第167話 邂逅(3)



 お面を外して改めて挨拶をした後、俺たちは自分たちが置かれている状況を説明した。


 王立学園に帆船部があり、その船をミモザに供与してもらうことや、部長のダンの実父であるサルドス伯爵が帆船部を潰そうと動いていること、場合によってはグラウクス侯爵を始めとしたその他の貴族勢力からも圧力が掛かる可能性もある事などだ。



「大体状況は分かったよ」


 ジンさんはごく自然体だが、後ろで話を聞いていたシュリさん、オーサさんはあからさまに顔を顰めている。


 まぁ普通に考えたら関わりたくないと思うのが当然だろう。


 ジンさんは透き通った目で俺の目を見つめてはっきりと宣言した。


「初めにはっきり言っておくよ。

 この鶴竜会は立場の弱い者を守る為に結成され、ずっとその精神を貫いてきた歴史がある。具体的には下位の探索者などの労働階級の者たちを、権力や暴力から庇護するという事だね。

 傘下の商会が、商売をする上で理不尽な目にあったら動くけど、貴族間の勢力争いに立ち入るつもりはないよ。

 それでもいいかい?」


 ジンさんにじっと見据えられて、俺とミモザははっきりと頷いた。


「親分……いいんですか?

 あの学園の事は嫌いだったんじゃ……」


 ジンさんが受けるのが意外だったのか、オーサさんが戸惑った表情で問いかけると、ジンさんは苦笑して頷いた。


「好き嫌いを言うつもりは無いよ。鶴竜会として積極的にあの『上澄み』に関わる必要は無いけどね。

 ミモザは本気でこの王都で商売をするつもりなのだろう? 話を聞けばそれくらいの事は分かる。

 その上で言わなきゃおいらたちには分からない裏側の話をして、きちんと筋を通してきたんだ。

 名ばかり商会で、実質は貴族間の勢力争いなら受けはしないけど、本気で商売をやるつもりできちんと筋を通されたんだ。

 権力に腰が引けて受けなきゃ鶴竜会の名が廃るよ」


 それほど簡単な決断ではないだろうに……


 俺とミモザが揃って頭を下げると、ジンさんはニコリと笑った。


「正直に言うと、おいらがあの学園の事をあまり好きじゃないっていうのは、オーサの言う通りさ。

 嫌いというよりは、興味がないに近いね。

 でも、坊や……じゃなかった、アレンみたいに骨と身だけじゃなくて味もある若者があの学園から出てくるのなら、時代が変わりつつあるのかもしれない。

 今日は話が聞けて良かったよ」


 ジンさんがそういうと、シュリさんとオーサさんは不思議そうに顔を見合わせた。


 まぁこの2人は俺とジンさんが初対面だと思っているし、探索者レンの正体が俺とも把握していない。


 ジンさんとは受ける印象が異なるのは仕方がないだろう。同じ風呂好きとして親近感は俺も感じているしな。


「流石は私が見込んだだけの事はあるね、ジン・グラスター。

 正直事前の情報から『アレン・ロヴェーヌ』を連れて来るのは逆効果になる可能性もあると思っていたけど……アレンを一目見て時代にまで目が向くとは、恐れ入ったよ」


 ミモザが勝気な顔でそんな尊大な事を言うと、シュリさんがギロリとミモザを睨んだ。


「ふふっ。

 そんなに睨まないでおくれ。口が悪いのは生まれつきなんだ。

 ……これでも世間の広さに感動しているのさ。あの田舎には碌なタマの男がいなかったからね。

 流石は王都だ。ワクワクさせてくれるじゃないか」


 ミモザが毒気のない顔でにこにことそんな風に弁明すると、シュリさんは額を押さえてため息を吐いた。



「ははっ。流石はアレンがわざわざ田舎から引っ張り出してきただけあって、ミモザもいい目をしているね。

 基本的には商売の事にも口を出さないから、そっちは自分の器で何とかしておくれ。

 楽しみにしているから、これからよろしくね」


 そう言ってジンさんは手を差し出した。



 ◆



 その後、鶴竜会としての一般的な取り決めの話をして俺たちが席を辞そうとすると、帰り際に、ジンさんがこんな事を聞いてきた。


「あ、そうそう。王都の裏側については結構調査したみたいだし、最近ここらで勢力を伸ばしてるマッドドッグについては聞いているだろう?

