帰ってくる問題児

第21話 話の終わり

「そう言や麗子の奴何時に帰って来るんだ?隣の工場長だって暇じゃねえだろうし」


 爪楊枝で口の掃除をしながらかなめはそうつぶやいた。思い出されたお馬鹿な中佐殿の笑顔を思い出すと誠は吹き出していた。


「予定では一時半には戻ってくるはずですけど……話がはずんでいるかもしれませんよ」


 鳥居は懐からメモ帳を取り出してそう言った。


「何食べてるのかしら……フランス料理とか?」


「知るか!」


 アメリアの冷やかす調子に少しばかりキレながらかなめはそう返す。


「あれじゃないか、クバルカ中佐がよく行く寿司屋。この辺で高いものを食わせる店はあそこくらいしかないぞ」


 カウラはそう言うとテーブルの上に並んでいる空いたバスケットをかたずけ始めた。


「そうよね……あそこは『釣り部』が良い食材を提供してるから値段もそれなりだけど味は確かよね」


 そう言うとアメリアは自分の分のナプキンをカウラに手渡す。


「寿司だったらあんまり時間とかかからないですからね。コース料理とか懐石料理とかだったら何時間待たされるか」


 誠も冷やかし半分でそう言ってみる。


「まあな、アイツの気まぐれに一日付き合わされてアイツは寿司食ってアタシ等はかえでのメイドの作ってきたサンドイッチ……全く良い身分だぜ」


 あきれ果てたというようにかなめはそう言って楊枝を口にくわえて立ち上がる。


「タバコ吸ってくる」


「別にことわらなくてもいいわよ」


 出ていくかなめの背にそう言ってアメリアはまとめた弁当箱を持って立ち上がった。


「自分も手伝いますよ」


「良いわよ。沙織ちゃんはお客さんじゃないの……誠ちゃんは手伝ってね」


 そう言うとアメリアは持ち上げた空のバスケットを誠に手渡す。


「はい……」


 誠はしぶしぶアメリアからそれを受取ると彼女が開けたドアを通って廊下に出た。


「階段があるんだ。転ぶなよ」


 こちらも手ぶらのカウラにそう急かされながら誠は整備班員達が待つハンガーに降りていく階段をよたよたと下って行った。


「でもおいしかったですよ。自分は東和に来てからはいつもコンビニ弁当かカップ麺なんで本当にごちそうさまです」


「そんなんじゃ栄養が偏るじゃないの……」


 アメリアは嬉しそうな鳥居にそう言って笑いかける。


「こう見えてもアパートでは自炊をしてるんです。幸い麗子様のおかげで仕事が早く片付くことが多いんでちゃんと三食食べられてますよ」


「まあ、仕事がそもそも来ないの間違いじゃないのか?」


 笑顔の鳥居にカウラは少し皮肉を効かせてそう言ってみたが鳥居にはまるで聞こえていないようだった。


「それにしても冷えますね」


 鳥居はそう言いながら制服の襟元をただした。


「冬だからじゃない……春の来ない冬は無いわよ」


「良いことを言うな……アメリアの割に」


「カウラちゃん聞こえてるわよ」


 アメリアの方は相変わらずの地獄耳だった。誠は苦笑いを浮かべながら階段を降り切るとハンガーへとつながる扉の前に立った。


「じゃあ開けるぞ」


 そう言ってカウラは扉の開閉ボタンを押す。寒風が本部棟のわずかな暖気も押し流して寒さが一段と身に応える。誠は彼の機体をこの寒空の中整備しているつなぎの整備班員達に感謝の意味を込めた笑みを浮かべながら歩き続けた。


「整備班はいつも弁当……でも出前を取るよりいいわね」


 アメリアはハンガーの手前で旧車のレストア作業をしていたひときわ大柄な古株の隊員である本庄に声をかけた。誠はアメリアが顎で指し示す場所に空の弁当箱を置く。


「まあねえ……あそこはうちで持ってるようなもんですから。手を抜く訳にはいかないし原価率を下げる訳にはいかないんでしょ……そんなことしたら班長が釘バットを持って怒鳴り込みかねないですからね」


 油にまみれた右手で寒空の中汗をぬぐいながら本庄はそう言って笑いかけた。


「おう、来てたのか」


 喫煙所から戻ってきたかなめはそう言って誠達に駆け寄ってくる。


「まだ田安中佐が戻って来るには時間があるだろ?何をして潰す?」


 カウラは相変わらず借りてきた猫のようにおとなしい鳥居に目をやるとかなめにそう言った。


「そうだな……叔父貴の顔でも拝むか?……ああ、どうせ叔父貴は麗子に関わるとろくなことがねえと悟って逃げてるか……それじゃあ運航部!」


「げ!」


 かなめの提案にアメリアは明らかに嫌な顔をしてそう漏らした。


 運航部は部長であるアメリアにとっては『自分の城』である。今日、麗子がとりあえず冷やかす程度なら我慢できるがそこに居座られて鳥居の手にあるカメラで写真を撮りまくられるとなると話は変わってくる。


「あそこか……この前の映画の衣装とかまだ飾ってあるのか?」


 カウラはそれとなくアメリアに尋ねてみる。


「まあね……それよりシミュレータルームに行きましょうよ!あそこはうちの胆ともいえる施設だし、暇つぶしに沙織ちゃんに体験してもらうのも良いかもしれないわね」


 アメリアのそれと無い囁きに鳥居はすぐにうなづいた。


「ちっ!」


 自分の思惑が外れたかなめは舌打ちをしてシミュレータルームに向かうアメリアの後ろに続く。


「自分は小型クルーザーの免許は持ってるんですけどアサルト・モジュールの免許は持ってないんで……」


 鳥居はそう言いながら嬉しそうな表情でアメリアの後ろを歩いていく。


「甲武の海軍はまだ九七式にレールガンを両肩に載せただけの「火龍」が主力だからな……親父の軍への嫌がらせで最新の『飛燕』への機種転換訓練も進んでねえみたいだし」


 かなめの父の甲武国宰相西園寺義基は同盟成立を理由とした軍縮を主導し甲武国の最新装備転換作業はほとんど進んでいない有様だった。


「甲武も宿敵のハンイル国が同盟に加盟している以上、機種転換訓練など必要が無いということだ。その分内政に力を注力できる。甲武は地球圏の資産を先の大戦で負けたおかげで凍結されているからな……軍拡以前の問題だ」


 カウラの社会情勢の説明を受けて理系脳であまり社会常識に明るくない誠にも甲武国が軍備拡張をできるような国情に無いことは理解できた。


「平和が一番よ……まあ戦闘用人造人間の私が言っても説得力が無いけど」


 アメリアは力なく微笑みながらシミュレータルームの前に立った。

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