第11話 採石場
一面に広がっていた草原に、段々と細かな石が混じりはじめた。一つ一つの石が、「この先に採石場あり」と意思を伝えているかのように目立っている。
「採石場の改物ってどんなのかな?」
「分かりません……そもそもその採石場がどんなところなのかが分かりませんし」
モエも行ったことがないのか……ちょっと不安だな。託使が加速する度に、心の中にある不安感も段々と加速していくのだった。
◇ ◇ ◇
遠くになにか白い山のようなものが見え始めた。あれが採石場だろうか?表面の石は正方形状に切り取られており、山肌はまるでカドケシのように角張っている。
「見た感じ改物はいなさそうだけどね……」
「バラの改物は埋まっていましたからね……上から見ても分からないという可能性も考えらますよね」
そうか、確かにそうだ。今まで対峙したシロアリもバラも、どちらも最初は改物がいるとは認識出来なかった。シロアリは人間に化けていたし、バラは埋まっていた。
――だとすれば、私たちが確認できないだけできっとどこかには居るのだろう。
「そろそろ着きますね……」
機体が少しずつ減速し始める。真上から照りつけるカンカン照りの太陽の明るさとは裏腹に、何故か私の心の中には暗がりがあった。漠然とした不安感。この不安がどこに向けられたものなのかは皆目見当もつかないが、これは何かの形で現れると確信があった。
託使がふわふわと左右に揺れながら降下する。到着した場所は本当に大きな採石場。山を丸々削っているかのようにぽっかりと凹みが出来ている。
「討伐機構の人は……お、あそこにいるな」
そこに居たのは先程ウズの包帯を巻いてくれた人と、改物の遺体を回収していた人だ。仕事で疲れているのか、石を背にしてうたた寝をしている。その姿になんとも言えないいたたまれなさを感じる。
私も今まではあんな感じだったんだもんな。それなのにこんなことをやっていていいのだろうか?いや、考えないようにしよう……そんなことを考えたってあの地獄に戻る必要は無いのだ。
「どうします?起こしましょうか?」
「いやいや、起こさなくたっていいよ。休憩を邪魔する訳には行かないしね」
モエに対してそんなことを言っていると、ウズの右腕からするりと包帯が落ちる。
「あらら、結び直さなきゃね」
「ウズ、自分で出来ます」
「本当?やってみて」
ウズは結び目の一方を口で引っ張りながら左手で結ぼうとする。しかし、どうも上手くいかず、クルクルと解けていってしまう。仕方ないので私が結ぼう。
「ほーら、上手くいかないなら結ぶよ」
「す、すいません……」
「謝る必要ないよ。ウズは人に頼らず頑張ろうとしたんだもんね」
ウズは瞳をうるうると光らせながら私のことを見つめている。
「……なんか、再立さんから安心する匂いがします」
「え!?ほ、ほんと?」
ウズは一回コクッと頷いた。そんなこと初めて言われた。デスマをしてた時はろくにお風呂にも入れてなかったけど……昨日はお風呂入ったし……大丈夫かな?
キュッと結び目をつけると、なぜか上手く結びきれなかったのか、するりと布が抜けてしまう。
「あれ、上手く結べなかった。結び直すね」
私はもう一度布を噛み合わせ、しっかりとした結び目を作った。
「どう?ウズ、しっくりくる?」
「はい……!ありがとうございます!」
ウズは元気に返事をした。
その声に反応したのか、討伐機構の人達が大きく伸びをして起き上がる。
「――!?あ、すみません御三方!こちらから呼んでおいてこの醜態……申し訳ございません」
「いえいえ、いいんですよ。お二人ともお疲れのようでしたし、私だってその状況に置かれれば寝てしまうでしょうし」
討伐機構の人達はペコペコと頭を下げる。こんなに謝る必要ないのにな……
「失礼しました……ご案内します」
私たちは採石場の
「この先なんですよ」
討伐機構の人が指さした先には、ちょっとした明かりがあるだけの洞窟のようなものがあった。
「――洞穴……?」
「ええ。見てのとおり、この採石場は上部は白い石、下部は黒い石が採れるので上下で同時に作業をしているのです。ですが、こちらの地下坑道の方に突如として改物が出現しましてね。そのせいで作業がストップしてしまったのですよ」
そうか、暗い中で突然あんな化け物に襲われたらめちゃくちゃ危ないもんな。
「それで、その改物はどんな感じのやつなんですか?」
「それがですね……こちらも全く聞かされていないのですよ」
「なかなか曖昧な依頼ですね……改物、本当にいるんですかね」
人手がいなかったり、概要が分からなかったり。いろいろ雑じゃないか?改物討伐機構。
「早速ですが、入ってみましょうか」
洞窟の中にゆっくりと入ると、外とは暑さとは異なる冷気がフッと吹き抜けた。セーラーのリボンがゆらりと揺れる。
「にしても、暗いですね。外とは大違いだ」
私がそう言うと、言葉に呼応するようにウズが私の裾を引っ張る。やっぱり怖いんだな。
「今のところなにか居そうな雰囲気はないですね」
「でも怖いですね……何かはいるんですよね」
そう。今は分からないが、依頼が出て、業務がストップしているということは「何か」は居るのだ。
私たちは極力音を出さないようにゆっくりと歩みを進める。突然出てきたりしないだろうか。
入口から五十メートルほど進んだ。しかし何も起こらない。それが逆に不安感を煽ってくる。心臓の鼓動が速くなる。
そして、百メートル、百五十メートル、二百メートル……そこまで進んでようやく坑道に変化が訪れた。
「曲がり角がありますね……」
「恐らく直進すると地盤的にまずいんでしょうね。そういうのには詳しくないから分からないですけど」
討伐機構の人がはははっと笑いながら説明する。
その時もう一度風が吹き、ウズが寒さに身を震わせる。
「ウズ、寒い?」
「は、はい……ちょっと……あっ」
ウズが震えた衝撃で、また包帯がするりと取れてしまう。あちゃー、やっぱりちょっと結びが弱かったかな。
「ごめんなさい……」
「いやいや、いいんだよ。結び直すね」
私がもう一度結び直そうとする。すると、モエが少し呆れたように近づいてくる。
「もう、再立さんは二回も失敗してるんですから私が結びます!」
そうやって私たちがわちゃわちゃしていると、討伐機構の人達は「先に行ってるよ」と言いながら角を曲がった。
「いや、私が結ぶ!」
「いえ、私です!」
「二人とも喧嘩しないでください!」
「いいじゃん私が結んだって――」
私がわがままを言ったその時だった。なにかが聞こえる。刃を研ぐときのような金属音が、曲がり角の奥から聞こえて来る。それだけではない。男の人の声……?段々と大きくなってくる……まさか……!?
うわぁぁぁぁ!!
二人分の断末魔が耳に入った。しかし、それはすぐに止んだ。いや、止んでしまったと表現するのが適切なのかもしれない。それは間違いなく、二つの命が刈り取られたことを示していたからだ。
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