 うちともなぜかいざこざが絶えなくてね。アレン・・・はあの子たちのことをどう思う?」


 ミモザではなく、自分を名指しされた俺は『全く知りません』と答えかけて、口をつぐんだ。


 ジンさんのグレーの瞳が余りに透き通っていて、なぜか誤魔化す気にならなかったからだ。


 色は違うがまるでどこぞの王様のような目だ。



「……マッドドッグがどういう活動をしているのかは、正直言ってまるで把握していません。

 その代表の……ベンザデブについても、ほとんど何も知りませんが、性根が真っ直ぐで根性はある。

 そんな印象は持っています」


 俺はそう言ってから、『品はないでしょうけどね』とつけ足した。


 俺が正直にそう告げると、目を細めて微笑んだ。



「なるほどねぇ。

 いくらロッツと握っているとはいえ、まだうちが本気で対峙するほどの中身じゃないし、私らからしたら彼らも守るべき対象だから扱いに困っていたんだけど……

 ありがとう、参考になったよ」


 ジンさんにそう言われた俺は、今度こそミモザとその場を辞した。



 ◆



 アレンとミモザが座を辞した後。


「……どういうつもりですか?

 親分に限って『アレン・ロヴェーヌ』の名に擦り寄った、なんてことは無いでしょうけど……

 親分自ら、マッドドッグについて情報収集した、なんて話が万一回ったら、鶴竜会が彼らの力を認めたと受け取られかねませんよ?

 立場のあるものは迂闊な言葉は慎まなくてはいけないというのは、親分が口を酸っぱくして私らに言い聞かせてきたことでしょう?」



 オーサが二人を見送りに出て、ジンと二人になったタイミングでシュリは堪らずジンを問いただした。


 ジンは苦笑して答えた。


「それはそうなんだけどね。

 あ、心配しなくても坊やは今日の面談の事を漏らしたりしないさ。そこまで軽い人間じゃあ、ない。

 シュリもアレンが来た事は他言無用だよ?

 うーん……

 と言って、聞く必要は別になかったんだけど、何となく坊やがどう答えるのか見たくなってね」


 ジンが上機嫌にそう答えると、シュリは苦笑した。


「器を計るにしても、天下の王立学園生、しかもあのアレン・ロヴェーヌを相手に『マッドドッグをどう思う?』は無いでしょう。

 あの天才集団とは住む世界が違う。案の定、当てずっぽうであの札付きのワルの事を性根が真っ直ぐだなんて答えちゃって。

『分かりません』と言えない所が、所詮は12のガキ、という所ですか?」


 ジンはにこにこと笑いながらゆっくりと首を振った。


「まだ確信はなさそうだったけど、あの坊やが認めているんだ。ちょっと見方を変えた方がいいね。

 一回子供のお遊びという固定観念を捨てて、正面から当たってごらん。育ててみたら面白いかもしれない」


 シュリは困惑した。


「親分?

 アレン・ロヴェーヌは人物眼が確かだという噂は聞いていますが、所詮は子供ですよ?

 才能の宝庫と言えるあの学園内ならともかく、下町の孤児達の評価なんて、外から眺めているだけで出来るわけがーー」


 そこまで言ってシュリは口をつぐんだ。ジンの眼光が思いの外鋭かったからだ。


「……分かりました。

 ですが、育てるつもりなら私はこれまでみたいに手加減しませんよ?」


 ジンは笑顔で頷いた。


「あぁ、シュリのやり方でいいよ。面倒をかけるね」



 シュリはジンの上機嫌な様子を見て、間違いなく親分は自分の知らないアレン・ロヴェーヌに関する情報を押さえていると確信した。


 以前からアレン・ロヴェーヌを高く評価しており、今日直接言葉を交わした事でその評価が確信に変わった、と言ったところか。


 まさかジンとアレン・ロヴェーヌが直接言葉を交わした事は無いだろうが、王都のあらゆる業界に顔が利くジンならば、常人が知り得ない情報を握っていてもおかしくはない。


 その情報とは何なのか……


 気にはなるが、問いただすような真似はしない。


 必要な情報は適宜伝えてくれるジンが口にしないという事は、自分が知らない方がいい情報なのだろう。


 自分の事は信頼してもらっていると確信しているが、だからといって何でもかんでも共有するのは二流のやる事だ。



 必要な人間にだけ、必要なタイミングで情報を共有する。


 そうする事が自分はもちろん相手も守る事につながる。



「……せっかく坊やがサービスしてくれたんだ。

 活かさない手はないからね」


 そう付け足したジンの目は、やはり楽しげに笑っていた。


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