第7話 就寝
「ウズ、今日は再立さんとねたいです!」
旅館に帰る道中、ウズがキラキラとした目で言った。
「えー?嬉しいなぁ。でも、なんで私なの?モエの方が歳も近いしいいんじゃない?」
「いえ、再立さんがいいです。だって、再立さんの方がウズの寝るばしょが大きそうなので」
「……そっか、寝る場所が大きくなる――それって私がちっちゃいってこと!?酷くない!?」
ちゃっかり体型のことをいじられてしまった。上半身が子供っぽいのずっと気にしてんだけどなぁ……体型のせいであんま社会人に見られないし。上司に「体ちっちゃいけど安産型だね」って笑いながら言われた時には殺してやろうかと思ったわ!はぁー!嫌な思い出!!
「おひとりだと寂しいんじゃないですか?ウズちゃんはいい癒しになりますよ」
うん……まあそれは間違いない。小さな子供はどこでも素晴らしく尊いものだ。
「再立さん、今日はおねがいしますね!」
キラキラ光るウズの瞳は、まさに深い深い海のような色をしていた。しかし、なんだかそれは私を飲み込もうとしているようにも見えた。
◇ ◇ ◇
お風呂に入り、夜の暗闇もだんだんと深くなってきた。そろそろ寝よう。
「ウズちゃん、ほんとに一緒に寝るの?私、下で寝ようか?」
「いえ、ひとりで寝るのはこわいです」
「そっか。じゃあ一緒に寝よっか」
私の問いかけにウズは大きく頷いた。さて、このまま寝るのは明るすぎるから電気を消したいな……ってあれ?スイッチがないな……モエに聞きに行くか。
私は部屋を出て、隣にあるモエの部屋の扉を叩く。モエは先程までの黒いゴスロリ服とは対照的に白を基調とした寝巻きを着ていた。
恐らく眠いのだろう。目を擦りつつ瞬きを繰り返している。起こしちゃったかな?
「モエ、明かりってどう消せばいいの?」
「ふぇぇ?えっと……『消灯』って言えば消えますよ〜」
「え、私光魔法とか使えないだろうけど大丈夫なの?」
「そうですよ〜。そういう光源などの道具は周囲にある魔力を消費することで自動的に色々やってくれますから〜」
モエの説明はかなりふわふわして噛み合っていない。しかし、なんとか説明を果たそうと部屋の電気を消したり付けたりした。モエの説明によると、どうやら『点灯』と言えば電気が付くらしい。
にしても、昼のモエとは雰囲気が全然違う。眠さと酔いがこんなふうにしているのだろうか。
それにしても、わざわざスイッチを触らなくても電気が消せるなんて、便利だなぁ……電気じゃなくて魔法らしいけど。
私はモエに「眠いのにごめんね」と謝罪し、部屋へと戻る。
急いで扉を開くと、何故か部屋の明かりは完全に消え、暗闇が一面に広がっている。
「えっ!なんで……?」
私は驚嘆の声を上げながら、恐る恐る部屋の中へと歩みを進める。まさかとは思うが、なにかおかしなことが起こっている……とか?
「ウズー……?」
ウズの安否を確認する声を上げたが、返答はない。それがまた恐怖を駆り立ててくる。キシキシとフローリングが音をたてるし、夏の夜らしいジメッとした空気が私の体に不快感を与えてくる。
首筋に汗が浮かび、ツーっと流れた、その
目の前から「ばぁ!!」と大きな声を上げて何者かが姿を現した!!
