを防ぐのは無理だった。最後の一本がタエの右足に直撃し、びちょびちょに濡れてしまう。その水はとても冷たく、足から全身に冷えが回ってしまうほどだった。
「す、すごい!これは新しい魔法だよウズ!」
「そ、そうですか!えへへ」
「そうだなぁ……『水を放つ』というよりは『流れを放つ』って感じ……『放流』だ!」
「『放流』ですか……!」
「そう!『放流』!いやぁー!新しい魔法の誕生は美しいね!」
ウズは新しい魔法に胸を躍らせ、誰もいない対岸に向かって叫んだ。
「『放流』!」
先程も見た魔法が誰もいない水面に飛んでいく。その感覚に、ウズは喜びを隠せなかった。
◆ ◆ ◆
トゴーの店を後にした私とモエは、家に向かって歩いていた。
「ウズちゃんとタエさん、大丈夫ですかね……?」
「まあ、大丈夫でしょ」
タエは守備力が高いし、ウズもしっかりした性格。誰かに簡単にやられることは無いだろう。
「あ、再立さん。私、欲しい物があったんでした。買い物をしてきますから、先に帰っていてください」
「うん、わかった」
モエはそう言うと足早にどこかに行ってしまった。あ、久しぶりの一人だ。
「いやぁ、無事に帰れるかな……改物出てきたりしないよな……」
まあ、改物の出にくい街中だし気にしても仕方がない。早いとこ旅館に帰ってしまわなければ――!?
後ろからなにかが近づいてくる。そして、そのなにかは私になにか攻撃を仕掛けてきた……!私はそれを何とかかわす。
「誰!?」
「へぇ、さすがは改物討伐者ね」
そこには、長髪の女性が立っていた。黒色の髪の中に、赤色のメッシュのような物が何本か入っている。
「だから、誰!?」
「おっと、自己紹介を忘れたわね?私はトリア。名前だけでも覚えて」
「と、とりあ?何者?」
「そうね……王府でも改物討伐機構でも無い、第三勢力……ブレイカーズの一人。ってところかしらね?」
「ぶ、ブレイカーズ?なんで英語?漢字で名前つけるものじゃないの?」
「ふふっ、まあ、普通はそうね。でも、私たちは古い体制を壊したいって気持ちがあるの。だから、みんなが知らないような名前を付けて、新時代の組織なんだぞー!ってことを示したいの」
へ、へぇ……というか、改物討伐機構って古い体制なの?
「ね、ねぇ、壊したいってのは分かるんだけど、なんで私なんかと話をするの?」
「民原再立さん。あなたには『リピート』があるよね?」
「う、うん」
「あなたのその魔法は、あなたが思っている以上にとんでもない力なの。使い方次第では、この国を救うどころか壊し尽くしてしまうかもしれない。でも、少しは壊さなければならないの。だから、あなたの力を私たちに貸してほしいなって言う……いわば勧誘ね」
「勧誘……?よく分からないや」
「まあ、そうでしょうね?とはいえ、決断は早い方がいいわ。だから、ここで一回砂抜きをしておく必要があると思うのよ」
砂抜き……?ガス抜きみたいなことだろうか。でも、だとすればそれって……
「急で申し訳ないんだけど、戦ってもらうわね!『審判』!!」
お、襲ってくるの!?私一人はまずいよ!!
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