第139話 VSロッツ(4)
探索者協会王都西支所。
「おいテメェら!
ロッツ・ファミリーの事務所が襲撃を受けてる!
ロッツの関係者で手の空いてるやつは全員助太刀に走れ!
なに相手はちょっと腕は立つが、ガキ1人だ、全員で囲んじまえばすぐに方が付く!
首上げたやつはロッツから莫大な褒美が出るぞ!
うちの金払いの良さは知ってんだろう!早えもん勝ちだ!」
ヤギ髭ことメージンは西支所で声を張り上げた。
そのセリフを聞いて、西支所に溜まっていた金にがめつい下級探索者たちにざわめきが走る。
そして、気の早い人間が1人、2人と支所を飛び出していくのに釣られて、我も我もと支所を飛び出していった。
人でごった返していた西支所は、途端にがらんとした。
残っているのはとうに互助会から抜けて、つまりロッツ・ファミリーの庇護下からも抜けて、独立している上位探索者だけだ。
そのうちの1人、30代半ば程の男が支所の休憩所に設置された円卓から立ち上がり、メージンにニヤニヤと問いかけた。
「よぉ。
俺は『
俺らは別にお前らロッツ・ファミリーの世話になってるって訳じゃねぇがよ……
条件次第では手を貸してやってもいいぞ?
相手はどこのどいつだ?」
メージンはニヤリと笑った。
「全員がCランク探索者で構成されているバーニング・ソウルか……
勿論歓迎だ。
やつを仕留めたら2万リアルは固いだろうよ。
何、さっきも言ったが相手はガキだ。
最近東支所で狂犬とか呼ばれて粋がってるだけの、ほんの子供さ。
あんたらなら楽勝だろうよ」
メージンがそう言うと、西支所は途端に静まり返った。
ベルトは即座に踵を返し、テーブルへと再び腰掛けた。
「……おい、やらねぇのか?
場合によってはもっと金が出てもおかしくねぇぞ?
しかも相手はそろそろヘロヘロになってる頃だ。
もうすぐBランクも見えるっつーバーニング・ソウルが全員いるんだ、芋を引くような相手じゃねぇだろう?」
ベルトは引き攣った顔で迷惑そうに手を振った。
「冗談言うな、そんな端金であの『狂犬』と喧嘩なんざできるか。
俺らは1度中央区の酒場であいつに喧嘩を売って、瞬殺されてんだ。
おまけにその後シェルの野郎との喧嘩に巻き込まれて、クソ高え防具をぶっ壊された上に怪我で2週間も活動を休まされたんだぞ?
リンドの野郎も厄介だし、いくら金を積まれても断固お断りだ。
もう俺に話しかけるな、仲間と思われたらまずい」
メージンは西支所内を見渡した。
全員が一斉に目を逸らした。
◆
「流石に狭っ苦しいな」
幽霊のように血の気のない顔で、そのガキは呟いた。
そして色のない目でこちらへと近づいて俺の髪を鷲掴みにした。
「ひ、ひぃ」
「良かったな、チャブルよ。
お前が待ちに待った団体さんの到着だ。
俺は出迎えに行ってくるから、ちょっとここで待っていろ。
何、それ程時間をかけるつもりはない。もちろん逃げるつもりもない。
安心しろ。
ーーすぐに戻る」
そのガキは、口を三日月型に歪ませて笑い、悠々とした足取りで階下へと降りていった。
階下から響き渡る戦闘音と悲鳴が鳴り止むまで、10分とは掛からなかった。
◆
雑魚の掃除を終わらせて俺が4階へと戻ると、チャブルはデスクの下に潜り込んで、ガタガタと震えていた。
所詮は担ぎ上げられただけの哀れな小物だ。
胆力など期待するだけ無駄だろう。
俺はチャブルを無視してレッドとトーモラの元へと歩み寄った。
「もう俺に関わるな」
俺がそう問いかけても、2人はダラダラと汗を掻くばかりで返事がない。
俺はローテーブルを蹴り飛ばした。
「返事が聞こえない」
俺がそう首を傾げると、トーモラがようやく口を開いた。
「……参りましたね。
いや想像以上でした。
俺はローテーブルを蹴り上げた。
テーブルは音を立ててひっくり返った。
「そんな事は聞いていない。
お前の相手もしてやろうか?