「うわぁぁぁぁぁぁ!!リピート!!!!」
私は条件反射的に魔法を発動させる。するとパッと電気が付いた。目の前には髪を下ろしたウズの姿があった。
「はぁ……怖いよウズちゃん」
「期待通りの反応でよかったですよ!」
「ははは……まあ、オーバーリアクションだったかな……」
いや、怖い怖い。子供のイタズラは恐ろしいものだ。
――いや待てよ。私は今反射的にリピートを使った。発動された魔法はさっきモエに見せてもらった『点灯』だったわけだけど、他の魔法って使えるっけ……?思い出してみるか。
えっと、改物と戦う前までの魔法と銃撃は全部使った。戦ってる最中は……『炎上』を使ったな……あれ、『発破』は?全部モエが発動しなかった?
――つまり、もしも先程モエに『点灯』を見せて貰わなかったら……三人まとめて自爆……?いやいやいやいや!危なすぎる!!
あと、この感じだと指定しないでリピートしたら直前の魔法が発動されるのかな?ここら辺は戦いの中で学ぼ。
「ていうか、なんで明かりが消えているの!!」
「――ウズを子供だと思って見くびっているのですか?ウズだって『消灯』くらい使えますよ!ずっとこの街ですごしてきたんですから!」
そ、そりゃそうか……私はここに来てまだ一日だけど、ウズもモエもこの世界に何年も住んでいるわけだよね。そう考えると私はこの世界について本当に何も知らないんだな、と思う。
「えっと、ウズちゃん、寝れる?なんか絵本とか読もっか?」
「〜!?舐めすぎです!!もうウズはそういうの卒業してます!」
「じゃあ普通にお話とかしなくても寝れる?」
「そ、それは違いますよ。一緒に眠るまでお話してくれないと嫌です」
ウズは少し怒ったのか、頬をプクッと膨らませる。
あー……可愛いなぁ……ほっこりするわー……私が凡ミスをしかけただけに、この表情には心が洗われる。
「じゃあ、寝よっか。消灯〜」
パッと光が奪われた。またあした。何が起こるかは分からないけど、いいことが起こるといいなぁ……
◇ ◇ ◇
鳥の声が聞こえてきた。朝かな……?
――っ!?
尋常ではない痛みで目を覚ました。体が何かの拒否反応を起こしている。これ以上目を開けたくない。鳥の声を聞きたくない――
――!?な、なんだ……?朝?会社行かなきゃ……えーっと、スーツは……
……いや、私はもう会社なんか行かなくていいのか。隣で寝ているウズちゃんを見た瞬間、ようやく状況を思い出した。ここは元いた日本ではなく、別世界のニホン。やっぱり違和感があるな。にしても、なんでこうなっちゃったんだろうか?
当然今までの世界には心残りがたくさんある。親に恩返しができていないし、友達にだって最近会えていない。会社にはもう行かなくて済むようになったけど、それと引き換えに今までの人間関係を全部失ったのだと思うと、なんだか涙が出そうになる。
「やっぱり、帰りたいかも……」
ホームシック。初めての経験だ。しかし、これからは一生経験し続けることになるだろう。
でも、前向きに生きていかなきゃ……
ウズがうーんと唸り声を上げ、上体を起こし始める。
「おはようございます……ってあれ、再立さん……」
ウズはなにかに気づいた様に私の顔を覗き、今の私が一番して欲しくない問いを投げかけた。
「なぜ泣いているのですか?」
『なんでそんなこと聞くの?』などというワガママは通用しない。ウズはまだ子供で、私はもう大人。逆ならばなんの違和感も無いが、残念ながらそうでは無い。
「なんでもないよ。ほらほら、モエのところ行こっ」
私は精一杯元気に振舞って見せた。本当にウジウジしてても仕方ないのだ。戻る方法が分からない以上、そんなことを気にしたところで何も変わらない。今の私がやることは、この世界での役割を全うして王を倒すこと。それだけだ。
涙を拭くと、部屋の扉がキーっと開き、モエが入ってきた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「あー……まあ、うん」
「?――では、今日は何をしましょうか」
「ウズ、お外で遊びたいです」
「ふむふむ。そうですか……では、平原にお散歩に行きましょうか?いい所を知ってるんですよ」
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