それともーー
換気の効いた部屋では、戦う自信が無いのか?」
俺はちっともこちらを見ないトーモラの顔を覗き込むようにして聞いてみた。
入室し、索敵防止魔道具を潰した瞬間、まず俺が風魔法で感じたのは、この部屋の気密性が異常に高いという事だ。
もしここで睡眠ガスでも発生させたらよく効くだろうなと思ったので、念入りにチャブルの顔で窓ガラスを割っておいたのだ。
思い当たる節でもあるのか、トーモラの額には玉のような汗が浮かんでいる。
先程からポケットに突っ込まれていた右手は硬直した。
何も言わないトーモラの横顔をじっと殺気を込めて見ていると、レッドが大きく息を吐いて首を振った。
「……私らの負けだ。
もう勘弁してくれ。
……だがこれだけの騒ぎだ、落とし所が必要だ。
そこは理解してくれ。
勝手を言って申し訳ないが、私らにもメンツがあるし、探索者協会にも警察にも事情を聞かれるだろう。
もちろん今後お前に迷惑はかけない。りんごの家にもね。
今回の件はこちらの手違いで私らがお前に迷惑を掛けて、交渉の結果手打ちにした、という事にしたい。
今後ロッツは、りんごはもちろん東支所の縄張りには手を出さない、と言う事で勘弁してもらったという形ではどうだい?」
……まぁその辺りが落とし所だろう。
こいつらのメンツなど知った事ではないが、追い込みすぎるとりんごのチビたちに危害が加わるなど、不測の事態が生じる可能性が出てくる。
騎士団の狙いも俺は知らされていないから、潰してしまっては後で不都合が発生する可能性もある。
「いいだろう」
俺がそう合意すると、レッドは追加でこんな要求をしてきた。
「私らからあんたに連絡する手段をくれないか?
調整したい事項が発生した時に、今回みたいに何週間も連絡がつかないんじゃ困る。
おたくに迷惑をかけない為にも絶対に必要だ」
めんど臭……
……恐らくは何かまだよからぬ事を考えているな。
だが確かにレッドの言い分にも一理ある。
さてどうしたものかと考えていると、俺の索敵魔法が階段を駆け登ってくる1人の人物の気配を捉えた。
……こいつは相当な使い手だな。
俺も勝てるかわからない。
俺は背中に嫌な汗を掻きながら、即座に逃げられるよう窓際へと移動し、矢を弓に番えて入り口へと照準を向けた。
踏み込んできたその人物はーー
◆
「『りんごの家』を舐めやがったボケナスはどいつだ……
代表のリンド・イズラポールだ。
話を付けにきた」
そういっておやっさんはいつものどデカいヤリを肩に担いで入室してきた。
俺は弓を下ろして息を吐いた。
「おやっさん。
ちょうど今、話をつけた所です。
りんごの家の方は大丈夫なんですか? おやっさんが離れて」
俺がそう言うと、おやっさんはため息を吐いて俺の元へと歩いて来た。
「東支所での騒ぎを聞いたサキが付いててくれてる。
あいつがいればそうそう手出しできる奴はいねぇよ」
そういったあと、その顔を厳しい形相へと変えたおやっさんは、拳骨を思いっきり俺の頭へと振り下ろした。
ゴンっと鈍い音が俺の頭から響く。
「この大馬鹿野郎が!
……レンよ、お前には以前言ったはずだぞ。何かあったら俺にすぐに報告しろと。
そうすれば、何があってもお前らの世話をしている俺が守ってやるとな。
『りんごのリンド』を舐めるんじゃねぇ!
いくら強かろうが、ガキの癖に何でもかんでも背負おうとするな!!」
……痛かった。
泣けてくるほど痛かった。
だがーー
俺は胸には不思議な感情が去来した。
前世36年間の『経験』があるだけで、俺の『心』はまだ12なのだなと、そう思った。
おやっさんは俺の頭をその無骨な手でガシガシと撫でた。
「ったく、ひでぇ面しやがって。
泣くくらいなら、初めからもっと大人を頼れ。
派手にやりやがってまぁ……」
おやっさんは呆れたように部屋を見渡した。
そこら中に俺がぶっ飛ばした、ロッツ・ファミリーの構成員と思われる人間が転がっている。
俺は涙を拭いて、『すみませんでした』と素直に頭を下げた。
すると先ほどまで息も絶え絶えにガタガタと震えていたチャブルが息を吹き返し、こんな感じでおやっさんへと詰め寄った。
「て、テメェんところのガキが何をやってくれたのか、分かってやがんのか?!
おう、この落とし前どうつけるつもりーー」
おやっさんは躊躇いなくチャブルに拳を叩き込んだ。
チャブルは壁際まで吹き飛んで、泡を吹いて気を失った。
「三下に用はねぇんだよ。
テメェら、うちのガキどもを人質に取るような事を言って、こいつを無理矢理呼び出したらしいな……
落とし前もクソもあるか! ぶち殺すぞ!
そもそもこっちは代表がわざわざ出向いてんだ……
そっちも代表が出るのがスジだろうが、ボケナス!!」
おやっさんは部屋をグルリと見渡し、割れ鐘のような濁ったばかでかい声でそう啖呵を切った。
かっこよくキメている所へ非常に申し訳ないが、俺はおやっさんにそっと告げた。
「今ぶっ飛ばしてノビちまった三下が、代表のチャブル・ロッツです、おやっさん」
「へっ? あんなのが?!
…………傷薬持ってるか?」
「……忘れました……」
…………
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